CLOWN×CLOWN


女の子×ジャグリング×大好きな人


「ししょーみてみて!」
「ん?―――おお!マチちゃんすごい!」

あたしたちのししょーは、とってもやさしい素敵な人。
小さなことでもいつも「すごい!」ってあたしたちを褒めて、頭を撫でて、抱きしめてくれる。

とってもやさしくて、あったかい手で。







何日か前に、サーカスのピエロがあたしたちのししょーになった。
クロロが言うには、あのサーカスの中で一番すごい人。そんなししょーは、ししょーになった日から毎日、あたしたちの修行を見てくれている。

「ナッツ、俺達がジャグリングなんかやって何の意味があるんだ?」
「バランス・動体視力・身体能力の向上。その他神経系の働きの活発化。」
「ナッツ姉ってそーゆーむずかしそうなことも言えるんだ!」
「…シャル君、それはどういう意味かね。」

クロロとフェイタンとシャルとパクとあたしの五人は、それぞれ三つずつのボールを持ってお手玉。あたしたちの修行はいつもこんな感じで、なんだか遊びっぽい。「うおぉぉぉ」とか言いながらそこらへんで腹筋とか腕立てとかやってるウボォーたちとは違って。
でもししょーの話では、ちゃんと効果はあるらしい。まだそういう実感はないからよくわかんないけど。

「みんな上手だね。でも難しいのはここからだから」

それからししょーはあたしたちの方に一つずつボールを放った。
はじめ三つだったボールが、それで四つに。そしてまた少し経って、四つだったボールは五つになった。

「みんなすごいね…!普通三つから増やしていくところで躓くはずなのに」
「これぐらい簡単ね」
「ならもっと増やしてみようか」

その言葉と同時に、五つが六つに。そこでシャルとパクとあたしは失敗した。手から転がり落ちたボールは地面に広がって、あたしたちは「あ」と声を漏らす。それを見たフェイタンとクロロは、いやーな笑みを浮かべた。
でも二人も次で失敗した。いい気味。

「6こまでかー…」
「シャルくん、落ち込まないで。初めてで六つもこなしといて落ち込まないで。僕がそこまでいくのにどれだけかかったと思ってるの…?」
「どれぐらい?」
「…一日ぐらい?」
「大してかかってないんじゃん」

あたしは落ちている玉を四つ拾って、またお手玉を始めた。
それからふとししょーを見ると、ししょーは何故か嬉しそうに笑っていて。そして「いい子」とあたしに向かって呟いた。
うれしかった。
途端に他のみんなも玉を拾い始めたのは気に入らなかったけど。


「―――はい、いつーつ、むーっつ、ななーつ!おお、みんな記録更新だよ!」
「どうしてナッツが一番嬉しそうなの」

ボールを回しながら、パクは可笑しそうに笑った。

「え、みんなも嬉しいでしょ?」
「そう…だな」
「さっきはいろいろ効果を並べてみたけど、ジャグリングで一番大事なのはその達成感だよ。手軽に、かつすぐに実感できる成功≠チていうのは案外なかなかないからね。」
「へー」
「そのたせいかんとやらはどう役立つね」
「…前から思ってたけどフェイ君のしゃべり方ってかわいいよね」
「やぱりお前始末する」
「え、褒めたのに!」
「で、どう役立つんだ」
「そりゃ、モチベーションとかイマジネーションの問題。何事にも成功を思い描くことって大切だから。今回は手っ取り早くそれを感じてもらった。」

もちべーしょん?いまじねーしょん?…意味わかんない。
隣を見ると、シャルもたぶんあたしと同じような顔をしてた。たぶんフェイタンも。でもクロロはわかってる感じの顔をしてたから、あたしはししょーに聞かなかった。
だってししょーの言葉を、クロロはわかってるのにあたしはわからないのってなんだかくやしい。

「でも最初に言った通りの効果が、ジャグリングにはもちろんあるから。これからも続けていこうね。どんどん玉を重くしたり玉以外のものに変えたりすると筋力トレーニングにもなるし」

