CLOWN×CLOWN


計算×追跡×命がけの逃亡劇


『シャル君ごめんね。僕はやっぱり帰れないや』
「…もう決めちゃったわけ?」
『うん』
「まったく、ほんと勝手だよねナッツ姉って」
『ごめんね』
「ナッツ姉のごめんは聞き飽きた。…オレにだけは、これからも連絡いれてよね。そんでたまには会って。じゃないとみんなに全部バラす」
『…はいはい』
「ん。こっちはまかせて。団長が荒れてるけど、なんとかするから」
『ありがとう』
「ありがとうも聞き飽きた」


それって聞き飽きるもんかな、とそう言ってナッツ姉は笑ってから、じゃあねと電話を切った。この電話をしてから、ナッツ姉からは一週間に一度電話が掛かってくるようになった。オレは毎日かける。出てもらえるのは十回に一回ぐらいだ。メールが返ってくるのは二十通に対して一通ぐらい。オレはそのわずかな電話とメールを楽しみに日々を過ごした。

そうして流れた月日は、約一年。

「シャル、いい加減フェイタンに拷問させるぞ」

一年経って、やっと団長の荒れ具合も落ちついて来たなと思われ始めたそんな頃。唐突なその言葉に、俺は首を傾げた。

「誰を?」
「お前」
「え!?ちょ、待って急になんで」
「もうわかってるんだよ。お前がナッツの居場所を知っていながら俺たちに隠していることぐらい」
「!」

げ、バレてら。まぁいつかは気付かれるだろうと思ってたけどね。てか一年ってもった方だよな。だってあの団長相手だよ?奮闘した方だってオレ。

「どうせナッツに口止めされてるんだろうが…」
「うん、だからオレ言えない」
「そうだろうな。だから拷問にかける」
「うわ、ひどい、それはやだ」
「なら吐け」
「んー………」

さっきも言った通り、一年となるとオレは頑張った方だと思う。だからナッツ姉は絶対、オレを責めたりなんかしない。オレが吐いたせいでナッツ姉がここに連れ戻されることになったとしても。
つまり、

「ナッツ姉は一年前に襲ったクルタ族の集落跡にいるよ」

今言わずしてオレ、いつ言うの?
これはチャンスだ。オレがナッツ姉から批評を買うことなく、彼女を連れ戻すことのできる。
オレはこの機会を待ってた。

「…意外とあっさり吐いたな」
「うん。だってオレもナッツ姉が戻ってきたら嬉しいしね」
「…………」
「もしかして俺の言ってること信用できない?」
「…いや。今から出る」
「や、今日はこれから天気荒れるらしいから、たぶん飛行船飛ばないよ。明日か明後日じゃないと」
「…チッ」

ごめんねナッツ姉。
オレ、精一杯聞き分けのいい子供演じてきたけどさ、もう限界。一年も待たせてあげたんだ。十分でしょ?それとあと一日だけあげるから、せいぜいそのクルタの生き残りと仲良くやっててよ。

「ナッツ姉にバレないように子供は殺そ」

だってオレが電話とメールでしかナッツ姉とコミュニケーションできない間、そいつはずっとナッツ姉を独り占めしてたんだろ?腹立つじゃん。




***




先日までここらへんに停滞していた嵐がようやく過ぎ去った、ある晴れた昼のこと。
チルチルッと、めずらしく慌てた様子のチルが僕の肩に止まった。何かを伝えたいようだけど、残念ながら僕には彼女の言葉はわからない。そこでライトに翻訳を頼む。すると、

「ここに近づいてきている人間がいるらしい。ぜんぶで9人、だって」

彼がそう伝えてくれたから、ああとうとう来たかと僕はクラピカ君の元へ走った。

「クラピカ君、ここを出よう」
「は?急に何を言っているんだ…」
「詳しく説明してる時間はなーい!ほら急いで支度!」
「はあ?」

急げって言ってるのに反抗するクラピカ君。面倒になったから、手刀を打ち込んで気絶させて拉致。その手際、約1分。
僕は彼らに会うことなく集落を出、森と谷を抜けてどことも知らぬ街へ出た。

「あぶなかったー…チル、ありがとう。毎日見張りしてもらってた成果だね」
「チルチル!」
「―――っ…おいナッツ…一体どういうつもりだ…」
「あ、起きたクラピカ君。ごめんね手荒いマネして。とにかく時間がなかったから」

担いでいた彼を地面に降ろして、とりあえず食べ損ねた昼食をとろうと傍にあったカフェに彼を連れ込んだ。そして彼に希望は聞かずに適当にパスタとオムライスを注文した。

「クラピカ君、しばらくここに住んでみない?」
「は?」
「あの集落にはしばらく戻らない方がいいと思うんだ。将来ハンターを目指すなら、見解は広いに越したことはないし。こういう街でいろいろ勉強するのも悪くないと思うよ」
「…確かにそうだろうが…なぜあそこには戻れないんだ?あそこには父や母の墓が…」
「厄介なのが来てるから」
「…まさか、一年前一族を襲った…!」

クラピカ君の目が緋色に染まる。そして慌ただしく立ちあがりかけた彼を無理やり制した。ギッと睨まれるが僕は冷静に諭す。

「君が今彼らに会ったところで、何もできないよ。無駄死にするだけだ」
「っ!」
「わかるだろう?」

悔しそうに下唇を噛みしめながら、彼は頷いた。

「そう、いい子」

けれど、未だ瞳は赤いまま。




「あ、ジンさん」
『なんだ?』
「僕この携帯捨てなきゃなんなくなっちゃった」
『は?』
「これから足がつくでしょ。ごめんなさい、せっかく買ってくれたのに」
『…わかった、お前今どこにいるんだ?新しいの買ってやるよ』
「ほんと?嬉しい!今はねーえーっと…―――――――」

通話が終わったら、この携帯はチルに頼んでどっか遠くに捨ててきてもらう。

たった三人。ジンさんとクロロ君と、シャル君と。たった三人しか登録されていない携帯。これは彼らとの唯一の繋がり。
それを僕は、ついに今日捨てる。


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