当惑×失敗×初デート狂騒曲
「デート!?」
目をひん剥いてそう叫んだかと思うとナッツはバラバラとなぜか袖やら何やらからいろんな小物を落とし始めた。
トランプだのコインだのボールだの、よくもまぁこの細いシルエットにこれだけのものを隠せるものだな。
っていうか何故こいつは今これを撒き散らしたんだ。
とりあえず俺の手元に落ちた造花を一本拾って渡してやる。
するとそれを受け取るナッツの頬は、わずかに赤く蒸気していた。
「…?どうしたんだ?」
「いや、あの、その、別に…」
…普段スキンシップは割と激しいくせに、デートという単語一つにはそこまで羞恥するのか。こいつは時々本当によくわからないな。
少なくともわかったことは、どうやらこいつの初デートの相手は俺らしい。
ナッツといえど、多少はめかし込んできたりでもするんだろうか?
―――――なーんて、ちょっとでも期待した俺が間抜けだった。
翌日、一緒に出掛けるところを他の団員に見つかると面倒だからということで取り決めた待ち合わせ場所に現れたナッツは、ピエロルックこそしていないもののどこからどう見たって普段通りだった。
真っ白なYシャツにリボンタイ。地味な色のハーフパンツに同系色のブーツ。まぁ予想はしていたが、色気も何もあったもんじゃないな。
「ごめんクロロ君、遅かったかな?」
「そんなことないさ」
ほんの少し息を切らしている様子のナッツにそう答え、手を差し出す。
その手を彼女は不思議そうに眺めた。
「何?」
「デートなんだから、手ぐらい繋がないとな」
「?な、なるほど」
握った手は素肌ではなく、いつもしている白い手袋の感触。
少し強張っている感じのそれは、彼女が隠そうとしている緊張の現われだった。
めずらしく、デートという初体験に依然戸惑っているらしい。
俺は彼女にばれないように小さく笑んだ。
ああそうだ、こいつはこうして少しずつ、俺を男として意識していくんだ。
「…手を繋ぐのは、怒らないんだ」
「は?」
独り言なのか話しかけているのか、どちらともとれる中途半端な呟きだった。
「僕が子供扱いみたいなことしちゃうといつも怒るのに」
「……お前にとって手を繋ぐことは、子ども扱いか」
「うん。子供はみんな、手を繋いであげると喜ぶよ。昔の君もそうだった」
嬉しそうに笑うナッツは、デートという言葉に赤面していた昨日とは大違い。
ん?ちょっと待て、それはどういう意味だ。
「ねぇクロロ君、僕デートって初めてなんだけど何するのかな」
「そうだな、まずはランチにでもしようか」
「なーんだ」
「ん?」
「デートって一体どんなものなのかなって思ってたんだけど、大したことないね。手繋いで歩いてご飯食べるだけなら、僕もよくするもの」
「…誰と」
「仲良くなった子供たちとかと」
予想通りの返事に俺は肩を落とす。
そこらでお前が捕まえる子供と同列に考えるなこのあほピエロ。
だけどそう考えることで、今までのナッツの緊張がほぐれたようだったので俺は黙っておいた。
いいさ、無意識下でも、こいつが俺を意識していたことに変わりはない。
「あのさ、じゃあデートって他に行く場所はどこでもいいの?」
「ああ、どこでもいいよ」
「そっかぁ、じゃあ僕ここの美術館に一回行ってみたかったからそこ行こ」
ぶんぶんぶんぶん、握った手を振る彼女はすっかりいつも通り。
「ふうん、ちゃんと行きたいところ考えてたのか」
「考えたよ。でもそういうのでいいのかどうかわかんなかったから、言いづらかったんだけど」
「…お前はデート≠どういうものだと思ってたんだ?」
「恋人たちがホテルのレストランで食事をした後に部屋でイチャイチャ」
…どんな偏った知識だ。
っていうかお前はそれでよかったのか、俺はそれをしてよかったのか。
