CLOWN×CLOWN


軽視×憂い×相容れない取捨選択


パクちゃんの言葉には戸惑ったけど、振り返って考えてみると素直に嬉しいところもあった。
僕の幸せを願って、まさか真剣に旅団を抜けることを考えてくれるなんて思いもしなかった。

けれど同時に実感した。
これはパクちゃんが特異なだけで、他の子はそんなことは考えない。

彼女が今の生活をやめるために必要なのは"逃げる"とか"抜ける"とかであって、旅団の解体や方針の変更などではない。彼女も理解している。どうあってもみんなはこの生き方を変えられない。

…大丈夫、わかっていたことだ。今更嘆いたりしない。


「パクちゃんもう大丈夫?」

「ええ…ごめんなさい、ありがとう」


涙のおさまったパクちゃんを部屋の外まで送る。

ずっと待っていたらしく、扉のすぐそばではクロロ君が佇んでいた。
気配で気付いていたから僕は大して驚くこともなかったけど、それどころじゃなかったパクちゃんは少しびびったみたいだった。

それからパクちゃんと別れるとクロロ君は僕の許可を得ることもなくずんずんと部屋に入り、当然のように我が物顔でベッドに座った。


「パクとは何の話をしてたんだ?」

「んー…別に、大した話じゃないよ」


聞いてたんじゃないの?と思いながら僕は適当に答えた。


「そうか」

「うん」

「…おいで」


所在なく突っ立っていた僕の手を軽く引いて、クロロ君は僕を膝の上に座らせた。
遠慮なく包帯の上から触れられたから腕は痛いし、体勢はシンプルに恥ずかしい。
けれど文句を口にしようとしたら唇を塞がれた。口ごたえすら許されないらしい。


「…今日ヒソカと何があった」


唇を離したクロロ君は僕の髪を撫でつけながら問う。


「言いたくないなら構わない」

「…ヒソカに呼び出されたんだ。子どもたちが待ってるからって。行ってみたら、縛られて脅えきった子どもたちがいて……」


あの後景を思い出すだけで今もぞっとする。
自分の失言のせいで招いた事だと思うと後悔してもしきれない。
無念とも憎しみともとれる気持ちがふつふつと再び湧き上がった。


「僕のせいで…僕が道化でいることを諦めきれなかったせいで、何の関係もない子どもたちが…」

「それは違う、よく考えろ。お前は人の罪を自ら被る癖がある。今回ナッツが責めるべきはヒソカであって、自分じゃない」

「けど…!」


反論は上手く言葉にならず、僕はその先を飲み込んだ。

"人の罪を自ら被る癖がある"だって?それは一体誰のなんの話をしているんだ。
今目の前にいる君のことか?


「ナッツ…俺は今日、お前がクラウンに戻っていたこと、心から笑っていたことが嬉しかった」

「!」

「もちろんヒソカがナッツを傷つけたことは許せないが、笑顔を取り戻すきっかけを与えてくれたことには感謝している」

「そんな…」

「誰かを不幸にさせる行動は時に誰かを幸せにする。そんなものなんじゃないのか?不幸だけを見て、確かにあった幸せまでなかったみたいにするなよ。今回で言えばそれは俺を軽んじているし、侮辱しているのと同じだ」


全てわかってると、そう言っているような目だ。
わざわざ"今回で言えば"なんて言葉を使っているけど、おそらく全然今回に限った話じゃない。

瞳と声はとても冷たいのに、触れてくる手だけがやたらとやさしい。
彼には彼なりの葛藤があるのだと僕はこの時気付いた。
今までずっと、この子は僕の気持ちを推し測ることなんて一切出来ないんだろうと思ってたのに。


「…ごめんなさい…」


結局のところクロロ君は自分至上主義だし、意にそぐわない事を受け付けないだけ。フェミニストに見せかけた言葉は必ずしも本心ではないだろう。
単純な謝罪は的を射ないとは思ったが、やはりそれ以上のことを言葉にする自信がなかった。

実際クロロ君は納得した様子も満足した様子もない。
けれど依然、怖いぐらいやさしい手つきで僕の髪に触れる。
少し逡巡して、僕は恐る恐る口を開いた。


「…僕は、誰を不幸にもしたくないだけだよ」


だから道化はよかったんだ。マイナス値はほぼゼロと言って間違いないのにプラスを生める。リスクなしに成功を得られる。
…はずだったのにな。


「お前はまだわからないのか?」

「…何を?」

「所詮すべてを手に入れることなんてできない」


欲しい物はなんでも手に入れてきた、盗賊の頭領が言うにはそぐわない台詞だった。
言われなくたって、そんなこと痛いぐらい身に染みてる。


「必要なのは取捨選択だ。目先の見知らぬ他人の幸不幸にいちいち嘆いていたらキリがないぞ」


もはや笑うしかない。
クロロ君はこれでいたって真剣なんだもんな。
最初は君だって、僕にとっては"目先の見知らぬ他人"の一人だったはずなのに。

取捨選択といったところで、僕に選ぶ権利はない。クロロ君から見ての他人はすべて切り捨てだ。
だって僕は確かにかつて選んだのに、それを君は許してくれなかった。


「わかるだろう?昔から俺たちにはナッツしかいないように、ナッツにももう俺たちしかいない。お前は俺たちの幸せさえ考えればそれでいいはずだ」


今日三度目のキスが降る。
先ほどからのスキンシップの多さといい、クロロ君は今日よっぽど舞い上がっているらしい。
僕はこんなにぼろぼろなのに、なんだかな。

今日のこれはクロロ君なりに僕を慰めてくれてるんだろうし、ずっと迷ってばかり悩んでばかりの僕に答えをくれようとしているのもわかる。
けどそんな極端な割り切りができるのはクロロ君ぐらいだ。僕にはそこまで開き直ることもできないよ。

僕は道化だ。ずっと世界中たくさんの人の幸せを願って生きてきた。
だけど君たちはそんな僕とはまるで逆の存在で、たくさんの人の幸せを奪って生きている。
ここに戻って来たのだってあの子を守りたかったからだ。君たちのためではなかった。


「…クロロ君」


今ここにいるのは選ばせてもらえなかった結果だけど、もう一度選べるなら僕はどの時点で、何を選ぶだろう。


「君は蜘蛛と僕どっちを選ぶの?」

「俺はどっちも選ぶ」

「なんだ、クロロ君だけそんなのずるいや」


僕だって両方選びたいんだけどな。目先の他人も、君たちも。だけど君が蜘蛛を選び続ける限りそれは無理なんだろうか。

本当に…蜘蛛さえなければ、僕には何の憂いもないのに。



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