CLOWN×CLOWN


手品×師匠×無邪気なお願い


「ねぇ、何か手品見せてよ」
「ここで?」
「うん」

それは、マチの無邪気なお願いだった。

サーカス二度目の公演も最初から最後までバッチリ見終え、この時の俺たちは興奮していた。ショーは最初から最後まで前回とはまったく違った内容だったので飽きるということはない。ただただのめりこんだ。(俺の場合ピエロのみに)

その熱が未だ冷めやらない。
ピエロの格好をしたままのナッツの袖を引っ張って「おねがい!」と視線を向けるのはマチとシャルのチビ二人だが、それを後ろから見守る俺たちも、さりげなく期待を込めた視線を送っていた。
…ナッツが明らかに動揺しているから、全然さりげなくなんかないのかもしれないけど。

「うーん、お譲さんはどういう手品がお好みかな?」
「何でもいいよ」
「…じゃあ君は?」
「おれも何でもいい!」
「………」

あ、困ってる。
でも誰も助けない。そんなに俺たち人間できてない。

「ではお譲さん、こちらをどうぞ―――って、これじゃあまりにもワンパターンだね」

ナッツはポンっとどこからか出した花束をマチに渡して頭を掻いた。確かにこの類の技は、こいつが普段から日常動作と変わらぬ動きでしているのをよく見る。耐性というのは案外あっさりつくもので、これぐらいじゃもう驚くこともない。でもマチは普通に嬉しそうだった。花束を手に回りながら踊りだかなんだかよくわからない動きをしてる。

「そうだな…じゃあシャルくんには、これを」
「え?これ…」

にっこりと完璧な笑顔で、ナッツはシャルにプレゼントを贈る。この流れに何も不自然はなかった。
けどこれはとてもとても、おかしな現象だった。

「おい、その本…」
「その菓子…」
「それ、マチの髪留め…?ど、どういうこと…?」

俺は驚きに目を丸くし、フランは飲み込めない状況に戸惑い、パクはにわかに首を傾げた。他の奴らは俺たちの動揺のわけがわからず訝しげにしている。

待て、俺たちだって状況は飲み込めてない。
シャルが受け取ることに躊躇しているため、未だナッツの手の中に残っているそれら。
その中の一冊の小さな本に、見憶えがあった。っていうか間違いなく、俺の懐に先ほどまで入っていた。

「?マチ、お前髪の毛落ちてんぞ。さっきまで結んでただろ。」
「ほんとだ。髪留めがなくなってる。」
「ナッツが持ってるぞ。」
「なんで?」
「…さぁな」

もっさりなったマチの頭に気づき、フィンクスとノブナガもようやく事態の奇妙さに気づいたようだ。

「ナッツ…その菓子は、あとでみんなで食べようと俺が確保していたものだ」
「…その本は俺が拾って持ってたものだ」
「その髪留めはマチのだしな」
「あらら、お菓子はフランくんので、本はクロロくんので、髪留めはマチちゃんの?ごめんねシャルくん、先に持ち主がいたみたいだから、プレゼントはしてあげれないや。みんなに返してくるね」

そしてナッツが再び笑みをシャルに向けた、次の瞬間。
そいつの手からそれらは消えていた。

「!」

俺は慌てて懐に手を入れる。
そしてつい先ほどまで、いや今の瞬間まで、目の前の人間の手の中にあったはずのそれは、何事もなかったかのようにそこに存在した。マチの髪も…元通り結いあげられている。
何が、何が起きたんだ。

「す、すげぇな。手品って」

ウボォーは感心したようにそう声を漏らす。
けど、違うと思った。

「…何したね」
「ん?マジック」
「違うね。今のは、違う」
「……『わあ不思議ー』で終わってくれないなんて、ちょっとやり過ぎたのかな?」

ごめんごめん、とそいつは全然悪いとなんて思ってない風に言ってから、新たに菓子を出してシャルに渡した。今度はシャルも受け取った。それはちゃんといつもの手品だったから。

