CLOWN×CLOWN


旅団×恐怖×愛してるから忘れさせて


初めて人を殺した。

別に殺そうと思って殺したわけじゃなかった。ただクロロ君を助けなくちゃいけないと思っただけだったんだ。
もちろん僕があの時動かなくたってクロロ君なら無傷で回避できたんだろう。だけどあんなのは理屈じゃない。考えるまでもなく体が動いていた。

手から離れたナイフが命を奪った感触が、なぜかこの掌に確かにある。
それが気持ち悪くて仕方ない。人の魂の重みがそこにあるようだ。
この手も、あの光景も、何もかも受け入れがたい。『人を殺してはいけません』という道徳が、僕の中には思った以上にしっかり根付いていたらしい。
怖くて怖くて、息がし辛くて、今この状況から逃げ出せるなら死んでもいいとすら感じた。

「こんなことを、あの子達はいつもしていたのか」

見つめる手も、呟いた言葉も震えていた。
あの子達がブラックリストハンターに狙われるとか、今まで考えもしなかった。第一僕はあの子達が賞金首であることさえ知らなかった。

後をつけてきたハンターを、消すって。
簡単に言い放ったクロロ君が信じられなかった。そして実際クロロ君はあの人たちを殺した。僕の目の前で。
いかにも慣れてますよといった風な無駄の無い動きで殺した人たちは確実に死んでたけど、血がほとんど出ていなかった。どういう殺し方をすればどういう死体ができあがるのか、あの子はよく知っていた。

彼がそんな技術を身につけていることなんて、僕は知らなかったし知りたくもなかった。
きれいな生き方をしていないことはわかってた。盗賊なんてやってたらやっぱり人を殺めることもあるんだろうと想像はしてた。
だけどここまでだとは思わなかった。
あれだけ人を殺しておいてあの子は食事の話なんてするんだ。殺しなんて、まるで日常の一部であるかのように平然として。

怖かった。
自分が人を殺めた事実が怖かった。
でもそれ以上に、クロロ君が怖かった。



ジャケットをクリーニングに出した足で僕はそのまま街の図書館へ走った。
そして日にちを遡りながらそこにあるだけの新聞を読んだ。
以前ゾルディック家にクロロ君が迎えに来てくれた時に言っていた、げんえーりょだん…いや、幻影旅団の文字を探して。
記事はすぐにみつかった。それもいくつもいくつも。内容はどれも同じようなものだ。

『国宝強奪』
『死者多数』
『負傷者数名』

―――ああ、知ってる。

僕は思い出した。
ジンさんと森で生活をしていた頃、僕はいつも新聞を読んでいた。この世界を少しでも多く知りたくて、いつも隅から隅まで読んでいた。だから…『幻影旅団』の記事だって、読んだことはあったんだ。
A級賞金首で国際指名手配犯で、殺戮の限りを尽くす非道な集団。記事にはそう書かれていた。
ああ、知ってる。それは知ってる。だけど、

「そんなの…」

そんなのがあの子達と結びつくわけがなかった。だってあの子達は非道なんかじゃなくてやさしい、普通にしゃべって普通に笑う、普通の男女じゃないか。
嘘だ、嘘だろ、本当にあの子達があの幻影旅団だなんて。信じられない。
だけどクロロ君が、平然と人を殺したのは事実だ。あの子達が、ただ単に生きるため以上の盗みをしていたのも事実だ。もうほとんど愉快犯だなと感じつつあったのも事実だ。

図書館からホテルに戻る僕の足取りはとてもふわふわとしていた。世界に現実味が無くて、何もかもゆがんで見える。相変わらず掌だけが重い。ロクに顔も見なかったあの人の、尊い命がそこにへばりついている。

「ナッツ、遅かったな。ルームサービスを適当に頼んでおいたぞ」
「……うん」

僕が適当に取って強引にクロロ君を押し込んだ部屋へ行くと、バスローブ姿のクロロ君が椅子に座った状態で迎えてくれた。
椅子二脚と小さな机と、あとはベッドが二つあるだけの小さな部屋だ。
クリーニングは明日の朝になれば終わるらしい。そう言うとクロロ君は「そうか」と頷いた。
僕は適当にベッドの端に腰掛けた。アジトに置いてる、僕のために買い与えてもらったあのベッドより硬い。