一緒にがんばろっか。
そう言って、ししょーはその場で拾った瓦礫をほいほいと回しはじめた。

その日一日、あたしたちはずっとこのお手玉をつづけていた。
最初は嫌がってたフェイタンは結局一番がんばってたし、一番多くの玉が回せるようになった。その記録、十個。
でもししょーの最高記録は十八個らしい。

…まだまだ。




***




「ししょーみてみて!」
「ん?―――おお、マチちゃんすごい!」

あたしはししょーが好き。
ししょーに褒められるのが好き。
この日もただ、ししょーにいつものように褒めてもらいたいだけだった。

「で、ででででもマチちゃん、僕、いつナイフでのジャグリングなんか教えたかな…!?昨日までボールだったのに、急にナイフはステップアップしすぎだよ!そしてそのナイフはどこから!?」
「ししょーがもってたカバンのなかにあった」
「人の荷物は勝手にあさっちゃ駄目!ていうか危ない!すごいけど、危ない!ね、一旦止めよう!」
「…どうやってとめるの?」
「Noooooo!!」

止まるってことは、あたしにとって失敗して落とすってことだった。でも今それをやると、腕も落ちちゃうんじゃないかな。

それを言うと、じゃ、じゃあとりあえず続けて!とししょーは可笑しいほどに慌てながら言った。そしてパッと小さなボールを出して自分もお手玉を始めて、「こうするんだよ!」と実演し始めた。
でも全然わからなかった。ううん、一応わかることはわかるんだけど…自分がそれを出来る気がしない。

ししょーは更にパニックにおちいった。見ていると面白い。クロロに落ち着けと言われてから、やっと冷静になったみたいだけど。

「じゃあ僕が一個ずつ取るから。そのまま続けておいて」
「でもこっちくるとあぶないよ」
「平気」

あたしが繰り返し投げるナイフを、ししょーは一つずつ素早く取っていく。
ししょーがするのとは違って、あたしが投げるナイフは安定していない。少しずつししょーの手は傷ついていった。あたしはそんなししょーを泣きそうになりながら見ていた。ししょーに嫌われちゃうって思った。

最終的に、あたしの両手には一本ずつのナイフ。ししょーの手には、いっぱいのナイフがあった。

「ご、ごめんなさいししょー…」
「ううん、こんなものをそこらへんに置いていた僕が悪いんだ。僕の方こそごめん!」
「でも…」
「それにしてもマチちゃん、すごく上手だったよ。ジャグリングって難しいのに!短期間であんなにマスターしちゃうなんて、器用なんだね。」

いつもの笑顔でそう言いながらししょーは、ナイフを傍に置いてからあたしを抱きしめてくれた。でも頭は撫でてくれなかった。たぶん、ししょーの手が血で汚れているから。

「う、ううう…」
「あーほらほら、泣かない泣かない。マチちゃんならどんな顔でも可愛いけど、僕は笑ってる顔の方が好きだよ」
「うあーーーーん!」
「ええ、なんで余計泣くの!?」

あたしのししょーは、とってもやさしい素敵な人。
小さなことでもいつも「すごい!」ってあたしたちを褒めて、頭を撫でて、抱きしめてくれる。とってもやさしくて、あったかい手で。

「ピエロはそいつに甘過ぎるね」
「ええ。もう少し厳しくしてもいいと思うわよ。」
「叱るべきことはきちんと叱るべきだ。」
「み、みんな発言が大人…!」

お菓子のように甘くて。
冬のお日様のようにあったかくて。
真夏のそよ風のようにやさしくて。

「でも大丈夫だよ。マチちゃんは、叱る必要なんかないいい子だもの。」
「――!」

びっくりするぐらい…

「し、ししょ、ごめん、なさ、ごめ、」
「うん…うん。そう、しちゃいけないことをしたってちゃんと理解できて、『ごめん』が言えるマチちゃんは、いい子だね。」

"そんないい子は大好きだよ。
だから安心して。泣かないで。
僕は君を嫌いになったりしないから。"

「う、うう…」


…やさしすぎるししょーが、大好きだ。




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