CLOWN×CLOWN


初参加×筆記×いらない合格


試験会場までは、シャル君がわざわざ案内をしてくれることになった。地図さえ出してくれればいいと言ったのに、親切な子だ。
しかしその子はなぜか散髪店に入った。急に前髪が鬱陶しくなったのだろうか。

「カット頼むよ。オレと、彼女。イカしたモヒカンによろしく」

…………なになになに。
え、モヒカン?会場まで案内してくれるのかと思いきや、なんだかよくわからない罰ゲームコース?

「了解、奥へ行きな」

シャル君実は相当怒ってるな。僕の失踪とか携帯変えたのとか、めちゃくちゃ怒ってるんだな。
だって超いい笑顔で手引っ張ってくるんだもん。逃げれないもん。モヒカンかー…せめてスキンヘッドの方がまだ……いやどっちも嫌だ。

「シャル君、わかった、僕は甘んじて君の報復を受けるよ。でも君まで道連れになる必要はないだろう?君は今の髪型が一番似合ってるよ」
「何言ってんのナッツ姉。あれ合言葉だってば。ほら、ここが試験会場」

奥へ、と言われて結構長い通路を通った先にあった無機質な扉をシャル君が開く。そこには店の外観からは想像もつかない広々とした空間が広がっていた。

「へぇー…」

あのお店がこんな部屋に繋がっていたんだ。
コンクリートの床に壁に天井。寒々とした印象しか与えないこの部屋は、今でこそ筋肉質な男性たちが部屋いっぱいにもさもさ(猛者猛者)しているが、一体普段どのような用途で使われているのだろうか。

「シャル君ありがとう。僕一人じゃ絶対来れなかったよ」
「いいんだ別に。オレもそろそろ、ハンターライセンスがほしいなと思ってたところだったんだよ。情報の集めやすさが格段に上がるだろうから」
「え?じゃあシャル君、この試験受けるの?」
「そうだよ」

初耳。
そっかーこの子は、盗賊なのにハンターにもなっちゃうわけか。すごいな。

「がんばってね」
「ナッツ姉もでしょ」

僕はがんばらないよ、とこの時は言わなかった。「じゃあオレもがんばらない」とかって、試験始まる前からこの子のやる気がダウンしちゃったら大変だし。

試験はまだ始まらないようなので、僕とシャル君はそこらへんの空いてたスペースの壁にもたれて他愛もない会話をした。その間僕は至極さりげなくあたりを見る。端から端まで、たまに例外はあってもやっぱり猛者猛者した人たちしかいない。輝く金色の髪のあの子は見当たらない。

「やあ君たち、ルーキーだね」

安堵の息をつきかけたその時、丸々としたオジさんにそう声を掛けられた。それをシャル君は目に見えて鬱陶しそうにする。僕はこの特殊な環境下で何が起こるのかもわからないし、特に反応しないでいた。

「俺はトンパっていうんだ、よろしくな。ここまで来るのは大変だっただろう。ほら、お近づきの印に一杯」

ほら、とちょっと強引に缶ジュースを渡された。人に言えた義理じゃないけど、なんだかうさんくさい笑顔だ。

「ほら、飲んでくれよ。心配しなくたって毒なんか入ってねぇよ」

ちなみに僕たち二人はこの間ずっと無言。まだ彼に対しては一言も発していないし何のアクションもとっていない。よく一人でここまでしゃべり続けられるもんだ。ハンターなんて難関をわざわざ目指さなくても、何かそういう特技を生かせる職業につけそうなのにな。というか毒の心配云々の前に、さすがにこんなところで知らない人にもらったものなんて口にしない。

「ねぇうざいんだけど。どっか行ってくれない?これもいらないし」

ついにシャル君がしゃべった。というより毒づいた。
ぽいぽいっと自分が持たされた分も僕が手にしていた分もトンパさんの方に放ってしまう。これでトンパさんが本当にただの人懐っこいオジさんだっただけなら可哀想だけど――――

