三回目×三男×二度あることも三度はない
第287期ハンター試験。
それは僕が受ける、三回目の試験。
会場はザバン市にある定職屋で、僕はそこにヒソカと二人で向かっていた。
決して好きで一緒にいるわけではない。勝手についてきたんだ。目的地が一緒なのはわかりきっているから撒くこともできないし。
「ねぇ、ナッツは今年も一次試験で降りるのかい?」
「しゃべりかけないで」
「ナッツが試験を受ける理由って何?」
「言う必要がないから言わない」
「くくくっ、なんか最近ナッツってクロロに似てきたよね」
なんだそれ、長年連れ添った夫婦じゃあるまいし。
ああもうなんでこの人去年で受かってないんだ。今年こそ受かってくれ僕の心の平和のために。来年も一緒に試験受けるとか絶対嫌だから。
「うーん、じゃあボクも今年は適当なとこで降りようかなぁ」
「は?」
「そうすれば来年も君と一緒に試験が受けられるんだろう?」
「…勘弁して」
「じゃあ教えてよ、君の志望動機」
にこにこかにやにやか区別のつかない顔でそう言われ、僕はため息をついた。
すごいよ、僕にここまで嫌い≠ニいう感情を抱かせられるのはあなただけだ。
「…ハンターになるのを阻止したい子がいるんだ」
「へぇ、なんだかおもしろそうな動機だね。それはどうして?」
「…その子は、ブラックリストハンターになって幻影旅団を殺すつもりなんだ」
「なるほど。でも旅団はそう簡単に潰されるようなものじゃないだろう?どんな子供かは知らないけど、それ一人がハンターになって彼らを追いかけたところで…」
ヒソカは僕が旅団を守るためにこの計画を行っていると判断したらしい。
間違いではない。当然僕は旅団のみんなの心配もしている。
でも正解とも言えない。
ヒソカの言う通り、確かにクラピカ君というハンター一人増えたところで旅団にとってはそう痛手でもないと思う。
危険なのは旅団より、下手にちょっかいを出してしまえば返り討ちにされてしまうであろうクラピカ君の方。
さすがのヒソカでも思いもしないんだろうなぁ。
旅団のみんなが大好きで、今も彼らの世話になっている僕が、彼ら自身よりも、彼らを傷つけようとしている人間の方を心配しているだなんて。
「用心をしてるだけだよ。甘く見てたら足元掬われるかもしれないだろう?」
「…ふうん。じゃあボクも君のその計画手伝ってあげようか?」
「?」
「もしこの試験にその子供が来てたら、ボクが「殺してあげるよ、とか馬鹿げたこと言ったらその舌引っこ抜くから」
思いもよらぬ言葉だったのか、ヒソカはめずらしくきょとんとした。
喜ばれるとか感謝されるとでも思っていたのだろうか。冗談じゃない。余計なお世話。
もし、もし万が一今日クラピカ君がいたとしても、彼がその子供だなんてこいつには絶対に教えない。
「ステーキ定食二人前で」
「焼き方は?」
「弱火でじっくり」
いつもながらに変な合言葉と変な場所から会場入り。
狭い密室でヒソカとご飯とか最悪だけど、お昼ご飯まだだったからお腹すいてるし食べる。
エレベーターを降りるとさっそくトンパさんに「よっまた来たのか!」と声を掛けられた。全然親しくなった覚えはないのに、なんか親近感みたいなものを抱かれてる感がある。僕はあなたと違って、ひやかしとかで来てるわけじゃないんだけどな。…客観的に見たら同じようなものか。
でもその彼も、僕の隣で佇んでいるヒソカの姿を見るとそそくさと離れていった。
試験開始まで適当に隅っこででもじっとしていよう。
ヒソカを追っ払ってから移動を始める。
その時、猛者猛者した人たちの中に一つだけ小さな人影があるのに気がついた。
十歳ほどの少年だ。何故か僕はその子に気づくことができたけど、その子は恐ろしく気配があるようで、まったくない。
そんな変わった性質も彼の持つ銀色のふわふわの髪も、僕に何か思い起こさせるものがあった。
思わずじっとその姿を見つめてしまう。するとその視線に気づいてしまったのか、少年がゆっくりとこちらを振り返った。
その瞬間、退屈そうだった顔が驚愕の表情に変わる。
「姉貴!?」
うわあ懐かしい子に会った。
そう思う間もなく僕はキル君に飛びつかれてその場に尻餅をつかされた。
「姉貴だよな!久しぶり!姉貴もハンター試験受けに来たの!?すげー!超偶然じゃん!」
「あ、あはは、そうだね、久しぶりキル君」
5年ぶりぐらいになるのかな…おっきくなっちゃってまぁ。
未だに僕が姉≠ネのは気になるけど覚えていてくれたのは嬉しい。
お腹の上に彼を乗せたままそのふわふわ頭をわしゃわしゃと撫でてみた。そしたら「わっやめろよな!オレもう子供じゃないんだぞ!」って言われてそれはちょっと寂しかった。
そっか、子供じゃないのか。まだ10歳ぐらいだとは思うけど。おかしいな、フェイ君とかがこれぐらいの時は無表情で喜んでくれてたのに。
「あ、そうだお菓子食べる?」
「食べる!」
やっぱり子供じゃないか。
見た目は大きく変わっても中身はちょっとしか変わらない子供に笑みがこぼれる。
この子に会えただけでも、今日は来て得したな。
「あ…そういや、あれ、お兄さんはいないの?」
僕はきょろきょろと辺りを見渡してあの黒髪ロングの能面さんを探した。
しかし姿は見当たらない。もしやキル君は一人でこんなとこへ来たのだろうか。よくあの過保護のお兄さんが許したな。過保護卒業できたんだろうか。
「何?会いたかった?兄貴はたぶん家だけど」
「ううん、大丈夫これっぽっちも会いたくなんてないよ」
家か、よかった。あの人は苦手だから、5年ぶりだろうがなんだろうが関わりたくないのが僕の正直な思いだ。
「キル君は暗殺者辞めてハンターになるの?」
「うーん、ハンターになるかはわかんねぇな、暇つぶしで来ただけだし。そういう姉貴こそ道化師辞めてハンターになんの?」
「ううん、僕はちょっと別の理由で来てるんだ」
「別の理由?」
「うん。……実はキル君に会うためだったり」
「はは!それ嘘じゃん!」
「あはは、うん」
楽しいなぁ、やっぱりこの子はかわいいなぁ。
どうしよう、どうせなら今日は一次試験だけと言わずこの子に付き合っていけるとこまで受けてみようか。
そんな考えが顔を出し、僕は頭を悩ませる。
迷うなぁ、この子とは一緒にいたいけど疲れることとかしんどいこととかはあんまりしたくないし。んーやっぱこの子の集中力の妨げになるのも悪いし帰るかなぁ…
散々迷ってそんな決断を出した僕は、すっかり今日もすぐに帰るつもりでいた。
どうせクラピカ君は今日も来ない。彼はまだ今年でやっと17歳のはずだ。キル君は例外だとしてもハンター試験受験者の平均年齢はどう考えても十代じゃない。少なくともあと3年は心配しなくて大丈夫だろう。
と、そう僕は高を括っていたのだ。
だけどその決断と考えはこの数秒後、一瞬にしてひっくり返る。
「―――!」
キル君とおしゃべりをしながらも会場の入り口近くにまで広げていた僕のエン≠ノ、間違えようのないあのオーラが引っかかった。
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