CLOWN×CLOWN


学習×摺込み×理由の価値


ふわっとした眩しい笑顔で「好きだよ」と言われたが、僕は素直に「ありがとう」というのを躊躇した。
さすがにこの展開にデジャヴを感じないわけじゃない。僕がその鈍感っぷりを持って今までフィン君やクロロ君を少なからず傷つけただろうことは分かっている。
だから今ここで、果たして今まで通りの言葉を返すのが正しいものかどうか。
同じ状況で、言わば僕は二度失敗をしているのだ。ジャパンの諺に二度あることは三度あるというのがある。しかしあそこの先人は三度目の正直という言葉だって残しているという。
一体これはどちらを信じるべきなのだろう?

「ナッツ姉、どうしたの?オレ別に今すぐ返事がほしいとか付き合ってほしいとか、そういうんじゃないから大丈夫だよ?」
「!そ、そっか!そうだよね、僕なんか変なこと考えちゃって…」
「まぁオレのものになってくれるって言うならそりゃ嬉しいけど」
「……………」

やっぱりそっちだったのか、よかった迂闊に返事しなくて。
「っていうか変なことって…まさかナッツ姉、ちゃんとそういう意味で一応考えてくれたの?」
「………」
「…うれしい。普通に笑って『ありがとう、僕も好きだよ』とか返されると思ってた」
「……………」

…この子は今までの僕の一部始終的なものでも知っているんだろうか。
作った笑顔は多少引きつったかもしれなかった。
それは刷り込みって言うんだよとか、シャル君はまだちっちゃかったからそういう思い込みをしてただけなんだよとか、言ってあげたいけど黙っておこう。僕は本気でそう思っているけど、シャル君はきっとそうは思っていないからこれを聞いたら怒るだろう。
この美人さんなら恋人なんて選り取り見取りだ、放っておけばその間違った思い込みにいずれ気がついてくれるはず。

「でもなんにしても、ありがとう。僕も好きだよシャル君」
「ありがとう。オレが言ってる意味とは違うんだろうけどね」
「うん。でも、ちゃんと考えるよ僕。それまで待っててくれないかなぁ…?」
「もちろん。欲しいものは奪う派だけど、ナッツ姉のためならちゃんと我慢できる」
「ふふ、いい子」

背伸びをしてその頬にキスを返す。そしてほんのちょっぴり色づいた頬に、自分でするのはいいけどされるのは恥ずかしいんだな、とかって笑みが零れた。

その時、マイナス二度の空気が背後から迫ってきて僕を襲った。
カチンと、氷漬けになったように動けなくなる。
風邪の時とかに感じる悪寒を百倍ぐらいにしたやつが背中を這いずり回っていて、どうしようもなく膝が震えた。

「ナッツ…どうにもお前、俺の時と対応が違うんじゃないのか…?」
「く、くくくくくクロロ君…!?」
「俺の名前にそんなに『く』はついてない」

どうやらこのマイナス二度の空間はクロロ君が作り出したものらしかった。
出で立ちは普段と変わりないが背後のオーラの暴れ狂いっぷりがそりゃもう尋常じゃない。ぎろり、と見下ろされた僕はもはや蛇に睨まれた蛙状態だ。
しかして僕以上に鋭い視線をぶつけられたシャル君の方はどこか勝ち誇ったような余裕の顔でクロロ君を見下している。
何故そんな彼の怒りを余計に煽るような態度を取るのかはわからないがちょっとそれはやめてほしい。
僕に八つ当たりがきたらどうしてくれるんだ。

「く、クロロ君…は、何をそんなに怒ってるのかなぁ…?」

頑張ってへらりと笑って尋ねてみるとそんなこともわからないのかとばかりの視線を投げつけられた。
僕はちょっぴり泣きそうだ。大人のくせにクロロ君は沸点が低いと思う。

「チッ…いくぞナッツ」
「へ?い、行くってどこに…」
「決まってるだろう、俺の部屋だ」

なんで決まってるんだろう、ていうかこの子さっき舌打ちしなかったか。
手を引っ張られながら、どうしようとシャル君を振り返ってアイコンタクトを送ってみる。
するとにこっと笑って手を振られた。裏切りだ。
クロロ君は僕だけじゃなくてシャル君にも怒ってたはずなのに。結局それ全部僕が引き受ける形になってる。
恨みがましく見つめてやると困ったようにシャル君が口を動かした。なんとか読み取ろうととその動きに注目する。
『オレは今日のところはもう満足したから、あとクロロのご機嫌取りよろしくね』

…ひどい。



クロロ君の部屋はベッドと本棚しかない。本当にそれしかない。けれどその本棚の量も本の量も尋常じゃないので十分な圧迫感がある仕様になっている。
そんな部屋に放り込まれ、とりあえず僕は視線をきょろきょろさせて部屋を観察した後、やっぱ本しかないんだなと思いながら所在無くベッドの端に腰掛けた。
だけどこれは失敗だったと僕はすぐに悟る。ベッドに座る僕の目の前にクロロ君が仁王立ちになってきたのだ。
冷ややかな目で上から見下ろされ、ものすごくいたたまれない。なんだ、このとんでもなく悪いことをしてしまったような気分になってくる不思議な緊張感は。

