CLOWN×CLOWN


息抜き×襲撃×繰り返す失敗


一つの場所に留まる勇気がなくて、僕とクラピカ君はいろんな街を転々とした。
僕は大道芸をして稼いだし、クラピカ君はクラピカ君でアルバイトとかしてた。別に僕一人の稼ぎで食べさせてあげる余裕ぐらいあったんだけど、それはクラピカ君が譲らなかった。男のプライド、らしい。可愛い顔してクラピカ君ってば案外男前だ。

そんな生活が一年ぐらい続いたそんな頃。
とある街で、僕に知り合いができた。
ここ二年ほどクラピカ君以外の人間との人付き合いなんて、芸を見に来る子供以外ほとんど皆無に等しかった僕にとってはとても貴重な存在だ。

「やあナッツ。ごめんね、待った?」
「ううん、今来たとこ」

気さくな爽やか系イケメンの彼は、名前をルークという。しがない絵描きをやっているんだとか。僕がストリートパフォーマンスをしているところを彼がスケッチしているのを何度か見かけて声を掛けてみたのが、こうして一緒にお茶を飲んだりするようになったきっかけだった。

「もうオーダー済ませた?」
「ううん、まだ。コーヒーセットにしようかな」
「じゃあボクは…プリンアラモードとアッサムティーにしよ」
「あはは、甘い物好きだねー。ちょっと分けてよ」
「いいよ」

僕の携帯には今、ジンさんクラピカ君ルークの三人のアドレスが入っている。
よくまぁここに食い込んだもんだなルーク。

「今日は何の絵描いたの?」

運ばれてきたコーヒーにミルクを入れながら僕は尋ねる。ルークは大げさに肩をすくめてみせた。

「何も」
「なんで」
「なんだか近頃ナッツ以外描く気がしないんだ」
「なんだそれ。そんなんじゃ仕事になんないよ」
「そうなんだよ、だからナッツ働いてよ」
「人をなまけ者みたいに…今日は4時からマーレ城の前で働くよ。今日の団体観光客が来る時間」
「へー。そういうのちゃんと考えてるんだ」
「そうだよ」
「じゃあそれついて行こうっと」

にこにこにこー。
…人懐っこくて陽気でさわやかでって、あまり今まで僕の周りにはいなかった人種だ。一番近くてシャル君かな。でもあの子時々腹黒いのが腹チラしてたしちょっと違うか。

「ついてくるのは別にいいけど、かわりに今度こそルークの絵見せてよね」
「えー」

僕は未だルークの絵を見たことがない。ささっと僕をスケッチしたスケッチブックを覗き見たことがあるだけだ。恥ずかしいからイヤとか言われるけど、絵描きが絵を見せるのを恥ずかしがってどうする。

「僕を勝手にモデルにしてるんだから、見せてもらう権利ぐらいくれたっていいじゃないか」

そう言ってやると、彼は困ったように笑ってみせた。



***



「ナッツには今、大切な人っているの?」
「へ?」

投げつけられて地面へ散らばったコインを拾う道化の僕の背中に、唐突に投げかけられた質問。
すでにスケッチブックを鞄に仕舞った彼は、暇を持て余していたようだった。

「どうしたの急に。大切な人、ねー…んー…いっぱいいたんだけど、結局投げ出してきちゃったよ」
「え?…後悔、してるの?」
「わかんない。…時々ふと、寂しいなって思ったりはするけど」

いつもいつも僕に対する好き好きオーラを放っては僕の後にひっついてきたあの子たち。
もうみんな『子』なんて言える年ではないのはわかっているのに、どうしてもそう呼んでしまう。
愛しい僕の家族。僕に居場所と、存在する意義を与えてくれた。
会わなくなってもう2年も経つのに。ジャージ姿のヤンキ―君に出会った時、金髪ベビーフェイスを見かけた時、スーパーでプリンを見つけた時、どうしても頭をよぎる彼ら。
会いたくないなんて言うと嘘になる。

「あ、でも別に僕ひとりぼっちってわけじゃないから、平気だよ。今もね、誰よりも大切にしたいと思ってる子がいるんだ」
「…そうなんだ」
「うん。たぶん今もがんばってあっちの炭鉱場で働いてる。筋力つけるのにはその仕事が一番いいとか言っちゃってさー」
「へぇ…どんな子?」
「ん?金色の髪がとっても綺麗な美人さん。真面目でやさしい子だよ。そうだ、今度は彼も呼んで一緒にお茶しよっか」
「…そうだね」

結局あの子たちのもとを去ってしまった僕が、あの子たちを大切な人だなんて口に出すのはおこがましいけど、今でももちろん本当に大切に思ってる。何に対して抱けばいいのかわからない後悔が山ほどある。
だから今度こそ…クラピカ君だけは、これからも堂々と大切だと言えるようにしたい。もう間違いたくない。