「で、一体何だったんだよ」
「何って…まぁ、普通に、盗っただけ。そんな質のひくーい手品」
「盗った?」
「フィンくんはやったことない?ちょっとそこらへんの人間の財布だの飯だのパクったり」
「そりゃあるこたあるが…」

それと一緒にしていいのか?だって、見えなかった。まったく、一切、全然。
本が抜き去られた感じも、戻された感じも、何もなかった。ほんと、何も、これっぽっちも。

「ちょーっとさすがにタチ悪いしね、ごめんごめん。別のにしようか、じゃあ…」
「待て」

トランプをくりながら思考に耽っていたナッツに制止をかける。
そして不思議そうにしているそいつに、俺は言った。

「さっきの手品、やり方を俺たちに教えろ」

ゆっくりと目を見開くナッツ。
トランプを弄っていた手は止まった。

「…別のならいいけ「私も教えてほしいね」
「私も」
「俺も」
「あたしも」
「おれも」
「俺も」
「ちょ、ストップ!」

待って待って待ってとナッツは顔の横で手を振る。
その顔にはありありと"困った"と書いていた。ピエロのくせに、顔を作るのが苦手な奴だ。

「教えてって言われても…それはできない。さっきのは僕が軽率だった。ごめん、忘れて」
「そんなもん無理だってわかってんだろ」

フィンクスの言葉に俺たちは大きく頷いた。

「それを教わることで、俺たちの生活の幅が広がるかもしれない」
「フランくん…広がるって言ったってさ、こんなもの本当に盗みにしか役立たないよ」
「それでいいじゃねぇか」

それはきっと俺たちにとって必要な力だ、とノブナガは続けた。
誰も引き下がるつもりはない。渋い顔をしているピエロを、全員で睨みつける。さすがに怖気づいたのか、さらに顔は渋くなった。

「盗みっていうのはいけないことだって、わかってて言っているんだね?」
「いけないこと≠セとは思ってねぇ。必要とあればすべきことだ。術があるのに、何もせずに死ぬなんて馬鹿げてる」
「…一理ありってとこかな。でもノブナガくん―――」
「知るか知らないかで、俺たちのこれからの生存確率は大きく変わってくるかもしれない」

俺の言葉に、びくりとピエロの肩が小さく揺れた。

「こんな世界だ。知識なんてものは、多ければ多いほどいい。」
「…クロロくん、ほんとに子供?実は子供の皮かぶったオッサンじゃない?」
「はぐらかすな。そして俺はオッサンじゃない。」
「ナッツ、私からもお願い。私たちは、強くなりたいの。」
「…僕みたいなのから教わることで、強者にはなれないよ。」
「構わない。あんたの教えをどう生かすかは、俺たち次第だ」

じ。
9人分の瞳がピエロを見つめる。
それから十分間を置いて。そいつはこれみよがしに大きく長い溜息をついた。

「教えるって言ったってなぁ…聞いてどうこうなるものじゃないし。まず体を鍛えるところから、始まるわけだけど」
「それでいい」
「体鍛えるぐれぇならいつもやってるしな!」
「…うん、ウボォーくんは強そうだよね。すでに体も成人並みだものね」
「ナッツ姉ナッツ姉、それってナッツ姉がおれたちのししょーになってくれるってこと?」
「師匠…?が、柄じゃないけどなぁ…まぁ、いいよそれで。僕がここにいる間だけ」

俺は彼女の答えにひっそりと笑った。
俺は今ものすごく、このピエロとの出会いに感謝している。
ようやく足がかりを手に入れたんだ。いつかこの腐った街を出るための。

そのための重要な階段を今、一段登った。
お前に、嫌だなんて言わせない。だってお前が言ったんだ。
俺達にも、ただ生きる∴ネ外の生き方ができるって。

「明日から頼むぞ、ナッツ」

俺たちがピエロに乞うたのは、技でも何でもなく、強くなるための教え。
満足げな笑みを浮かべる俺たちとは対照的に、そいつは悲しげな頬笑みを浮かべていた。




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