CLOWN×CLOWN


奇術師×狂人×明確な殺意


「ヒソカさん!」
「ああナッツ、早かったね――――って、どうしたのその格好。ボクのマネ?」
「はい?いや、これ僕の衣装ですけど…なんか変ですか?」
「ううん、かわいいよ。じゃあいこっか」
「はい!」

ベンチから腰を上げて歩き出したヒソカさんの後ろをついていく。
やっぱりここまでピエロルックを極めてるこの人にとっては僕のこの衣装なんてものはまだまだコスプレレベルなんだろうか、なんてその後姿を見ながら考えた。
それにしてもその腰はどういう仕組みになっているんだ。不思議すぎる。僕も見習わなければ。道化師はやっぱ奇抜さが大事ですよね、うんうん。

「ナッツは道化師なの?」
「へ?はい、そうですよ。ヒソカさんもでしょ?」
「僕は奇術師だよ◇」

…びっくりだ。
そこまでピエロルック極めときながらマジシャンかよ。顔に涙マークとか描いちゃうのかよ。なんかちょっとがっかりした。

にしてもこの人、僕が道化だってこと知らないで呼んだのか…?
なんかヒソカさんが開催するイベントでもあるのかと思ってたけどどうなんだろう。
もしかしたらここに呼ばれたのは道化の僕なんかじゃないのかもしれない。さっきの怖がらなくていいって言葉も、僕の解釈とは違う意味で言ってたのかな。

しかも「着いたよ」って言われて建物見上げたら普通にホテルだった。
しばくぞこの似非ピエロ。

「帰ります」
「ふふふ、ボクは何もしないからそんな警戒しなくていいよ。ほら早く、部屋に子供たちを待たせてあるんだ」
「…………」

ものすごく性質の悪い詐欺に引っかかった気分なんですが如何でしょう。
ここで嬉々として普通に部屋に行く人間は馬鹿だと思う。ぷかぷか浮いてる擬似餌に食いついて釣り上げられる魚とか、お菓子あげるからおいでって言われてついてく子供と一緒だ。

魚でも子供でもない僕は今、行動を選択することが出来る。
行くか行かないか、だ。
するべき判断は絶対『行かない』に決まってる。旅団の誰に相談したってこう言われる。行くな馬鹿。

しかし本当に…そこに子供がいるんだとしたら。
ここで僕が、その手に乗らずに去ってしまった場合…その子供たちはどうなる?
ヒソカさんは元4番を殺して旅団に入った、れっきとした幻影旅団のメンバーだ。僕の価値観とは次元が違う。そんなこと、クロロ君たちを通してよく知っている。
彼らなら…あの子達なら…用済みの道具は、どう処理をする?

「ナッツ、悩んでるの?どうして?子供が好きって言ってたじゃないか」

子供を釣るためのお菓子は、大抵の場合本当には存在しないだろう。それは架空の存在でありただの方便だ。
けれど今回の場合は、それがどちらかだなんてわからない。
本当に子供がいるかもしれないしいないかもしれない。ヒソカさんの目的が計り知れない以上どちらの可能性だってありうる。

…今僕が『行かない』を判断することはつまり下手をすれば、『子供を見捨てる』という結果に繋がるかもしれない。
したがって…
結局僕に選択肢なんかないんだなこれが。

「なんかしようとしたらヒソカさん火達磨にしてやりますからね」
「なんだいそれ、怖いなぁ」

もしもの時の手段なんて、僕にはたくさんある。
とりあえず行ってみればいいさ。

子供が居なければ居ないでそれでいい。もっかいあの公園戻って大道芸やって帰るし。
居たとしても、子供好きの僕のことを思って、純粋にプレゼント感覚で子供を用意してくれたとかならいい。誘拐とかしてきたんじゃない限り。お菓子あげるからおいでってソフトに連れてきたんならまだ許す。本当にお菓子あげた後に帰らせるから。
ああもしかしたら親戚の子がちょっと遊びに来てて、とかかもしれない。遊び相手になってやってほしいんだ、とか言うんだったら喜んで遊ぶ。

そうだよ、ちょっと最近の僕はなんでもかんでも悪い方向に考えがちになっちゃってるんだ。
別にいろいろあるよね、ホテルの部屋に子供何人か待たせて「子供いるんだけど遊ぶ?」的な感じで他人呼ぶ状況ぐらい。……ちょっと今のところまだ親戚説しか思い浮かんでないけどさ。

まぁ何にしろ僕はクラウンとしてその子供たちを喜ばせてあげられたらそれでいいのさ。
あとは必要だったら「お菓子あげるって言われても知らない人について行っちゃいけないんだよ」とか説教するぐらいで。

「さぁ入って」

そう言われて入った部屋は、最上階のとても高そうな部屋だった。無駄に広い。高級そうな家具が眩しい。
ところで子供の姿が見当たらないな。やっぱ嘘だったのか。
ある意味一番安心できる結果だった。嘘をつかれたのは許せないけど、子供誘拐してこられるよりよっぽどいいわ。
僕は黙ってUターンして帰ろうと思った。
しかしそこで、背後から思いもよらぬ言葉がかかる。