「でも僕ら恋人同士じゃないのにどうするんだろうなぁって思ってたんだー」
「そうか…」
「ん?どうしたのクロロ君、頭が痛いの?」
「ああ、少しな……」
お前って……お前ってさ…
馬鹿ではないんだけど、時々ものすごい馬鹿だよな。
それから俺たちは適当に食事をして、美術館を回った。
今まで知らなかったが、ナッツは絵画鑑賞が好きらしい。そんなの言えばいつでも連れてきてやったのに。っていうか知ってれば絵画ぐらいいつでも盗んできてやったのに。
「記念に何点か盗って帰るか?」
「いいよ、こういうところで見るからこそ価値があるんだ」
「まぁ、どうせ明日には盗りにくる予定だったんだし、わざわざ今日盗る必要もないか」
「は?」
「え?」
そういや言ってなかったか。
というかもう付き合いも長いんだから、いい加減わかるようにならないものか。
今までアジトをいくつも転々としてきたが、それはすべて大きな仕事の前には人が集まりやすいようにと目標に近い棲家を選んできたからだ。
だから今回この街の外れにアジトを構えたのは当然、この街一番の美術館であるここを襲うため…だとは、考えなかったのか。
「え…ここの物、盗るの?」
「ああ」
「明日?」
「うん」
「なんかいわく付きグッズあったっけ?」
「お前も見たじゃないか、『アニタの木漏れ日』」
「…見た。この絵いいねって、言った。…あれ呪われてるの?」
「あれは男に恨みを抱いて死んでいった作者の念が籠められていて、男が触るとあの絵が―――」
「わかった、もういい、十分だ」
無名の画家の作品だが、知る者は知る一品だ。
あまり知られてはいないが、あの美術館にはそういう作品が多い。
「他にもお前が好きだと言っていた『胡蝶庭園』は死神が描いたとされていて―――」
「いいって!ああああ僕は絵を純粋に楽しんでただけなのに!そういうの聞きたくなかったー!」
「そうなのか。俺が目をつけていたものばかりお前も評価するから、さすが見る目があるなと思っていたんだが」
「うれしくない…すごくうれしくない…なんだって死神があんな綺麗なお庭を描くんだよ……」
ふむ。なぜナッツは今こんなに打ちひしがれているのだろうか。
ちょっと理解ができないな。
「そういえばナッツ」
「…なんだい。もうそんなブルーなエピソードは聞きたくないよ」
「さっきからつけられてるみたいだ」
「…………はえ!?」
あ、そんな奇声初めて聞いた。
「大丈夫だ、大した腕の人間じゃない。かろうじて絶はできるようだが、てんで話にならないよ」
「な、なんで尾行?誰?おまわりさん?」
「世の中の警察はここまで優秀じゃないだろうな。ブラックリストハンターか何かだろう」
「ハンター……」
隣をとぼとぼと歩くナッツが、繋いだ手に力を籠めた。大丈夫だと言っているのに、不安なのか。
必要はないのに、わざわざ声を潜めて「どうするんだい?」と聞いてきた。
「放っておいてもいいんだが……せっかくのデートに水を差されるのは腹が立つから、消しておくか」
さっさと始末して残りの時間をゆっくり楽しもう。幸い今はここらへんの人気もない。
そう笑いかけるとナッツは一瞬で顔を真っ青にした。
昨日から赤くなったり青くなったり忙しい奴だな。
「消すって、殺すってこと?」
「そうだがなんだ?」
それ以外の何があるんだろうと考えたがぱっと思いつくものはない。
様子のおかしいナッツの顔を俺は覗き込んだ。
すると彼女は繋いだ手を強く握り締め、下から俺の目をまっすぐに見つめながら懇願してきた。
「…ころさないで」
その囁きはまるでナッツ自身が自分の命乞いをしているかのようだった。
訳が分からず俺は瞬きを繰り返す。
どうしてだ、まさか尾行してる奴の中に知り合いでもいるのか?
