CLOWN×CLOWN


既視感×虚勢×愛すべき存在


家出だなんだと言われても、俺は一向に気になどかけなかった。
ゾルディックの誘拐に遭った時だってあいつは結局は俺を待ちわびていて、自ら俺の胸に飛び込んできたのだ。

何も心配なんかなかった。
あいつの居場所はここにしかないと信じていた。
だけどそれは盲目。
実際あいつはいなくなった。

「シャル、ナッツの居場所はまだわからないのか」
「急かさないでよ、わからないもんはわからないんだから」

携帯の発信源でも追えばすぐに辿り着けそうなものを、今回はやけに手間取るな。
どんな仕込みをしたんだナッツ。

そこまで俺たちから逃げたいか。




***




「胴ががら空き。武器のリーチに頼り過ぎ」
「くっ…!」
「また目が赤くなった。こんぐらいのことで動揺見せないの」

クラピカ君と二人きりで、外界からは完全に遮断された生活をするようになって早幾日。
クラピカ君はほんの少しだけ、口数が増えたような気がする。
少しは心を開いてくれるようになったということだろうか。

「…もう一本頼む」
「はいはい」

そんな僕とクラピカ君は、毎日食糧の確保と洗濯等の時間以外を修行≠フために使っていた。
デジャヴだ、完全に。一年前を思い出す。

今回の場合は特別僕が何をしたわけでもないのに…ある日突然クラピカ君が僕に体術の仕込みを頼んできた。
強くなりたい、らしい。
どうしてかは聞かなかった。聞けなかった。
愚問だと気付いていたから。

でもまぁ体捌きぐらいなら護身のためになるしと安請け合いしたけど、この子そもそもの基盤も結構なもんだったから、まだまだちびっこのくせになんだか末恐ろしい感じになった。
『ああこの子はいつか絶対、念を覚えるんだろうな』と、そう感じたのは勘以外の何物でもなかったけど、変に確信がある。
そんな未来を想像して、僕は怯えた。
連鎖だ、これは。
僕が過去に強さを与えた子供が一人の復讐者を生み、その復讐者を、僕は育てようとしている。
今の僕にはまったく学習能力というものが備わっていないんだろうか。こんなことをして一体どうする。
今の僕の行為はそう遠くない未来、必ず悲劇を生む。
そうわかっているのに…この子を見捨てることなんて僕にはできない。
復讐なんて考えるなと、そう言えたらどれだけ楽だろう。
でもこの子の気持ちが僕にはわかってしまうから…言えない。

僕だって。
僕だって、あの日のあの盗賊たちを殺してやりたいと思ったことがある。
僕がその道に走らなかったのは、一重に幻影旅団という彼らの存在のせいだ。
盗賊である彼らを受け入れようとしながら盗賊への復讐心を抱くという、微妙な矛盾を僕は保てなかったから。
だから僕は復讐心を消した。でもクラピカ君は僕とは違う。

「私はいつか必ずハンターになる」
「ハンターに?」
「ああ。そして必ず、幻影旅団をこの手で殺す…」

僕とは違ってこの子には何も留まる理由がないから。だから目の前の真っ暗な道を突っ走ろうとする。
駄目だ。この子を止めなくちゃ、いつか必ず僕は後悔する。
旅団の彼らを受け止めきれなくなった時のように。

「クラピカ君…」
「だが今の私ではハンターなど夢のまた夢だということはわかっている。まだまだ強くならなければ…ナッツ、もう一本だ」
「………OK」

結局何もかもあの時と同じなんだ。
僕は今となってはもうその生き方しかできないであろうクロロ君たちに、盗賊やめろとも言えないし。クラピカ君に、復讐なんてやめとけとも言えないし。体術なんて教えられない、とすら言えないんだ。
何もできない。僕には、何もできない。

「ナッツ?どうかしたか?」
「ううん、なんでもない」

なのに僕は一丁前に、彼が僕の名前を呼んでくれるようになったことを喜んだりしてる。
…最低だ。

だけど僕は常に、動揺やぐるぐるした感情は見せず笑顔で過ごした。
笑わない相手に笑いかけ続けるのは正直辛い。
でも僕は笑う。食事の時も、どうでもいい会話の時も、共に就寝につく前も。
この日も僕は「おやすみ」と笑顔で彼に告げ、彼の額に口付けてから眠った。
いや、眠ろうとした。
でも無理だった。眠れなかった。
目を閉じると脳が勝手にいろんな情報を整理し始める。考えたくないこと、でも考えなきゃいけないことがふわふわと浮かび上がって、重くのしかかる。
こういう時は睡眠を諦めて起きているにかぎる。僕はそう判断して身体を起こした。
ジンさんに電話でもしてみようかと、携帯を探す。
でもまたシャル君からの着信が入っているかと思うと気が引けた。
僕が一方的に連絡を絶ったあれ以来、シャル君からは毎日山のように着信だのメールだのが届く。
心配…してくれているんだと思う。でも彼が他の誰かに僕の居場所を告げている感じはないから、約束は守ってくれているみたいだととりあえず安心している。
またもう少し落ちついたら、シャル君には連絡を入れようと思う。ただ今はまだその時じゃない。

「…水でも飲もうかな」

立ちあがり、部屋の戸を引いた。
水は玄関先の甕の中にある。
そして部屋から出ようとした、その時。

「ナッツ…お前、まで、私を置いていくのか…?」
「…え…?」

僕のシャツの端が、震える子供の手によって掴まれた。
思わずそっとその手を取る。
僕を見上げたその彼の目は、濡れた緋色に染まっていた。

「どうしたの、クラピカ君…」
「どこに行く気だ…?私はまた、一人になるのか…?」
「―――っ!」

僕は言葉を失った。
そして一瞬で、自分の愚かさを知った。

―――僕は勝手に、この子供は人恋しいなんて感じていないと思い込んでいた。
僕に対して興味の欠片も抱かない、どれだけ日を過ごしても一切警戒を解かない、そんな子供を。
既に世界に諦めを感じ取った存在だと認識していた。
でも…
寂しくないわけなんてないんだ。
ただの子供なんだ。ただ強がっていただけの、子供なんだ。

「…ごめんねクラピカ君、不安にさせて。大丈夫。ちょっと水を飲もうと思っただけだから」
「…本当か?」
「本当本当」

まだ十と少しの子供。
それが虚勢を張り続けるなんてことには当然限界がある。
僕はきっと、その限界に早く気付くべきだった。
気付いて、限界が来る前にそっと手を差し伸べてやる。それが大人である僕の役目だった。
それが出来ていたならば…

「…すまない、わ、私は…」
「………」

この子を、泣かさずにすんだのに。
――――――だけど…

「…謝らなくていいよ。僕、今すごく嬉しい。ありがとう」

やっと泣いてくれた。
やっとこの子の涙が見れた。心底安心した。
この子にはまだ、次の舞台が用意されている。

「大丈夫、僕は、君が僕に別れを告げるその日まで、君の傍にいる」

帰れない。僕は戻れない。
この子の家族の命を奪ってしまったあの子たちの傍には、もう戻れない。
僕は決意の意味も込めて、クラピカ君を強く抱きしめた。
シャル君、ごめんね。僕にはもう帰る≠ネんて選択肢は残されていない。

「っ…約束だぞ…!」
「…うん」

だって僕は今、
この子供を愛しいと感じてしまったから。


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