CLOWN×CLOWN


修行×実力×大人のやさしさ


今日は、俺たちの師匠―――ナッツとの初めての修行。
『朝はサーカスの方での仕事があるから先に体を温めていて』と昨日言われた通り、俺たちは自主的にトレーニングをしていた。

強くなりたい、強くありたい。
それはずっと前から俺たちが持っていた思いだ。
こんなとこじゃどうせ普通の子供は生きられない。生きるための力は必須で、それを己で見つけ出すのも必然だった。

体を鍛えるというそれはここで暮らすための初歩的準備でもある。体が弱けりゃすぐに死ぬ。腐った食べ物にも風邪にも勝てずに。
まぁ鍛えると言っても、仲間内での取っ組み合いとか鬼ごっことか、そんなんだけど。別に流星街一周マラソンとか腹筋百回とかではない。

そして今日も、俺たちは変わらず取っ組み合いをしていた。相変わらずウボォーの独壇場。マチやシャルはまだ幼いから参加させることはできないし、ウボォー自身は何の修行にもなってないと思うから、効率はかなり悪い。
でも俺たちは、他の方法を知らない。

「おーやってるやってる」
「あ!ししょー!」
「え、マチちゃん、そんな風に呼んじゃう感じ?できればそれはご遠慮願いたいかな…」
「…だめなの?「ううん、全然だめじゃない。泣かないで、可愛いレディ」

…なんとなく、ナッツのこのノリは嫌いだと思った。タラシのニオイがする。ていうかピエロのくせに、何で紳士のまねごとなんか。

「おっせーよ」

俺と同じようにイラついたのか、フィンクスが眉間に皺を寄せて言う。

「これでも急いで来た方だって。」
「朝から何そんなにすることがあんだよ。」
「修行。クラウンも楽じゃないのさ。」

肩をすくめておどけてみせる。普段着の格好――シャツにベストに短パン――は(俺たちが言うのもあれだけど)なんだか貧乏くさい少年にしか見えないから、その動作は少し不自然に映った。

「自分で言うのもなんだけど、実際あのサーカスで一番しんどいのはクラウンの僕だからね。後半ほとんど舞台出ずっぱりだし、わざと失敗するっていうのは確実に成功できる実力を持っていることが前提だし。それを保つのにいつもいっぱいいっぱいだよ。軽業も手品も。」

軽業にいたっては本当の軽業師よりずっと技術が要求されるのだとナッツは言った。けれど言われずともそんなこと知ってる。
ここにいる奴は全員知ってる。あのサーカスで一番すごいのは、こいつだと。

「まぁそんなクラウンさんを師匠にしようってんだ。必死でやる覚悟はもちろんあるんだろうね?」
「ああ」
「よし。もう昨日の晩散々いろいろ考えて、太陽が沈んで昇った頃にもう開き直っちゃったから大丈夫。びしびしいくぞー」

ナッツは俺の返事と他の奴らの頷きに満足そうに頷いた―――が、あんたそれって実質今日寝てないってことなんじゃないかと俺は不安になった。…いや、むしろそっから寝てきたから遅かったのか?

「まずは体の資本作りから教えるけど…これをやるのは、ウボォーくんとノブナガくんとフィンくんとフランくんの4人だけ」
「!なんで私はできないね」
「あとの4人は、まだ幼児期を卒業してからほとんど間がないだろう?そんな頃から筋肉付けたりすると、逆に体が発達しなくなるから駄目。パクちゃんは年齢的には合格だけど女の子だしね。こっちのすでにガタイのいい男の子組と同じことさせるのはどうかと思って」
「嬉しい気遣いだわ、ありがとう。」
「んだよ俺達と一緒は嫌なのかよパク。」
「ええ。あなたの近くは汗臭いの、ウボォー。」
「ああ!?」
「え、ちょ、そこ仲悪い!?え、違うよね!?」

別に悪いわけじゃない。こういうもんなだけだ。さっさと進めろ、終わりが見えそうにない。

「えーと…うん、とにかく、そこでグループを分けるから。年長組は、体づくりを基本とした修行。年少組とパクちゃんは、まぁ適度に体づくりもしつつ、その他いろいろの技術も学ぶ修行。」
「それで、ナッツ姉みたいな動きができるようになるの?」
「んーどうだろ、さすがにすぐには難しいだろうなぁ。僕も、何年も血のにじむ努力をしてきたわけだし。まぁ大丈夫、気長に気長に。最初だけ僕が教えれば、後は自分たちでなんとかできるはずだし。」

それからナッツが修行の方法をそれぞれに指示してから、ノブナガが昨日の動きをもう一度見せろと彼女に要求した。俺の気づかぬうちに俺の懐から本を奪い、そして俺に気づかせぬうちに元に戻したあの動きを。

それにナッツは少し躊躇う様子を見せてから、十分焦らした後に「じゃあ…」と小さく手を広げた。よく見ててね、とそう口にして。
小さく笑みを浮かべた次の瞬間には、俺達の目の前から消えていた。

「!?」
「ど、どこ!?」
「ピエロ!?どこいったね!」
「こっちこっち。回れ右。ていうかフェイくん、僕はピエロじゃなくてクラウンだってば。」

言葉と共にポンポンと肩を叩かれて。振り返ると、すぐ傍にそいつはいた。
…いつの間に。やっぱり見えなかった。

「…鍛えれば、いつかお前の動きも見切れるようになるのか。」
「なるだろうさ。いや、見るぐらいは慣れればすぐにできるよ。」

ただ本当に、それが必要なのかどうかっていう話。
と、そいつはそう続けた。

「ナッツもいい加減往生際が悪ぃなぁ。んなケチケチしなくてもいいだろ。」
「無邪気な子供のお願いなら、僕はいつも二つ返事で頷くんだけどね。でもどうにも君たちには…裏がある気がして仕方ない。」
「裏ぁ?」
「ああ。特に…クロロくん。」
「!」
「僕は君にただ生きる∴ネ外の生き方をしてほしいと言った。でもね…君には何か、それ以上に明確なビジョンがある気がして仕方ない。」

驚いた。
ナッツは馬鹿の部類ではないと思っていたが、鋭い方だとも思わなかった。

だがそんな驚きの表情なんか、俺は見せない。首を傾げて、なんのこと?と示してみせる。それでも依然、彼女の視線は鋭かった。

…いや、決して鋭くはないんだ。ナッツという人間は、そんな顔をしない。
ただ彼女の言葉が正確だから。俺の方に後ろめたさがあるから、そう感じるだけで。

「クロロくん」
「何?」
「…いや、何でもない。…うん、何でもいい。」

後者の台詞は、自分自身に言い聞かせているようだった。他の奴らはそんなナッツの様子に首を傾げている。
でも俺だけはわかっていた。ナッツは、俺が思っていた以上に賢い人間なんだと。

「…あーあ。手品教えてってせがまれたことはあるけど、鍛えてほしいなんて初めてだよまったく。」

それからの修行の間にも、ナッツはちょくちょくそういった愚痴を零していた。こんなこと教えたくない、といつも表情は語っていた。
でも俺はそれに対してずっと、気付かないフリをしていた。
そうしてピエロのやさしさを利用したんだ。

けれどピエロは、そんな俺に気付いていた。
気付いていながら、気づかず利用されているフリをずっとしていた。

俺はそれにすら気付いていたけれど、やっぱり気付いていないフリをした。

…それにすら、きっと気付かれていたんだろうけど。


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