CLOWN×CLOWN


湿原×悪寒×どいつもこいつも


とりあえず地下道から出たけれど、そこがゴールということではないらしく…なんだか不気味な湿地でまだマラソンを行うらしい。
ライトは別にこれぐらいで疲れた様子など微塵も見せないけれど、持っていた水を飲ませてからやっぱりちょっと休憩してもらうことにした。

僕は空に向かって思い切り指笛を吹いた。
突然のことに少し人目が集まってしまったけど仕方ない。念のカモフラージュには一番これが最適な方法だと思ったのだ。
それから数秒もしない内に、事前の打ち合わせどおり遠くの空からチルが飛んできた。


「すっごーい!おっきい鳥!」

「え!姉貴これってもしかして…!」

「うん、チルだよ」

「やっべー!あいつこんなにでかくなったのかよ!」


再びゴン君の目がキラキラ。キル君の方もすごくびっくりしてるみたい。
うん、まぁ君の肩に乗ってたあのちんちくりんがこんな一人掛けソファサイズになってればそりゃ驚くよね。


「ナッツっていろんな動物飼ってるんだね!この子もナッツのこと乗せれるの?」

「うん、次はこの子に運んでもらおうと思ってね」

「へー!あれ?そういやライトは?」

「ほんとだ、いつの間にかいなくなってら」

「あの子はさっき帰ったよー」

「「帰ったぁ!?」」


こういうところは我ながら杜撰だ。
だけど疑った風もない子供たちは「ライトすごいね!」と感動していた。素直ないい子達だな。

しばらくしてやって来たクラピカ君もチルを見て驚いて、律儀に「昔は君にいろいろ助けてもらったな、ありがとう」などと話していた。
それに対してチルはとても嬉しそうで、(彼女はクラピカ君やシャル君といった王子様タイプの人間が大好きだ)俄然やる気を出した。

それからは騙しただ騙されただなんかいろいろあったけど特に関心もなく、みんなが走り出したのにあわせて空へ飛び立った。
上から見ていると地上の様子はいかにも無理ゲーって感じだった。(ゲーム知識はゾルディックでの軟禁生活中に蓄えた)
あっちでもこっちでも騙された人間たちが捕食され、断末魔が絶えない。
これは恐ろしいなと、僕はクラピカ君が食べられちゃわないようにこっそり見守る。
だって確かに試験妨害が目的ではあるけど、死なせたいわけじゃないんだもの。何も失いたくないから僕はここにいるっていうのに、みすみす死なせるようなことしちゃったら本末転倒だ。

にしても…


「これほんと地上走らなくて正解だった」

「チルッ」


ヒソカの奴がかなりまずいことになってる。いきなり立ち止まったかと思えば受験生狩り始めたし意味わかんない。
実際あいつが人を殺すところを見るのは初めてだけど、あいつがそれをすると全く違和感がなくてすとんと事実として僕の中でちゃんと収まる。嫌悪感はあるけどあいつの場合何してても嫌悪感しかないからな。
というか真に残念なことに、クラピカ君たちもあれに巻き込まれてしまった様子だ。


「てめぇ…何しやがる!」

「試験官ごっこ」


Oops…これはどうしよう。あの変態と殺り合いになるのは本当に勘弁してほしい。
でもそんなこと言っててクラピカ君殺されたりしちゃ堪ったもんじゃないし。


「あ、逃げた」


勝ち目はないと判断したのだろう、残っていたクラピカくんとレオリオさんと、もう一人知らない人とが三方向に別れて走り出した。
うーん、一番賢い判断だとは思うんだけどあれ相手に逃げ切るのはまず無理だろう。
とにかくこの隙にクラピカ君だけでも助け出すか…?

そう思って高度を下げようとした。だけどその前に、逃げ出したはずのレオリオさんがヒソカに向かっていくのが目に入る。
案外実力があったりするのだろうか?そう思って一応見届けるけどやっぱり普通に負けた。
見殺しにするかしないか、僕の心は激しく葛藤する。ぜひ夢を叶えて欲しいと願った彼だ、もちろん死なせたくなんかない。でも相手ヒソカだし。この地球上で一番嫌な生物だし。ううう…

…仕方ない。
とりあえずやっぱり向き合うのは嫌だから遠距離攻撃作戦だとナイフを構えた。
だけどそれを投げる直前、何かがヒソカの頬をぶっ叩いた。
…え、お、おおお!ゴン君!すごい、ふい打ちとはいえあのヒソカ相手にそれはすごい!やれ、もっとやれ!
でもふい打ち以上の攻撃が通じるわけもなく、僕の心の応援も空しくゴン君は捕まってしまった。