…まぁ、ナッツがそう言うならそうするが。
そう事も無げに頷くと彼女はほっと息をつく。
「…でもさすがに、攻撃されたら反撃しないとな」
「それは…そう、だけど―――」
言葉を搾り出すようにナッツがそう答えた。その瞬間、俺めがけて飛んできていたナイフが彼女の手によってが叩き落された。
カランカランと音を立てて地に落ちたナイフは周を纏っていたようだがすぐにそのオーラも消える。
それを見ながら、ナッツは悲しげに目を細めていた。
「…殺すの?」
「…向うが殺意を向けてくるんだ。仕方ないな」
こういう奴らは生かして帰したところでロクなことにならない。
逃げたければ逃げてもいいぞと一応ナッツには告げた。
結局彼女は逃げなかったが、俺に言葉を返すこともなかった。
湧き上がるように出てくる尾行者たちの攻撃をお互いなんなくかわし、俺は適当に狩りをする。
一瞬で終わらせることも出来るけど、こういうことが嫌いなナッツに刺激が強すぎないようにとあまり血が出ないようなきれいな殺しを目指した。だからいつもより少し手間取る。
一方ナッツが反撃をする様子はなかった。念獣を出す気配もないし、これはもう俺に任せたということだろう。
まぁ元々俺への客だ。それは構わないが……
「そんなに見られているとさすがに照れるんだが」
「あ、ごめん、なんていうか…きれいに殺すんだなと思って」
見惚れているわけか。
それはいいがあまり余所見をしないでほしい。自分は平気なつもりかもしれないが、こっちが冷や冷やする。ほら、今銃弾がお前の髪をかすったぞ。
っていうかお前足元、ちゃんと見てろよほら、お前が弾いたナイフがそこに―――
「あれ?」
ああ言わんこっちゃないやっぱり踏んで滑りやがった。
いくら道化だから失敗になれているとは言え、こういう状況でのそんなおふざけは命取りだぞ…
俺はナッツの体を受け止めるべく走った。同時に、彼女の傍にいた敵はすべて殺す。その直後俺の背後から攻撃を仕掛けてきた敵に、体勢を崩しながらも彼女はナイフを投げた。
その断末魔が響くと同時、彼女は俺の腕の中。降りかかる血飛沫に彼女が汚れないようにと守ることも忘れない。
「大丈夫かナッツ、まったく…ちゃんと足元を見ろと言っただろう」
「……え、言われてないけど」
「そうか?」
そういや思っただけで口にはしなかったかもしれない。まぁいいか。
ナッツが倒した敵が最後だったため場には静寂が戻っていた。こんなところに長居は無用だと、彼女の手を引いて歩き出す。
「さぁ次はどうする?運動もしたし、少し早いが夕食にするか?」
運動というほどの運動でもないしまだ昼食をとってから4・5時間しかたっていないため腹も減ってはいないが。
もうこれといった予定もないしな。
「…クロロ君ごめん、僕のせいで頭と背中、血かぶっちゃってるよ」
「ああそうか、忘れてた。これじゃ外食はできないか」
「とりあえずシャワーを浴びないと」
「そうだな…でもこんな時間に帰るのも間抜けだ」
「じゃあコインシャワーでもホテルでも何でもいいよ、とにかくどこか入ろう」
「…………」
随分と積極的だなナッツ。などとからかうことができないほど、彼女の横顔は真剣だった。
伏せ気味な目は睫が時々震え、額にはうっすらと汗をかいている。
少々血を浴びたくらい何でもないけどな。服も髪も黒だから血なんてそんなに目立たないし。
しかし俺の返事を一言も聞くことなく彼女は手近なホテルにチェックイン。
特別広くはない小さめの部屋に入るとすぐさま俺をシャワールームへ押し込んだ。
「適当に待ってるから、ゆっくり入ってね。ジャケットはクリーニング出してくるよ」
そう言って血に汚れたジャケットを抱え、ナッツは小走りで部屋を出て行った。
残された俺は仕方なく、言われたとおりにシャワーを浴びる。食事はルームサービスになりそうかな。
…そういえば。
いつもまっすぐに人の目を見ながら話をする彼女が、さきほどから一度も俺の顔を見ていない。
一体なぜだ?
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