CLOWN×CLOWN


天秤×痛み×さよなら最愛の人


この一年何も音沙汰がなかったから、すっかり油断してた。
僕のことなんてとっくに諦めてくれたんだと思ってた。

「あ、ルーク今日暇?」
『暇だよ。めずらしいね、ナッツの方から連絡くれるなんて。何かあった?』
「いやー僕もうすぐこの街出ることになっちゃったからさ、最後に会っときたいなと思って」
『え?そうなの?随分急じゃない?』
「うん、ちょっといろいろあって」
『そっか…わかった、じゃあ1時間後…10時にスズメ公園の噴水の前でどう?』
「いいよ。じゃああとでね」

引き留めたのに、クラピカ君は今日も真面目にお仕事に行ってしまった。辞めるなら辞めるで仕事場の人間にそれを伝えなければならないし今までの分の給料をもらわなくてはならない、と。まったく律儀な子だ。
だから彼が戻ってくるのを待つその時間は、僕なりに有効活用しようと思う。



***



外で待ち合わせをしたはいいが、天気はあいにくの曇りだった。
もうしばらくすれば降り出すだろう。それまでにどこか屋根のある場所へ移動しないと。

「あ、ルーク早いね」
「だって、こうして会えるのは最後なんだろ?」

そりゃ気も急くよ、と彼は苦笑する。噴水の縁に腰かけた状態から動く様子もなかったので、僕もその隣に腰かけた。まあ、少しぐらいなら空だって待ってくれるだろう。

「いつ出発?」
「明日かな」
「…急過ぎるよ」
「あはは」

いつもは人でにぎわう公園なのに、こんな天気だからだろうか。今日は僕たち以外にほとんど人がいない。
噴水の音と僕たちの声だけが、静かに空間に響いていた。

「そーいえば結局ルークの絵見せてもらってないし。最後なんだから見せてよ」
「やだ」
「…やっぱり、断られると思った」
「いつか金出して見てよ」
「あはははは!絶対見ない!」
「ひど…」

思いっきり笑い飛ばしてやるとルークは拗ねたような素振りを見せる。
演技なのかな、どうなのかな。

何が、というものはない。こういうとこが、と決定できるものはない。
でも今日、今、もう一度ルークと会って、話をして。
ぼんやりと浮かんでいた予感は確信へと変わった。

「…帰ろうかと、思うんだ」
「…え?」
「子育てはそろそろ終わりにして…僕を待ってくれている人たちがいるところに、帰ろうかと思うんだ」

どういう生き方をすれば、僕の愛するみんなが幸せに生きられるのか。
どうすればみんなが笑っていられるのか。もう僕にはわからない。
僕はもうきっと道化としての資格を失っている。
人の笑わせ方がわからない。人を笑わせられない道化なんて道化じゃない。

たとえこの行動でクラピカ君の命が救えたとしても、悲しませちゃ意味がないんだ。
たとえこの行動であの子達を喜ばせてあげられたとしても、クラピカ君が喜ばないならそれは正解じゃないんだ。
そうとわかっているのに、それ以上の方法がみつからない。
一部の誰かじゃなくて…みんなを幸せにできるのが道化だろう?

それができない僕は…道化じゃない僕は、一体なんだというのだろうか。

「ナッツ…?」

涙が溢れてきた。堪え切れずに、瞳から流れ落ちる。
僕の舞台がまた終わりを告げた。
カチリと、音が聞こえた気がした。一周したのだ。僕の人生の輪。
戻った。戻ってしまった。振り出しに。

「ねぇ、帰っても、いいですか…?クロロ君」

一瞬ルークの笑顔が硬直し、そして気さくな爽やか青年の雰囲気が消えた。
すっと細められた目は、懐かしい鋭さを持っていた。

「気付いてたのか?」
「いや…知らなかったよ、昨日まで」

できれば知りたくもなかったよ。
間違いだったとわかっている道を、引き返したくなんかなかった。

昨日窓の下に見た女性の髪、いや男性の髪、見覚えがある。あれだけ嫌ってたイルミさんと、君はいつの間にコンタクトを取ったんだい?
けどそうまでしても僕の傍にいたいって、そう思ってくれたんだよね。そこまで僕が追い詰めたんだよね。あっちにもこっちにも、僕が振りまくのは不幸ばかりか。
いつだって、誰も正解への道標なんて示してくれない。
だから僕はいつも目先の選択肢へ飛びついてしまう。
今回もそうだ。正しくはないと知っていながら、また君の方へ手を伸ばす。

「お願いクロロ君…もう一度、傍に置いて。僕を許して」

首に腕をまわして、抱きしめる。
僕はズルい。クロロ君が僕の言葉を断るわけがないと知っていて、こんなことを言う。

「…本当に、戻ってきてくれるんだな…?」
「うん…でもね、その代わり…」

もうクラピカ君には手を出さないで。

「…ああ、わかった」
「ありがとうクロロ君。愛してる」

よかった。

君を殺さずにすんで。









私にとって、ナッツとはどういう人間だろうか。

初めて会ったのは、二年前。私の故郷が襲われた三日後。
初めは当然、わけのわからない人間として警戒した。でもあいつは、仲間の墓を作るのを手伝ってくれたから。爪がはがれて流れた血で真っ赤になって、泥にまみれてぐちゃぐちゃになった、私と同じような手になるまで。
だから…警戒心を抱くより、不思議だという気持ちの方が大きかった。見ず知らずの人間が、どうしてそんなことをするのか。どうして今にも泣き出しそうな、悲しい顔をしているのか。