「合格」

にこっと笑ったヒソカがゴン君を解放する。呆気にとられた僕はやはりナイフを投げることはなく、作戦は作戦のままで終わった。
合格、ということはゴン君の何かが、試験官ごっことやらをしていたヒソカのお眼鏡にかかったということだろうか。…かわいそうに。
けど今回はそのおかげで助かったんだからよしとしなきゃだな。レオリオさんも合格らしいし。


「だけどキミは……」


そう言いながら振り返った、ヒソカの視線の先にはクラピカ君。

…ちょっとおおおおお!?
何戻ってきちゃってるの君は!とっくにもう遠くまで逃げたかと思ったよ!
ああそうかレオリオさんたちが心配になって戻ってきちゃったか、もうこの仲間思い!いい子!


「キミはここで終わりかなぁ…」


くくく、と笑ったヒソカにゴン君がやめろと叫ぶ。だけどヒソカは耳を傾けることもなくクラピカ君と向き合った。
武器を構えるクラピカ君。三度目のナイフ作戦の準備をする僕。


「キミだろう?ナッツが待ってた人間って……」

「…!」


…あれだけ盛大に感動の再開を果たしちゃったせいか、普通にバレてる。
でも殺そうとしたら許さないって釘刺してあるし…


「くっくっく…知ってるかい?キミに会うためだけに、彼女はこの試験をもう3回も受けてるんだ」

「!ナッツが…」

「そんなキミを殺ったら、彼女はどんな顔をするんだろうねぇ…」


…しまった、あの会話はこいつを煽っただけだったのか。迂闊だった。こいつは人の嫌がることが大好きなんだよな。余計なことまでべらべらしゃべるし。
僕はクラピカ君の前に飛び降りた。その時クラピカ君に向かって投げられていたトランプは全部叩き落す。
またハートのエースが目についた。


「ナッツ!」

「おや、いたのかい」


僕がいることぐらい気づいてたくせに、白々しい。


「…ヒソカ」

「なんだい?」

「この子に手を出したら…たとえ刺し違えてでも、お前を殺す」

「!」


するりとそんな言葉が抜け落ちた。
背後でクラピカ君が息を飲んだ気配がする。
そうだね、驚くよね、僕自身少し驚いてるよ。その行為を僕は今までどれほど遠ざけてきたことか。その行為にどれほど嫌悪してきたことか。

だけど思う。
勢いでも何でもない。僕は今本気で、その言葉を言った。


「っくっくっく…あははははは!」

「なに…?」

「キミがそんな目をするなんて思ってもみなかったよ!いい、いいよぉナッツ、善悪なんてくだらないものにうるさいキミが、ボクを殺すって?ああ…いい…ボクはキミに一度逃げられたあの日以来ずっとね、もう一度キミと遊びたかったんだ…」


き…きもちわるいいいいいいいいいいいいい!
一瞬にして僕の全身の肌が粟立った。悪寒が!悪寒がずっと背中を走り続けてる!

やっぱ無理!こいつとまともに向き合うのは僕には無理!
テントを張るなそれを見せびらかすなちゃんと仕舞え!子供の教育によくないでしょうが!
なんとか、なんとかしてこの悪漢から他の3人だけでも逃がして、あとは……


「なるようになるかなぁ…」


ならない確立の方が高いとは思うけどとにかく子供たち優先だ。


「ゴン君、クラピカ君、他の受験者たちにはまだ追いつける?」

「え?…ごめん、どっち行っちゃったかわからない!」

「OK…ライト!」


あたかも呼びかけに答えて走って来たかのように、ライトが森を突っ切って現れる。
この子達を出すと、僕自身の持つオーラが減る分リスクは上がるんだけど…仕方ない。
どこが一番安全かって言ったら当然、この試験のゴール地点なんだもの。運ぶしかないでしょ。


「ゴン君、レオリオさんをライトに乗せて君も乗って。クラピカ君はチルに」

「ナッツは!?」

「僕はもちろんここの足止め役さ。じゃあライト、チル、頼んだよ」


僕の言葉に二匹とも勇ましく返事をするとチルは上空へ飛び立ち、ライトは森の中を走っていった。空からならゴール地点が見えるだろうし、ライトの鼻があれば受験者たちの匂いを辿って行けるはずだ。
あーあ、これでクラピカ君一次試験通過させちゃった。邪魔しに来たはずなのに合格に貢献するとは何事か。