「クロロ君」
「なんだ?」
「クロロ君は幻影旅団の団長なの?」
「何を今更」

クロロ君は手持ち無沙汰なのか椅子に座ったままルームサービスの表をずっと見ている。
ワインでも飲むか、と聞かれたけど僕はそれを無視して視線を落とした。

「僕知らなかったよ、みんながあの幻影旅団だったなんて」
「は?言ったことなかったか?」
「なんか一度話に出たことはあったけど、普通に聞き流しちゃってた」

クロロ君の視線が僕の即頭部に突き刺さっているけれど、僕はベージュ色の床をじっと見ていた。
そのうちクロロ君が移動して僕の前に立った。僕は今度は自分の足に視線を固定した。

「ナッツ」
「何」
「顔を上げろ」
「なんで」
「俺の顔を見て話をしろ」

クロロ君の手が僕の頬をすべって、そのまま顔を持ち上げられた。

「ナッツ」

そっと親指が僕の下唇をなぞった。男の人の指にしては細くて長い、とてもきれいな手。
でもこれ、人殺しの手なんだ。
そう思うと急にカタカタと全身が震えだした。

「どうしたナッツ…俺が、怖いのか?」

なんでだろ、イルミさんに対してもキル君に対してもここまで恐怖なんて感じたことはなかったのに。
クロロ君は怖い。すごく怖い。
だけど怖いなんて言っちゃいけないと思った。
僕はどんな彼でも受け入れなくちゃいけないんだと思った。

だってこの幻影旅団が出来上がった根源には、間違いなく僕がいるのだから。

「な、に言ってるのクロロ君…怖いなんてそ、そんなことあるわけないじゃないか」

この子達に戦い方を教えたのは僕だ。念を教えたのも僕だ。悪いことをしてもいいから生きて欲しいと言ったのは僕だ。そう願ったのは僕だ。

「…君達には、できるかな。得た力を、争いを生むためじゃない、人を傷つけるためじゃない、ただ守る≠スめだけに使うこと」

僕はあの時彼らにそう聞いた。そして彼らははっきりと、それは無理だと答えたのだ。
だからあの時僕は散々悩んだ。彼らを強くすることを。
でも最後に僕は結局、力を与えることを選んだんじゃないか。彼らが人を傷つけることになるかもしれない未来を覚悟したはずだったんだ。

なのにどうだ。今の僕のどこに、そんな覚悟があった。
何をもってあんな決断をしてしまったのだ。
その罪の重さを僕は、確実に量り間違えた。

「じゃあなんで震えてるんだ?」
「ちょ、ちょっとこの部屋冷えるから」
「…そうか」
「ほ、ほんとさむいね、暖房もう少し温度上げてもいいかな…」
「必要ない」
「え」

唇が重なって、逸らしていた視線が嫌でも合った。
途端、僕の中にこみ上げてきたのは悲しみだった。
こんなにやさしい目で、こんなにやさしいキスをする人なのに。実体は世界から拒絶される殺戮者だなんて。

「いやだ、クロロ君、さむい」
「俺があたためてやる」

ガタガタ震える体を強く抱きしめられてベッドに押し倒される。
…ああ、なんかもうそれでいいかなって思った。

「今の彼らはね、きっと生きるためにそういう選択をするしかなかったんだ。仕方なかったんだ。僕はそんな彼らが間違ってるとは思わない。否定したくない。だから受け入れる」

僕はジンさんにそう言ったじゃないか。今もその気持ちは変わらない。
僕はどんなこの子たちでも否定したくない。受け入れたい。

「…抵抗しないのか?」
「…いいよ。僕は君を、愛してるから」


どんな君でも、愛してるから。
受け止めさせて。この震えを消して。

泣きたくなるくらいのこの恐怖を、どうか忘れさせて。


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