不思議だった。何度跳ねのけても、冷たい態度をとっても、私の傍に居続けたあいつが。私に笑いかけ続けたあいつが。
ただ、私の赤い目を見て一言「きれいだね」とだけ言ったあいつが、少しだけ怖かった。
けれどその恐怖はいつしか、ふらりと現れたこいつはまたふらりと姿を消してしまうんではないだろうかという不安に変わった。
私の傍に居続けながら、私たちの間に目には見えないうっすらとした線を確実に引き続けた、時々怖いほどにすべてに無関心な態度をみせたあいつが。その存在が、不安だった。
このまま一生、この道化と共に居続けられるならば…この荒んだ心も、いつかは癒しを得るだろうかと。この湧き立つ恨みや後悔も、風化ではなく昇華ができるのではないだろうかと。
夢見ていた。それと同時に、いつも不安だった。私にはそんな未来は来ないのではないだろうかと…どこかで漠然と感じていたから。
そしてその予感は的中する。

「おかえりクラピカ君」
「ただいま。早いな、もう荷造りがすんだのか?」
「うん。クラピカ君は急がなくていいよ」

そう笑ったナッツは、私の肩に乗っていた小鳥・チルを呼び寄せると「お疲れ様」と抱きしめた。昨日の今日なので当然警戒していたが、今日は襲われることも後をつけられることも何もなかった。
昨日のあれはやはり無差別だったのか。そう考えが過るも、まぁだからなんなんだという答えに着地する。
ナッツはどんな些細なことでも警戒するタチだ。今までも何かある度に街や国を移り住んできた。今更、あれが無差別だったとしてどうということはない。いくらこの街の雰囲気や今の働き先が気にいっていたとしても。

「いつ出発する?」
「…早朝には」
「わかった。今日の夕飯はどうする?どこかに食べに行くかルームサービスか…」
「一緒にパスタつくろ?」
「パスタ?パスタなら一昨日食べたし、第一作ろうと言ったってここはホテル…」
「はーいここに、ガスコンロとなべと材料がありまーす!問題なし」
「…そうか」

どうしてもパスタが作りたい気分だったのか?
ナッツがここまで何かに積極的なのはめずらしいなと感じながら、私たちは一緒にパスタを作った。それも一昨日店で食べた、ボンゴレぺペロンチーノ。味をなんとか真似してみたけど、やはり店と同じ味にはならなかった。でも十分美味しい出来だったと思う。
私は料理があまり得意じゃない。けれどナッツが作る料理はいつも美味しかった。

「ねぇクラピカ君、今日は一緒に寝ない?」
「…ナッツ、何度も言うが私はもう14にもなる。子供じゃない」
「だから?」
「男女が同じ布団というのは好ましくない」
「僕がいつ女だって言ったんだよー」

言うが早いが、ナッツは私の布団に乗り込んできた。
私は思わずため息をつく。ナッツはいつまで経っても私を子供扱いする。いや実際、まだまだ大人なんかではないけど。せめてもの抵抗にナッツの方に背をむけた。背後で彼女が苦笑する気配がする。そして次の瞬間、やさしく抱きしめられた。

「クラピカ君、愛してるよ」
「!な、なんだ急に…」
「離れていても、僕は君のことを想ってる」
「ナッツ…?」

嫌な感じだ。なんだ?まるで私から離れるような台詞じゃないか。

「君にとっては残酷なことだろうけど…僕は、君には復讐なんてしてほしくないと思ってる。諦めてほしい」
「!」
「わがままでごめん。けど僕はもう、誰も失いたくないんだ…」
「…このまま奴らを追い続ければ、私は死ぬと言いたいのか」
「その可能性もあるし、他の可能性も大きい」
「…?」
「必ず誰かが死ぬだろう。それが怖い」

誰か。私以外の、誰か。
答えは一つしかない。

「それはまさか、旅団のことを言って―――?」
「チル、歌って」
「―――っやめろ!」

チルの歌にはどういうわけか人に急激な睡魔をもたらす力がある。睡眠薬を盛るようなものだ。

「っナッツ……」
「ごめんねクラピカ君、ごめんね。君がお別れを言うまで傍にいるって言ったのに。僕の方が先にお別れを言っちゃって、ごめんね。約束破って、ごめんね」

逆らえない眠りに落ちる間際、額にやわらかな感触が降って来た。
そして、

「おやすみ。もう二度と会わないことを願ってる」

私の意識は闇に溶けた。

目覚めた時には当然ナッツの姿はなく…荷物も、ライトもチルも、跡形もなく消えていた。
私は涙を流した。言葉もなく。真っ赤な視界の中で、言い知れぬ絶望に包まれて。
夢は夢で終わりを告げた。

「…うそつき」


私にとって、ナッツという人間は…

親でもない。兄妹でもない。友でもない。恋人でもない。
でも、


最愛の人。



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