緋の目×人狩り×罪を問う場所
僕らがアジトと呼んで暮らしている廃墟にはテレビがない。もちろん新聞もとってない。
僕にとって幻影旅団の彼らの情報は、あの日図書館で得たものだけが全てだった。
宣言通りクロロ君はあの美術館を襲ったらしい。それも本人からただ結果を聞いただけなので実際あそこでどれほどの被害があったのかなどということは知らない。
知ろうともしなかった。
その犯人は今僕の目の前にいて普通にしゃべって普通に笑ってる。
そこだけを知っていたいと思った。くさいものには蓋をする原理だ。
そうして僕はあの日から、そんな彼らを受け入れて生きてきた。
彼らには彼らの思いがあるんだろうし、彼らにこの力を与えたのは他でもないこの僕自身だと。
それに所詮僕にとっては、幻影旅団というのは新聞という紙の上の存在。
大事なのはそんなものより、今目の前にいるこの家族だった。
…だけど、それでも少しずつ積もった違和感は、唐突に抱えきれずに弾け飛ぶ。
受け入れていたかった。抱え込んでいたかった。彼らを。すべてを。
許したかった。
許されたかった。
「明日から何日か俺たちは全員仕事に出る。ナッツ、一人で留守番できるな?」
「…え、うん、大丈夫できるよ」
僕はライトとチルにご飯をあげるためにクロロ君に背を向け、完全フリーなその数日の過ごし方プランを考え始めた。
みんないないってことはご飯当番も回ってこないってことだからここにいる必要はないんだな。街へ行って仕事してこよう。あの大きな花時計のある公園がいいかな、でもやっぱ稼ぐなら観光スポットの前がいいしあの水族館前の方がいいかな。ご飯は出店のホットドックでも食べてー…
「緋の目を盗ってこようと思ってる。世界七大美色の一つだ、お前も見てみたいだろ?」
「別に…」
クロロ君の話は適当に流す。
仕事内容とか聞くのはあまり好きじゃない。
「普段は違う色をしているが、興奮すると赤く光る目なんだって」
「へぇ、不思議だね」
僕の頭の中に、ジンさんと生活をしている時に出会った魔獣の姿が浮かんだ。
そういやあの時会った魔獣も普段は黒い目をしてるけど、興奮したら青くなったんだよな。すっごいめずらしいもの見たと思って僕とジンさんは興奮したけど、そういう動物って案外いろいろいるものなのか。
でもその動物じゃなくてその目を盗ってくるってことは、生きているそれらから目を抉り出してくるってことなんだろうな。惨いことを考えるものだ。
でも、国宝とか盗んで警備員さんいっぱい殺したりしちゃうより、今回のはまだ人間を巻き込まずに済みそうな話だからマシかな。
そこまで考えてからピクルスを食べ終わったライトとチーズを食べ終わったチルを見ると、胸が痛んだ。マシとか、そんな風に考えるべきでもないはずなのに。
「森の奥深くで暮らしてるらしいから、そこに辿り着くまで実際どれほどかかるのかわからないんだ。だから帰りもいつになるかわからない」
「わかった」
「寂しいからって泣くなよ?」
「あはは、何日でも行ってきてくれていいよ」
「…最近冷たいなお前」
次の日、僕は何事も無く彼らを見送った。
彼らが帰ってきたのはそれから三日後だ。
「おかえり」と迎えた僕に、クロロ君は嬉々として戦利品を自慢した。
「きれいだろ?」
見せ付けられたのは、透明な液体の中に浮かぶ赤い目玉だった。
未だ生きているかのように生命力に溢れたそれを見て、思わず息を飲む。
きれいだなんて、とてもそんなこと言えたもんじゃない。
なんだかそれは、とても怖い。
頭の中でがんがんと警鐘が鳴り響き始めた。
だけど僕は浮かんでしまった恐ろしい想像をどうしても否定してもらいたくて、警鐘を無視して尋ねた。
「それは人の目かい?」
笑ってくれ。そんな馬鹿なと笑ってくれ。
「ああそうだ、クルタ族という一族でな。思ったより手強くて苦労したよ」
「………へー…そっかぁ…」
わずかな希望はあっさりと絶たれた。
人間なんだ。人間を襲ってきたんだ。
その持ち主はどうなっただろう。生きているのかな?いやたぶん死んでるよね、普通生きていられないよね。
君はまた、人を殺してきたのか。
知らぬ間に、僕の口元には自嘲的な笑みが浮かんでいた。
僕は手から離れたナイフが人に突き刺さってしまっただけで怖かったのに、この子達は自らの手で人の体の一部を抉り出すことだってできるのか。
「ウボォーやフィンクスは頭部を綺麗に残して殺すってのが下手でな、いくつか潰してしまった。もったいない」
「………」
「とりあえずこれは今から丁寧に処理をして…」
「……なん…で…」
なんで?
なんでそんな罪深いことを、平気でできるの?
「え?」
「なんで…殺したの?どうしてその目がそんなに必要だったの?」
いやせめて僕があの時止めていれば。
何日でも行ってきて、なんて言わなければ。
人が巻き込まれないならいいかなんて思わなければ。
防げたかもしれなかった…?
なんで…なんで僕は止めなかったんだ、やめてくれと言わなかったんだ、目の持ち主が人間だと考えなかったんだ、なんで、なんでなんでなんで!!
「…ぅ…ぁ…!!」
僕は人狩りに行くこの子たちを平然と見送ったんだ。
この子達が狩りを楽しんでる間、何も知らずに人前で芸をしていたんだ。
その目の持ち主が、どんな気持ちでどんな苦痛を受けているかも知らないで!!
「ナッツ…?」
『限界』
その二文字が目の前にちらついていた。
嗚呼…こんな彼らに誰がした。
ゴミ溜めで健気に生きていた彼らを、こんな殺人鬼に誰がした。
どこへ問いかけようとも答えは僕以外の誰でもなくて、その事実が今、この舌を噛み切ってしまいたいぐらいに苦しい。
彼らに生を促し、争う術を教え、それだというのに最後まで見守らず半端に放り出した。
今回のことについてだけの話じゃない。彼らの背負う罪の全ての根源はこの僕だ。
実際には感触なんて何もなかったはずなのに、一つの命を刈り取ったあの時の感覚が掌によみがえる。
あれの何倍の罪を僕は背負えばいいのか。罪の重さに押しつぶされそうだ。
誰かこの僕を裁いてくれ。今すぐこの身に罰を下して、いっそ全てから解放させてくれないか。
この後悔のやり場が欲しい。
あの時僕はこの子達に生きる術を与えるべきではなかった。
…いや、この子達に出会うべきではなかったのだ。
そうやって愛おしかったあの思い出まで否定してしまう僕は、もう駄目だ。
「…クロロ君、僕ちょっと働きに出ようと思う」
「は?なんだ突然」
僕は今までずっと、盗みだとか殺しだとかのすべてを理解して、その上で彼らを受け入れているつもりだった。でもそんなものただの綺麗事。実際僕はなんにもわかっちゃいなかった。
もはや僕と彼らの世界は違うのだ。
「そろそろ本格的に本業戻ろうかなって。だからしばらく旅に出ます。探さないでね」
「家出か」
「そんなんじゃないって」
結局僕はただの臆病者。
これからも彼らが繰り返すであろう罪を止める覚悟もないし、すべてを受け入れる度胸もない。
中途半端。
いつだってそう。
何も捨てきれないし、何も拾えない。
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