マラソン×合流×隠せない本音
何かおしゃべりの途中だったキル君を無視して入り口を振り返る。
そこには他の受験者たちと同じように、二人の子供と一人の青年がマーメンさんからナンバープレートを受け取る姿があった。
黒髪の子供も青年の方も知らない。だけど金色の髪を携えたあの子は……絶対に、クラピカ君だ。
「き…た…」
反射的に絶をした。どうせすぐにみつかるだろうに。
決して予期していなかった事態ではないというのに、心臓の呻きがおさまらない。
白い肌に整った顔立ち、凛とした眼差し。そして彼が誇りを持つ、クルタの衣装。三年前から変わらないところがたくさんある。
だけど少しだけ、背が伸びてる。声が低くなっている。三年前までは、よく女の子と間違えられるような子だったのに……
男の子に、なってる。
「―――っ…」
来てほしくないもう一生会いたくないと、そう願い続けたはずなのに。
それに反して僕の心はこの再会への喜びに打ち震えていた。
「姉貴…?どうしたんだよ、急に黙り込んで」
絶をしたせいで僕に存在感がないのが気になるのだろう、キル君は僕の姿を確かめるように手を握って顔を覗き込んできた。
それに対して僕は曖昧な笑みを返す。帰ろうと思ってたけど、今日はそういうわけにはいかないようだ。
「姉貴、なんか汗すごいぜ?もしかして緊張してんの?」
「…うん、そうかも」
「へー姉貴でもそんなことあるんだ」
そうだ僕は、緊張している。今まで立ったどんな舞台よりも、怖い。怖くて、息がし辛い。
ぎゅうと、キル君の手を握り返した。子供の手に縋るつもりなんてないけど、少しだけ勇気がほしい。
繋いでいない方の手で額の汗を拭い、クラウンのメイクが落ちていないか確かめた。
大丈夫、大丈夫。僕はクラウンだ。人から笑われ馬鹿にされ、それでも笑うクラウンだ。
「キル君、試験がんばろうね」
その時けたたましい目覚まし時計のベルの音が鳴り響いた。
試験会場まで着いてきてくださいというその指示に従って歩き出すと、その足は徐々に速くなり始め、いつしかマラソンへと変わってしまった。どうやらこれが試験内容らしい。
「キル君、先行っといて」
「は?」
「僕体力ないから、このままじゃへばっちゃうと思うんだよね。だから一旦戻って、ライト呼んでくる」
「ふうん、わかった。早くしろよな」
「うん」
そこから逆走。さすがにまだ脱落者は出ていないので周りに人目のない状態になるのは容易かった。
そしてライトを呼び出し、背に跨る。こういう配慮をしなきゃこの子を呼び出すこともできないなんて、ほんと面倒だな。
「よろしくね」とライトにお願いすると彼はいつもより少しスピード落とし気味で駆け出した。足音を極力消した、静かな走り。あまり目立ちたくはないという僕への配慮だった。
だがしかし。
さてキル君のところへと戻ろうかと探してみたところ彼はなんと、クラピカ君たちの隣で仲良くおしゃべりをしているじゃないか。
ちょ、ちょっと待て。ぼ、僕にも心の準備というものが必要なのであってだな、このまま流れで合流とかしちゃうのはちょっとな…
え、何が今更心の準備だって?三年間も何してたんだって?…おっしゃる通りです。
「お待たせキル君」
目的を忘れるな僕。
クラピカ君に近づかずに気づかれずに、試験妨害なんてできると思うな。彼との再会は僕にとって必須事項だ。
「おーライト!久しぶりー」
「うわあ、おっきい犬!!」
「なんじゃこりゃ!」
ライトの姿を見てキル君は抱きついてきながら喜んでくれたし、傍にいた黒髪の少年は目をキラキラしながら好奇心一杯といった様子だった。でもさらに隣にいたのっぽなお兄さんはひどい。そんな遠ざからなくてもいいじゃない、別に噛んだりしないってば。
「絶対害はないんで大丈夫です、安心してください。僕はナッツといい、見ての通りのクラウンです。どうぞよろしく」
「お、おう。俺はレオリオ」
「俺ゴン!」
手を差し出すと二人ともちゃんと握り返してくれた。
けれど、顔見せた瞬間殴られるかなと思っていたクラピカ君の方はどうやら放心状態で僕を見ている。ううん、まだ事態が飲み込めていないといった様子。彼がじっくり咀嚼して飲み込めるのを待つしかあるまい。
「にしてもそんな犬にもあんたにも今まで全然気づかなかったな。…あの44番とは知り合いか?」
「いいえまったく?どうして?」
ごめんなさい、さらっと嘘つきました。
「いや、同じような格好してるからよ。あんなヤバそうな奴の知り合いなら関わりたくねぇなと…」
「姉貴とあんなんを一緒にすんじゃねぇよおっさん!」
「だから俺はおっさんじゃねぇ!」
「ナッツさんはキルアのお姉さんなの?」
「ナッツでいいよ、ゴン君。正確には違うんだけど、僕はキル君のこと弟みたいに思ってるよ」
そう言うとキル君は照れてぷいっと顔を背けた。かわいいなぁ。走りながら起用にライトをなでなでしているゴン君もかわいいなぁ。
さてそろそろクラピカ君を本気でどうしようか?さっきから僕を真顔でガン見だけど何も言ってくれないな。これって僕の方から話しかけていいのかな…?
「あの……」
「ねぇナッツ、この子の名前は?」
「え、えっと、ライトっていうんだよ」
「後で乗らせてもらってもいい?」
「うん、もちろ―――」
パシーーーン!!!
…周囲に響き渡った音が一瞬何かはわからなかった。
しかし数秒後、遅れてやってきた頬の痛みでやっと理解する。
クラピカ君に、叩かれた。
…………おおおおこのタイミングか!
油断した、すっごい油断してた!びっくりした!
「ナッツ貴様…!私を無視して何をべらべらとのんきにしゃべっているのだ……!」
拳をわなわなと震わせながら立ち止まったクラピカ君は怒り心頭のご様子。あわわわわカラコンの下の瞳がうっすら赤いのがわかるどうしよう。
「ご、ごごごごめんなさい…!ぼ、僕としてもどうしようかと悩んでいたところではありまして…!」
「お前というやつは、本当に……!」
「クラピカ君…」
「·····相変わらず、どうしようもない…やつだな…」
「…ごめんね」
僕は一先ずライトから飛び降り、それから抱きついてきたクラピカ君を受け止めた。
さすがに胸で受け止めてあげられるほど僕は大きくはなく、クラピカ君は小さくない。
僕の肩口にある彼の頭をそっと撫でる。そしてもう一度呟いた「ごめんね」
抱きしめた体は小刻みに震え、僕の肩は徐々に濡れだした。
あたたかい。
彼自身も、その涙も。
「…会いたかった」
零れた言葉は本音以外の何ものでもなく、僕はまた罪の意識に苛まれる。
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