CLOWN×CLOWN


好物×お誘い×道化師の復活


「ナッツ、君は何か好きなものはあるかい?」
「好きなもの?」
「うん」
「えっと…子供、かな」
「へぇ、それはボクと気が合いそうだ」
「そうなんですか」
「うん。ちなみに男の子と女の子だとどっちが好き?」
「どっちも好きですよ。子供はみんなかわいいです」
「そっか、僕はどっちかと言えば男の子が好きなんだけど…やっぱり美味しそうだったらどっちでもいいな」
「そうですねぇ…僕も食べちゃいたいぐらい可愛いって子は大好物ですよ」
「うんうん」

変な人と言えど、やっぱりピエロなんだなぁ。うんうん、道化の醍醐味はそこだよね。可愛い子供との出会いがいっぱい。
こういうとこ共感してもらえるのってやっぱり同業者ならではだ。実はこの人も、根はいい人なのかもしれない。

…って、このときは普通に感心した。





ヒソカさんはあまりアジトの方には寄り付かない人だった。
というか仕事自体あまりしないらしいけど。…何のために旅団なんて入ったんだろう。
まぁ、だから僕は初対面のあの時以来彼には会っていない。クロロ君からの忠告なんて一切必要なかったぐらいに、平和だった…のは、昨日まで。

今日その平穏は崩された。

僕が部屋でライトたちと遊んでいると、突然僕の携帯が鳴り出したのだ。
僕の携帯の番号はジンさんとクロロ君とシャル君が知っているけど、今アジトにいる僕にわざわざ電話を掛けて来るような人はジンさんしかいない。
そう思って携帯をとった。ところが画面にはなぜかヒソカ≠フ文字。

あれ…?いつの間に登録を…?

「…はい、もしもし」
『ああナッツ、元気にしてたかい?ボクだよ、ヒソカだよ」

…こっわぁぁぁ。
ほんとにヒソカさんだったよ、ほんとにいつの間にって感じだよ。

「ヒソカさん…その…勝手に人の携帯いじるのはどうかと思います」
「ふふふ、ごめんね」

いやいやその感じは反省してないだろ。

「それより今暇かい?ゆっくりキミと話がしてみたくて、少し場を設けてみたんだけど」
「へ?」
「子供たちがキミを待ってるよ」
「え…なにそれ…?」

子供たちが待ってる?
それはきっと道化の僕をってことだよね?ヒソカさん、なんで僕が道化なのを知ってるんだろう。
でも僕が最後にクラウンの仕事をしたのなんて、もう1年以上も前のことだ。あれ以来僕はクラウンなんかじゃない。

「怖がらなくていいよ、きっと楽しんでもらえると思うんだ」

怖がる?

…うん、そうだ、その通りだ、僕は今クラウンの仕事をするのが怖い。
笑い方さえ忘れた僕が、他人を笑わせることなんてできるわけがないから。

「…行けない、です…」
「そう?残念。せっかくかわいい子たちいっぱい用意したのに」
「…なんか如何わしい店の宣伝みたいになってますけど」
「んーでも本当にそうなんだよ?みーんな、キミに会うのを楽しみにしてる。もちろんボクも」

……かわいい子供たちが、僕を、待ってる、楽しみに。

「…………」




あーーーーもう!




「…す、すぐ行きます!場所は!?」

とりあえず、この廃墟から少し行ったところにある街の公園で待ち合わせだということだった。
僕は衣装に着替えてメイクをして、荷物を手に慌しく部屋を出た。
そして偶然クロロ君に遭遇する。

ガションッ。
彼の持っていたティーカップがその場に落ちた。

「…ナッツ?どうしたんだ、そんな格好で…」

目を丸くしている彼はしきりに瞬きを繰り返しながら、僕の足元から頭の天辺まで何度も視線を往復させる。
少し気恥ずかしくなって僕は頭を掻いた。つい一年前まではほぼ毎日着ていた仕事着なのに、ちょっと疎遠になっていただけでなんだかちょっとしたコスプレをしている気分になる。

「…仕事、行ってくる!」

無意識の内に笑みがこぼれた。

だけどすぐにその無意識の行動に、血の気のひく思いがした。
笑った、笑ってしまった、作り笑いではなく、心から純粋に。

何してるんだ、そんな勝手なこと、あの子の笑顔を奪っておいて僕が笑うなんて、身勝手すぎる、罪の深さを弁えてない、やっぱり僕は、こんなこと…

「…よかった」
「…え?」

まぶしそうにクロロ君は目を細めた。

「お前のまともな笑顔を見るのは、1年ぶりだ」
「―――!」
「いやでも1年前に見た笑顔はルークに向けられたものだし、俺に向けられる笑顔は…3年ぶりかな。やっと…帰ってきてくれたんだな。おかえり、ナッツ」

決して涙は見えないんだけど…僕はクロロ君が泣いているように思えた。

この1年間、なるべく上手に作り笑いをしてきたつもりだった。
けどそれは全部見破られていたんだろう。ずっと待たせてしまっていたのか。
僕の愛してるよなんて言葉に誤魔化されてる振りをして、僕の嘘の笑顔にどれだけ傷ついてきたんだろう。

「…ごめん…ただいま。待たせて、ごめんね」

心を偽らずに出した表情は、完全に泣き笑いだった。
あちらを立てればこちらが立たず。
こればっかりはもうどうしようもない。

笑うことは怖いことだ。笑う度に罪悪感に襲われるし、罪の意識が蘇る。あの子の笑顔を奪っておいて自分は笑うだなんて、身勝手にもほどがあるとも思う。
それでも、だからといって、今傍にいる人を傷つけてもいいわけじゃない。

何が正しいかなんて答えはとっくに見失った。
変わらない事実は、僕がクラウンであるということだけだ。
自分のために笑おうなんて思わない。クラウンの笑顔は、誰かの笑顔のためにこそある。

笑うことは罪だ。笑うことは身勝手だ。笑うことは怖いことだ。
だけど、笑わないことも十分罪で、身勝手で、怖いことだった。

「なぁナッツ、お前は俺を恨んでいるか」
「…同じこと、前も聞かれたね」
「ああ」
「答えは変わらないよ。恨んでなんかいない、愛してるから」

嘘偽りない言葉と笑顔は、心に充実感と罪悪感を生んだ。
きっと、正しい道なんてどこにもない。でも今は、これが僕の最善だ。

「いってきます」

笑顔を携え、廃墟を後にする。

「…いってらっしゃい」

このところ不安そうな顔をすることが多かったクロロ君も、この時は穏やかに笑ってくれていた。



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