CLOWN×CLOWN


あの頃×記憶×貴方の代わりはいないのに


あんな馬鹿でかい犬も、能天気ヅラの道化師も、当然忘れるはずがなかった。
忘れられるはずがなかったんだ。

何度も何度も私の中に蘇っては、私に孤独を味わわせたあの記憶。

愛しいようで、憎い、あなた。



「お待たせキル君」


オレンジ色の毛に、二メートルほどの巨体を持つ犬。跨るのはこれまたオレンジに近いブラウンの髪の派手な道化。
歯を見せてにっこりと笑えばまさに見慣れた―――いや、かつて見慣れていたそれだった。

私は何度も瞬きを繰り返した。ついに幻覚でも見るようになったか。しかしさっきたしか声も聞いた。幻聴?いやいや、私はまだそこまで疲れていないはずだ。
何よりそいつが話しかけたのは先ほど知り合ったキルアという子供に対してであって、私ではない。
そうだ、あいつならまず誰より先に私に話しかけるだろう。
あんな別れ方をしておいて一体どこに私に会わせる顔があるのかとは思うがな。あいつはたぶんそういうとこ厚かましいだろう。
だから私を無視なんかするわけがなくて、今ゴンたちと楽しそうにおしゃべりをしているあの道化があのナッツなわけがなくて。

…だけど見れば見るほどあいつだ。どう否定しようにもあいつだ。
あ、目が合った。透き通るようなエメラルド。逸らされない。「あの…」ついに口を開いた。とうとう私に話しかける気になったかと思ったら…


「ねぇナッツ、この子の名前は?」

「え、えっと、ライトっていうんだよ」

「後で乗らせてもらってもいい?」

「うん、もちろ―――」


たまらず殴った。
何笑顔で会話を再開しようとしている。いつまで私を放置する気だこの馬鹿。ツラの皮が厚いにもほどがある。


「ナッツ貴様…!私を無視して何をべらべらとのんきにしゃべっているのだ……!」

「ご、ごごごごめんなさい…!ぼ、僕としてもどうしようかと悩んでいたところではありまして…!」


私の搾り出した言葉にナッツは完全に萎縮した様子で、私はそこでやっと、ああこいつも私と同じ状況かと気づいたのだ。
予期せぬ唐突な再会。どうすればいいのかわからないのはお互い様。
私が今まで彼女の存在に気づけなかったのは、彼女が故意に気配を絶っていたせいか。彼女としてもよほど動揺していたのだろう。


「お前というやつは、本当に……!」

「クラピカ君…」


ああそうだ、あんな別れの言葉も感謝の言葉もロクに言えない、最悪としか言いようのないような状態での別れを…悔やんでいるのは、きっと私だけじゃない。
だからお前は今、そんなに悲しそうな顔をしているんだろう?

本当に、相変わらず、


「相変わらず、どうしようもない…やつだな…」

「…ごめんね」


抱きしめた彼女は記憶より随分小さい。
だけど子供をあやすように私の頭を撫でるその手は、記憶と同じようにあたたかい。

あたたかい。
伝う涙も、彼女の腕の中も。


「会いたかった」


そう言ったのは彼女だったろうか。私だったろうか。
とにかく二人とも同じ気持ちであった気はした。


「…クラピカ君、このまま高級レストランに再会のお祝いでもしにいこうか」

「……何を言っている!今は試験中だ!」


そうだ忘れてた!ハンター試験!
そういえば一体いつの間に立ち止まっていたんだ!慌ててナッツから離れて周囲を見渡すと、既に周りには誰もいない。あれ?誰も…?


「ゴンたちは?」

「とっくに行ったよ、気を利かしてくれたつもりじゃないかな」

「そうか」


私はそんなことを気にする余裕なんか欠片もなかったというのにお前はそうじゃなかったんだな、そうか。
そんな理不尽な怒りを覚えて私は勝手に走り出した。すると慌てたようにライトに跨ったナッツが追ってくる。


「乗らなくていい?」

「いい。人の力を借りて合格したって何の意味もないからな」


こいつと話したいことはたくさんある。
だけど今はさすがに考えが回らないから後回しにしよう。
こいつが何故ここにいるのかは知らないが、私が脱落しない限り試験中はずっと一緒だろう。

焦る必要はない。ゆっくりでいい。
ゆっくり話をしよう。昔のこと。この三年間のこと。今のこと。


「ねぇクラピカ君」

「なんだ?」

「お友達できたんだね。レオリオさんはいい人みたいだし、ゴン君もいい子だ」

「…ああ」

「よかったね。…安心した」


泣きそうな顔で笑ったナッツを見て、胸がぎゅうと締め付けられた。



そんな顔をするぐらいなら、どうして、どうして…

どうしてお前があの時傍にいてくれなかったんだ。



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