CLOWN×CLOWN


微笑み×後悔×結局みんな不幸せ


「おかえりナッツ姉!」
「師匠!心配したんだよ!」
「ったく、いってぇどこ行ってやがったんだ」
「いい年して家出なんかすんじゃねぇよ」
「戻ってきてくれてよかったわ」
「次はないねバカピエロ」

「…うん、ただいま。ごめんね」

二年ぶりに会った彼らは、みんな僕の帰りを喜んでくれていた。
僕の気持ちは複雑だった。



「ナッツ、やっぱりこのペンダントつけてくれてたんだな」
「…クロロ君にもらった物、これ以外全部置いて出て行っちゃったから。これだけは持っとかないとって…」
「嬉しい」

笑いかけられて、そっと口付けされる。
するとチルが慌ただしく周りを飛び始めた。ライトもそうだけど、チルも相当クロロ君のことが嫌いらしい。クロロ君は心底鬱陶しそうに「これ仕舞ってくれないか」と言う。僕は「やだ」と一言答えた。『これ』じゃ嫌だ。チルは物じゃない。

「…今度このペンダントに発信器でもつけるようにしとくか」
「え?」
「またお前がいなくなったとしても、すぐにみつけられるように」
「……もういなくならないよ」
「どうだか」

信用がないことはわかっている。
鼻で笑われても、何も言い返せやしなかった。

「いなくなったりはしない。たぶん。でも外出許可はちゃんとほしい」
「別に買い物に行くだのなんだのを制限したことはなかっただろう。前まで通りでいい。ただ本当に発信器はつけるぞ」
「…OK」

まるで飼い犬だな。いや、犬は発信器なんてつけられないんだし…まだ犬の方がマシか。
でも普通に監禁とか軟禁とかはされるんじゃないかとか思ってたから、それに比べれば大分待遇はいい。
僕はきっと、僕が思っている以上に彼らに愛されている。

「…ナッツ」
「ん?」
「俺を恨んでいるか?」
「……え?」
「お前をここに連れ帰ってから、俺は一度もお前の笑顔を見ていない」
「!」
「なぁ、俺を恨んでいるのか?」

眉を寄せたその不安そうな顔は、幼い頃の彼と重なった。
一体この子は何を勘違いしているんだろうか。恨む?そんなこと、できるわけがない。

「何言ってるの、僕は笑ってるじゃんか」
「…心から?」
「……ああ」

そうは言ってもわかってる。にこっと、口元が笑っても目が笑わない。
すっと目を細めてみても、それは笑顔じゃない。

―――笑顔って、どういうものだったっけ。
僕は人の笑わせ方がわからなくなると同時、自分自身、笑い方もわからなくなっていた。自分がこんなに不器用だなんて、知りたくもなかったのに。
でもそれはクロロ君のせいじゃない。僕のせいだ。ぜんぶ僕が悪い。

本当に愛してるんだよ。クラピカ君も、クロロ君も。
でもその想いはどちらも、僕にとっては罪だ。罪の意識に苛まれながら、どうして呑気に笑えるだろう。
そうさ、笑えない。

「クロロ君、愛してるよ」

数々の罪が僕の胸には残っている。



***




なぁ、俺のしたことは間違ってたか?俺はあの時どうするべきだった?

お前がいない日々は退屈で、苦しかった。
そしてお前が戻ってきた日々は、後悔で苦しくなっている。


「ナッツ、そこの街で人気のケーキ買ってきたんだけど食べる?」
「うん、食べる」
「あ、ちょうど美味しい紅茶もあるんだけど淹れようか?師匠の好きそうな香りだと思うけど」
「うん」

いつまで経ってもナッツは笑わない。口元は微笑んでも目は笑わない。
おまけにクラウンの格好をすることもなくなったし、以前は週に何度も行っていた仕事(大道芸)にも行かなくなった。手品をすることもなければ、パントマイムの練習をすることも、ジャグリング勝負を吹っかけてくることもない。

本当にこの人は俺の知っているナッツなのだろうか。
そんな風に考えることが最近よくある。疑う余地がないことはわかっているのに。姿も声もオーラも言葉も、10年以上前からずっと変わらない、ナッツに間違いはない。
だけど決定的な何かが違う。何かが足りない。
目の前にいるこれは、ナッツであってナッツではなかった。

「ピエロ、前に読みたいて言てた本盗てきといてやたね。感謝しろ」
「ほんと?ありがとう」
「あーフェイタンせこい点数稼ぎしてる。ねぇナッツ姉、オレもなんかプレゼントあげるよ!何が欲しい?」
「え、いいよ、特に欲しい物もないし」
「次に買い出しに行った時にいろいろ物色してみればいいんじゃねぇの?俺が荷物持ちしてやるよ」
「ありがとうフィン君」

点数稼ぎというか、見苦しいぐらい必死になってナッツに媚を売っているのはここにいる全員だ。
なんとかナッツの違和感を払拭しようと、二年前までの彼女を取り戻そうと焦っている。
奴らの中には俺がかなり強引な手口でナッツを連れ戻してきたのではないかと疑っている者もいる。(ナッツに対しては穏健派な奴らが多い。ナッツが戻ってくるのを望んではいても、彼女を傷つける行為を望む者はいなかった)
だが俺は決して手荒なマネなどしていない。少々ミスは犯したが。

それにナッツは俺に「愛してる」と言うんだ。何度も、繰り返し。
そう、俺は愛されてる。俺のせいでナッツが笑えないなんて、そんな馬鹿なことがあるわけがない。

「あ、そういえばシャル君、ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいよ、何でも言って」
「今年のハンター試験の試験会場を調べ出してほしいんだ」
「ハンター試験?なんでまた」
「試験を受けたいんだ」

なんだ、道化辞めてハンターになる気なのか?
その場にいた誰もが、そう首を傾げた。奇行としか言いようがない。どうしてハンターなんかに………まさかブラックリストハンターになって俺たちを捕まえようとか、考えてるんじゃないよな?

「ナッツ―――」
「大丈夫だよ、クロロ君。ちゃんと帰ってくるから」

………まさか、な。そんなわけないか。
いつの間にか強張っていた肩の力を抜く俺を見て、ナッツは口元だけで微笑んだ。
その笑みは、嫌いだ。

なぁナッツ、あの時の俺に言ってくれよ。どうすれば俺は正しかったんだ。
罪悪感なんていう気持ちとは、俺は一生無縁だと思ってたのに。

今の俺は、どうしてこんなにも息が苦しい。


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