「…チッ、最近の若いもんは…」

まぁそうじゃないよね、って感じ。

「ったく、絶対あれ何か入れてたな……ナッツ姉、ああいう奴からもらったもんは絶対口つけちゃダメだからね。ていうかもらっちゃダメ」
「わかってるよー。僕だってそこまで警戒心薄いわけじゃないし……」
「そう?……で、ナッツ姉は誰を探してるの?」
「!」

…やっぱシャル君は鋭いや。

「今の奴が来るまではずっと何かを探してたし、奴がいなくなってからは入口の方ずっと気にしてる」
「………」
「ナッツ姉、ただ試験を受けに来たわけじゃないんでしょ」

ピンポンパンポーン
僕が口を開きかけたその時、天井の隅に取り付けられていたスピーカーから今にも迷子のお知らせでも伝えだしそうなチャイムが流れた。

≪あーテステステス。マイクテスト中ー。はいオッケー。これにて試験受けつけは締め切りでーす。では今から第一次試験を始めまーす。今そこのドア開けるんで、適当でいいから並んで入ってきてくださーい≫

…ゆるいアナウンスだった。
僕は周りの流れに身を任せ、まぁとりあえず行こうよとシャル君と共に足を進めた。

≪一次試験は筆記テストでーす。適当に席ついてちゃっちゃか始めちゃってー。あ、テスト問題はそれぞれ全部違うから、カンニングとか無意味だよー?あーだからって席選ばないでー自分の運を信じてみよー≫

うわあ猛者猛者さんたちどんまいだ。筆記試験とかできなさそう。あ、いや人を見た目で判断しちゃダメだけどさ。
とりあえず問題に興味があったから適当な席に座った。さっきのやつ何も返事聞いてないんだけど、的な目でシャル君には睨まれたがここはスルースキル発動。ここ2年で養った力だ。おもにシャル君からのメールや電話を根気強くスルーするために使用され、培われてきた。そして会話でもそれを使用されるシャル君。ごめん。心の中で謝罪をしながら問題用紙をひっくりかえす。問題は全部でたった5問しかなかった。そしてはっきり言って、どれもすごく難しい。

≪だらだらやっても仕方ないから制限時間は今から10分だけねー。10分後回収して、採点した後で結果発表しまーす。ちなみにテスト内容は激ムズだから、1問正解してた時点で試験は合格としまーす≫

1932年の3月にヨークシンで起こった連続通り魔事件の犯人の名前とか、1904年に起こったアシュワラ人殲滅戦で主に使用された銃器の名前とか、わかるわけないじゃん。
元々大した学があるわけでもないから、宗教のどーたらこーたらなんて問題文からして理解できない。これは無理だ。
僕はペンを置いて会場を見まわした。
大丈夫、あの子はいない。今年は来なかった。このまま一生現れなければいいのに。

よし、帰るか。棄権しますとかなんとか言えば普通に帰らせてもらえるのかな。最後にもう一度だけ問題に視線を落としてみる。そこで気付いた。これ、五問目…解ける。

【第五問 近年クシャトリア国で発掘されたマズル遺跡にて発見されたが、同年何者かによって強奪された化石の名称は?】

ほのおのいし≠セ。何てったってそれ盗んだの僕。
一問正解すればいいんだから、これを書けば僕は合格。
そっか、合格か。

「すいませーん、棄権します。適当に帰っていいですか?」
≪どーぞどーぞ。来た道そのままたどって帰ってくれればいいですよー≫

合格だから?だから、何?
どうせどこかにカメラでも仕掛けて見ているだろうと、手を挙げて立ち上がってからそう宣言した。アナウンスの人はやっぱりゆるかった。

「ナッツ姉…!」
「ああ、シャル君ごめんね。僕、一問たりともわかんないんだ」
「そんなの…じゃあオレも―――」
「シャル君ならこれくらい楽勝でしょ?がんばって資格とってきてね。先帰って待ってるよ」

僕に続いて棄権する人が何人か出た。その人たちと共に僕は会場を後にする。

「来年また来ますね」

番号札を回収してくれた小さな受付係さんにそう言うと、「はい、来年またがんばってくださいね」と笑顔で言われた。
来年もがんばらずに済むよう祈るばかりだ。


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