CLOWN×CLOWN


地図×家出×嘘になった大好き


「シャル君、クルタ族ってどこにいるの」

椅子に座ってパソコンに向かっていたオレの後ろから、気配無くナッツ姉が肩に手を置いてきた。そして驚く間もなく淡々とした質問をぶつけられる。
「うわ」と無意識に少しだけ呟きを漏らしてしまった。クロロがナッツ姉に緋の目を見せに行ったあたりから、若干嫌な予感はしてたんだ。

「もういないよ」
「じゃあどこにいたの」
「…なんでそんなこと聞くわけ?」
「どこにいたの」
「………」

ナッツ姉の真剣な目を見て、オレは渋々キーボードを叩く。とある地図をプリントアウトして「ここ」と指差した。
ナッツ姉はそれをじっと見、もう一枚もっと詳しい地図を出してくれと言う。
オレはそれに答えてもう一枚地図を彼女に渡した。

「ありがとう」
「いえいえ」

そう言って笑ってくれたから、オレも笑う。
だけどオレの背中には今にも冷たい汗が流れそうだった。

若干どころじゃない、なんだかものすごく嫌な予感。
マチみたいないい勘はしてないけど、これは当たる気がする。

「ナッツ姉、さっきの質問に答えてない」
「え?」
「なんでそんなものがほしかったの?」
「行ってみようと思うから」

やっぱり、とオレは思った。
クロロはどんなオレたちでもナッツは受け入れてくれる、みたいな妄信をしているけどオレはちゃんと現実を知っていた。
ナッツ姉は殺しだの盗みだの、一般道徳から外れた背徳行為が嫌いだ。そもそも感覚的に受け付けないという感じか。そのへんの感覚はそこらへんの一般人とほとんど変わらない。
今までなんとか俺たちを受け入れようとはしてくれていたけど、それでもいつか綻びは出るんじゃないかと思っていた。

「…行ってどうする気?」
「ん?みんながほっぽってきたであろう遺体でも埋めてこようかと思ってね」

にっこり、と。
それは恐ろしいぐらいに完璧な笑顔だった。
完璧すぎる、道化の顔。

…駄目だ、これは行かせちゃ駄目だ。
この人は、またオレらの前から消える気だ。

「冗談だよね?」
「本気さ」
「意味わかんない、何考えてんの」
「…せめてもの償い、かな」
「…戻って来るよね?一週間ぐらいなら許す」

わかっていた。ナッツ姉がそんな旅行気分じゃないことぐらい。
実際彼女は何も言わない。沈黙はオレの言葉に対する否定だった。
嘘でも「戻ってくるに決まってるよ」とか言えばいいのに、彼女はそれをしない。

出てってどうする気だよ、いくら幻影旅団の存在を受け入れられなくたって、オレたちのいる場所があなたの居場所であるはずだ。これほどあなたの存在を求めてる人間なんて、他には無いのに。
逃げるなんて許さない。綻びなんてオレがいつでも直してあげるから。だから、

「もうオレたちのこと捨てたりしないでよ」

ナッツ姉の手を掴んで懇願した。
すると彼女は眉を寄せて口元を歪めて、とてもとても傷ついた顔をする。
オレは彼女が傷つくとわかっていて、十年前のあのことを捨てた≠セなんて言葉で表現した。
ナッツという人は、人が傷ついているのを見ることで自分も傷つき、いつもその責任を被ろうとする。
つまりナッツ姉は、傷ついている状態が一番操りやすい。

「ちがう、ちがうよシャル君、捨てたわけじゃないんだ、今も、捨てるなんて、そんなつもりじゃないんだ」
「何が違うの?今ナッツ姉が出てったらオレは捨てられてんだって思うよ」

傷だらけになって、オレたちから離れられなくなればいい。自分を責めて責めて、ここに戒めの鎖を結び付けてしまえばいい。
どんな形でもいい。その笑顔が偽りになってもいいから、傍にいて欲しい。

「捨てるんじゃない、そうじゃない。僕はただ、一人になってゆっくり考える時間がほしいんだよ」
「何を考えるの?俺たちを捨てる言い訳?俺たちを遠ざける手段?結局はオレたちから逃げるんでしょ?」
「…っ!じゃあ君は今すぐ旅団の活動をやめてくれるの!?」
「!」

叫びと共に手を振り払われた。ひどく傷ついた顔の彼女をオレは呆然と見つめる。
うそ…ナッツ姉が声を荒らげるところなんて、初めて見たんだけど。え、うそ、ほんとに?あのナッツ姉がオレに怒鳴ったの?オレが今まで何しようと怒ったことなんてなかったナッツ姉が、本気で?

「…活動やめるって…そんなの無理に決まってんじゃん…」
「……そうだよね、そう言うと思った」
「だってオレこの仕事好きなんだよ、ナッツ姉から教わったこと全部生かせるんだよ」
「…………」
「他のみんなだってそうだ。みんな好きでやってる。たとえナッツ姉に何言われたってやめないよ」

ナッツ姉の抱えてる葛藤なんて全部無駄なんだ、今の俺たちがあるのはナッツ姉のおかげ。変わらない事実はどうしようもない。ほら、面倒なことは何も考えずにオレたちの元へおいで。
オレは人が見れば無邪気に見えるであろう笑顔を浮かべた。ナッツ姉は薄っぺらい笑顔を全面に貼り付けた。

「君はずるい子だね。僕の罪悪感を煽るのがとても上手いよ」
「……気づいてたんだ」
「だけど今の僕にそれは逆効果だよ。もう今はそれを全部受け止めるだけの容量なんてないんだ」
「…ほんとに、行くの?」
「うん」
「じゃあせめてオレとだけでも連絡とってよ。他のみんなには内緒にする。ナッツ姉の居場所も絶対言わないから」
「…わかった」

それがオレの出来る最大限の譲歩。
これで頷いてくれなかったら十年前のクロロみたいに自分人質にするしかないかなと思った。

「あと、必ず帰ってきて」
「…帰って来るかどうかはわからないけど…会えないことはないよ」

ばか正直。
だからそこは嘘でも頷くところだってば。

「ごめんね、大好きだよシャル君」
「……うそつき」

その日、ナッツ姉は俺たちの前から姿を消した。


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