「こっちだよ、勝手に逃げないようにと思って縛って置いてたんだ」
「…!」

いるのか、子供。

縛って置いてたって、やっぱ物騒な話だ。全然平和な状況は望めなかった。
慌てて飛び込んだその部屋は寝室。その部屋を見て僕は絶句した。

部屋の中央には無駄にでかいベッド。その上には手足を縛られた、10歳にも満たないだろう子供が数人。
こちらを伺い見るその目は子供たちの恐怖心を痛いほどに伝えており、頬に張り付いた幾重もの涙の跡が痛々しい。
そしてそこにいる彼らは何故か、男の子も女の子も布一枚も纏わぬ姿であった。

「たぶんもう暴れたりもしないと思うし、その紐外してやってくれる?あ、もしそういうプレイが好きだったらそのまま使ってくれていいけど」
「…は?」

何を言っているのか理解できず、閉めた扉のすぐ傍に立つヒソカさんを振り返る。
やはり何が楽しいのか、彼は唇の両端を限界まで引き上げて笑っていた。

「一緒に楽しめたらなって思ったんだけど…ごめんね、我慢しきれなくってちょっとだけ味見しちゃった子もいるんだ◇」
「―――!」

……子供が好きっていうのはさぁ、普通そういう意味じゃないだろう…?

体中から血の気が引きすぎて一瞬くらりとする。意味が分からない。なんだこの変態。
僕は震える足で歩いて、靴を履いたままベッドに乗り上げた。そして怯える子供の手足の紐をナイフで切る。太ももの辺りが少し血で汚れていたその子供は、四肢が自由になっても一切動こうとはせず、ただ視線だけをこちらにやりながら浅い呼吸を繰り返していた。他の3人の子供も皆同じだ。僕は唇を噛み締めた。

「怒ってるのかいナッツ」
「……………」

怒るとか怒らないとか、そういう話じゃない。
価値観が違うとか、モラルがないとか、そういう次元の話でもない。

この人は完全に狂っている。

「ライト」

呼び出した彼の背に、なんとか子供を乗せた。
彼らに服を着せてあげようと思ったけど、服が見当たらない。仕方ないから上からベッドシーツをかけた。

「ライト、この子達を……」

…どこに連れて行こう。
正直この子達が警察に渡るのは困る。もし警察がこの狂人の元に押しかければ、彼らは確実に殺されるだろう。
この子たちには申し訳ないが、この事実はなかったことにしなければならない。犠牲者を増やさないためにも。

「…どうかみんな、今日のことは誰にも話さないで。君たちのことはちゃんとお家まで帰してあげるから。いい?…ライト、道案内してもらいながら、この子達を一人ずつ家まで送り届けて」
「わかった」

本当は自分もそこに乗って逃げたかったけどスペースがない。
仕方なく彼らだけを送り出した。

ライトが扉に向かって走り出すとヒソカさん―――いや、ヒソカはあっさりとその場をどけ、ライトは扉を突き破って部屋を出て行った。
扉の破片が宙を舞い、ばらばらとその場に落ちる。
ヒソカは依然、笑っていた。

「せっかくキミのために用意したのに、気に入らなかった?残念だなァ」

僕のせいか。
僕が子供が好きなんて言ったからか。

なんなんだよ、もう。これは僕がもう一度道化に戻るチャンスなんだとまで思ったってのに。
僕はやっぱり道化なんて潔く辞めるべきなんだろうか。僕なんて居ない方がいいんだろうか。

悔しい。
こんな奴にこんなに心乱されて。憎い。なんて憎いんだ。もう一度道化になろうと思ったあの気持ちを、あの幸福を返してくれ。

「まぁボクもほんとは君と遊びたいだけだったから、別にいいんだけどね」

近づいてきたそいつに僕は躊躇なくナイフを投げた。
今なら僕はもう一度人殺しになってもいい。そう思った。

だけどナイフはいとも簡単に避けられて、ザクリと壁に刺さる。
すぐに二本目を手にしようとした。だけどその前にトランプが一枚飛んできて、その手に深々と突き刺さってきた。そしてさらにもう一枚、今度は頬を掠めて飛んでいく。

「っ…!」
「くくく、やっぱり弱いなァ」

ヒソカが僕の腰を抱き寄せる。離れようともがいたけど到底力じゃ敵わなかった。

「どうしてそんなに弱いのに、君は旅団のお気に入りなんだろうね。気になるなァ」
「離せ…!」

頬の傷の上を、彼の舌がざらりと這った。
ぞくりと恐怖とか嫌悪とかいろいろなものが背中を駆け抜ける。

チルを呼び出そうと思った。
でも寸での所で僕の理性がそれを止める。
チルを出したところで、こいつの前じゃあの子が歌い出す前に瞬殺じゃなかろうか。
ライトを出したことで僕の能力はすでにばれている。こいつだってそれの警戒ぐらいしているはずだ。

ライトはいない。チルは出せない。旅団のみんなも傍にはいない。
僕には頼れるものが何もなかった。
ドクリドクリと心臓が音を立てるのがよく聞こえる。全部の壁からその音が反響しているみたいだ。

「ねぇナッツ、あんなに大事にしてた君を壊されたら、彼らはどんな顔をするかな」


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