「あれ…?キミはあの子供の合格を阻止しにきたんじゃなかったっけ」

「…………」


こんな変態にも指摘される始末だよまったく。誰のせいだと思ってんだか。
相変わらずテント張りっぱなしのそいつがトランプを構えたのを見て、僕もナイフを構える。
力の差は以前のことで重々学習済みだ。こんな真正面からのガチンコ勝負で僕に勝ち目はない。クラピカ君を守るためとはいえ、我ながら冒険したものだ。


「さぁ…ヤろうか」


飛んでくるトランプをかわしてはナイフを投げ、を繰り返す。
日々クラウンとして修行を怠ってきたことはないというのに、ギリギリかわすので限界だ。相手は本気でもなんでもなく、ただ僕を嬲ることを楽しんでるだけだというのに。

だけど以前ほどの恐怖がないのは、慣れだろうか。こういう狂気に馴染んできたのかな。
それを始めてどれほど経ったかはわからないけれど、僕の手元のナイフが尽き始めたところでヒソカが言った。


「強くなったね、ナッツ…でも、まだまだ物足りないなぁ…」

「じゃあ遊ぶのはまた今度にしよう」


いい提案だ。
そう思ってきっぱりと告げて構えを解くとヒソカはきょとんとした。なかなか見れない顔だ。


「今の僕じゃあそりゃおもしろくないだろうさ。ライトとチルの二匹を出してる今の僕が持ってるオーラは普段の半分以下だ。ガードが甘くなる分攻撃への動きだって制限される」

「へぇ…」

「だからお前が単純に殺し合いを楽しみたいなら、今僕を殺すのは、非常にもったいないと思わないかい?」

「…………」


なんかかっこつけてるけどつまるところ、プライドも何もあったもんじゃないただの命乞いだ。
うまく釣られろ。正直言うとライトとチルの分のオーラが戻ったところで戦闘センスなんてものが上がるわけでもないから、ほとんど僕自身は何も変わらないんだけどね。せいぜい防御と逃げ足が上がるだけさ。
だって、言ってもただの道化なんですよ、僕は。
けど何故か僕の周りの人は僕を過大評価しすぎるところがあるんだよな。この変態もしかりだ。
今日はそこを利用させてもらう!


「ううん…じゃあ今度絶対遊んでくれるって、約束してくれるかい?」


したくない。

絶対したくない。だけどそう断言してしまったら僕の命運がどうなるかわからない。
仕方なく頷こうと思った。その時、ヒソカの方から電子音が鳴り響いた。
発信源は彼の持っていた無線機らしい。「ちょっとごめんね」というと彼はボタンを押した。


『ヒソカ、そろそろ戻ってこいよ。どうやらもうすぐ二次会場に着くみたいだぜ』

「了解」


なんだこいつ仲間がいたのか。友達いなさそうな顔してるくせに。

………ん?
というか、あれ?今の声って…


「ちょ、ちょっと待った!その声、もしかしてお兄さん!?」

『…その声…ナッツ?』

「そう!そうですよ!お兄さん試験受けてるんですか!?全然気づかなかった!」

「ふうん…君たち知り合いなんだ」

『うん。あ、ヒソカ…ナッツのこと殺ろうとしてたんだとしたら、駄目だからね。それ俺の玩具だから』

「は?だれがオモチャですか!」


でもお兄さんグッジョブ!理由は最低だけど守ってくれるのはうれしいです!


「そんなこと言うなよイルミ、ボクもずっと彼女が熟れるのを待ってたんだから」

『だめ。とにかくさっさと来いよ』


ブツッ。

通話は一方的に切られて、ヒソカはちょっとしょんぼりしてた。ざまあ。
それからヒソカは遊ぶのは諦めてくれたらしく「行こうか」と歩き出した。さっきの約束とやらに結局僕が返事をしていないのには気づいていないみたいだ。よし、もう二度とこいつの喧嘩なんか買わないぞ。


「あ、ちょっと待ってよヒソカ」

「なんだい?」

「ナイフ、拾うの手伝って」

「………」

「お前の安いトランプと違ってこれ消耗品じゃないんだよばか」


まだこの先どんな入用があるかわからないってのに、丸腰で進めるわけないでしょうが。
渋るヒソカの尻を叩いて、僕はナイフを全部回収させた。

他の人と違って遠慮がいらない分、スイッチの切れてる時のこいつは案外使える。
そう学習した僕だった。



top

- ナノ -