けれどこの日、僕のこの決意はほんの少しの失敗を遂げる。
クラピカ君が炭鉱場からホテルまでの帰り道、何者かに襲われた。

とにかく一日中チルをクラピカ君にひっつけているため、彼女がその悪漢の隙を作ってクラピカ君を逃がしてくれたおかげで大事には至らなかったらしいけど。(彼女はどんくさいけど一応の戦闘能力ぐらいある)
心底チルを派遣しておいてよかったと思った。危ないから明日からはライトもつけようかしら。

「ライトが優秀なのは知っているが、そんなバカでかい生き物連れて仕事へは行けない」

あ、やっぱり却下ですか。

「でもねぇ…クラピカ君が命辛々逃げてくるのがやっとな相手でしょ?危ないじゃん」
「それはそうだが…」
「…この街出た方がいいかな」

ここお金のはぶりもいい住みやすい街だし、せっかくルークっていう知り合いも出来たからもう少し長居したいと思ってたけど。
仕方ない。背に腹は代えられん。

「荷物まとめようかー」
「しかし…」
「え?何、もしかして犯人捕まえようとか考えてる?だめだめ、そんな冒険しちゃダメだよ。危険分子は排除じゃなく回避。OK?」
「…わかった」

でもなんでいきなりクラピカ君が殺されかけたりなんかするんだろうか。
カラーコンタクトをつけさせてるから彼の本当の瞳の色はわからないし、クルタ族の生き残りだなんて知られてないはずなのに。
一体急に何?この子が何かした?

言い知れぬ不安を抱えながら、それでもクラピカ君に心配はかけまいと笑顔を作って普段通りに振舞う。
ここを出て次はどこに向かおうか。そろそろ寒くなってくる季節だから南へ進むのがいいだろうか。
なんとはなしに南向きの窓の外を見下ろす。街灯の下を綺麗な黒髪のお姉さんが通っていた。


毎日仕事でくたくたになるクラピカ君はシャワーを浴びればすぐに眠る。
それを確認した後で僕はチルからこっそりと、クラピカ君が襲われたその時の状況を聞いた。

「チル!チルチルチルチル!」
「相手は一撃でクラピカを殺すつもりだったって」
「チル!チールチル!」
「あれを避けれたのは奇跡だった」
「チルチルチルチルチ!チルチルルー」
「姿は見えなかったけどかなりの腕だ、あれは危ない」
「…なーるほどねー…あ、チル、興奮する気持ちはわかるけどもうちょっと声抑えて、ね?」

チルの言葉は御覧の通りなので、もちろん間にライトの通訳をはさまなくちゃならない。
だからクラピカ君が寝た後でしかこの話はできなかった。クラピカ君の前でライトをしゃべらせて、万が一にも念の存在を知らせてしまうわけにはいかないから。

「チルル…チルチルッ!」
「あとあれは間違いなく念使いだったって」
「!」

…危険だなぁ。念使い相手とか何も僕にハンデないし、何かあった時勝てる確率なんてわからない。さっさと逃げるに限る、けど…やっぱり何のために?念使いまで出てくる必要って?

「…まさか」

一つの可能性に辿り着いて、僕は茫然とする。
そして小さく息を吐いた。

「あーあ…」

力ない笑みを口元に携えながら、眠るクラピカ君の頭を撫でた。
二年で随分この子は凛々しくなった。よく笑うようにもなった。もともとクールな性格みたいで、大口開けて豪快に笑うなんてことは絶対しないけど…やさしい笑みを浮かべる子になった。
初めてその笑顔を見れた時、僕はすごくすごくうれしかった。

コインマジックをやってみたいと、声を掛けてくれたのはいつだったっけ。僕の芸を見る他のギャラリーにまぎれて、一番大きな拍手をしてくれたのはいつだったっけ。昨日は、一緒に食べたパスタがおいしかったからまた今度一緒に作ってみようって言ったよね。
これからもそんな小さな幸せを積み重ねて、この子と生きていきたかった。復讐なんてことは忘れてしまうぐらいにこの子の心を満たしてあげたかった。きっとそれが、みんなが幸せに暮らしていける唯一の方法だと思ったのに。
僕はまた、中途半端にすべてを放り出すのか。
何も捨てきれないし、何も拾えない。

「ごめんねクラピカ君…ごめんね」

今が、君を守るための退き際なんだろう。

正しい選択じゃないとわかっていながら、それしか選べない僕を許してください。
許されるならどうか、君は自分が幸せになれる道を探して生きてください。


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