「ナッツ」
「…はい」

ほんとに僕何かしたっけ、こんな怒らせるようなことしたっけ。

「お前、なんでシャルにすぐ返事をしなかった?」
「え…?だってそれは、ちゃんと僕が考えてからと思って…」
「なぜ考える?お前をそういう風に見たことはないしこれからもないから潔く諦めろと言えばいいだけの話だろう」

なんで当然のようにそんなひどい返事が用意されてるんだ。
この子は僕がシャル君から嫌われるようにでも仕向けたいのか。

「いや別に前半は正しいけど、とりあえず後半は実際考えてみたことがなかったからこれから考えるってことで……」
「はあ?」

…そこらへんのチンピラみたいなリアクションをされた。

「よくもそんなことを俺の前でずけずけと言うことができるな。というかお前、俺の時は逃げたくせしてなんでシャルには向き合おうとするんだ。大体俺だってまだまともな返事をもらってないんだが?」
「えっ…えーっと…」

ずっと仁王立ちだったクロロ君が僕の膝を割って片膝を上げてきて、そこに体重をかけながらこちらに体を傾けてくる。至近距離に迫った顔に息がかかってしまうんじゃないかと、僕は咄嗟に呼吸を浅くした。
そういやこの子はジンさん相手に宣戦布告とかしてたんだっけ。決して忘れてたわけではなかったけど、なんか普通のクロロ君に戻ってたからあれは過ぎたことなんだと勝手に思ってた。

「…ナッツ」

やっと腕組みを解いたクロロ君の手が僕の頬に伸ばされる。
そしてさっきシャル君にキスをされたあたりを摘まれた。まさか、偶然だよね、あの時から見てたとかじゃないよね。
慌てる僕と対照的に、クロロ君は落ち着いた目をしていた。だけどその眉間には若干の皺。

「お前は俺に惚れてるんじゃないのか」
「…………?」

疑問じゃない。確認だった。

「……なんで…?」
「なんでだと?お前、俺のキスを受け入れて、しかも反応を返してきたじゃないか」
「え…いや、なんというかあれは…」
「あれは?」
「ふ、深くは考えてなかったというか…」
「…………」
「ただ、返してあげたくなっただけというか…」
「………わかった、もう十分だ」

疲れきったかの様子でごろりと僕の隣に横たわるクロロ君。
とりあえずもう怒ってないのかな、なんて顔を覗き込んだら普通に睨まれた。

「…お前にとって、俺はなんだ」
「え?」

難しい質問だと思った。
すぐに答えることが出来なくて、しばらく手の中でコインを弄びながら逡巡する。
そしてしばらくすると、諦めてクロロ君の方が先に口を開いた。

「俺はナッツが好きだ」
「……………」
「たぶん十年前からだ。あんなガキの頃から、俺はお前を想っていた。お前は?ナッツは俺を、どう思っているんだ?」

僕の手を握りこんできた手が、彼にしてはめずらしく温かかった。
心の内を晒すのが苦手な子なのに、僕のためにこんなに言葉を探してくれる。
胸がぎゅうと締め付けられるような気がして、同時にすごく申し訳なくなった。

この子はこんなに僕を想ってくれるのに、僕にはそれを返す術がわからない。
シャル君はシャル君で、クロロ君はクロロ君だ。本当に僕にはそれ以上の答えがない。

「…クロロ君、僕今からたぶんひどいこと言うね。怒ってもいいけど、僕のこと嫌いにはならないでね」
「ああ」
「クロロ君のそういう気持ちは、所謂刷り込みってやつだと思います」
「…………」

あからさまにクロロ君が不機嫌な顔をした。
構わず僕は続ける。

「だって十年も経ってまで僕がここまで慕われる理由なんてそれしかないんだもの。クロロ君にしろシャル君にしろ」
「…確かに、一理はある」
「!」

昔のフィン君のように真っ向否定されると思っていた僕はクロロ君のその言葉に少なからず驚いた。
頭の下で腕を組んだクロロ君の顔に、先ほどの不機嫌さはもうない。

「あの頃の俺たちはまだ幼かったし、親もいなかった。そういう影響を受けていたって何ら不思議はない。特にシャルなんかは典型的なそれだろう」
「だ、だよね…」
「だけどそれがどうした?」

クロロ君は足を上げて、その反動で起き上がってきた。そして僕のすぐ傍に手をついて僕の眼を見ながら笑う。
その黒い瞳には、怯えたような様子の僕が映っていた。

「この気持ちの理由なんかどうでもいい。今俺はお前が欲しいと思う。それだけだ。たぶんシャルもな」
「……………」

…盗賊らしいことを言ってくれる。
そっか、そういえば、だからなんだと言われればその通りだ。散々悩んでいたことを簡単に一蹴されて気分は複雑だが、すっきりしたと言えばすっきりした。
思わず声を上げて笑えばクロロ君も目を細めて笑ってくれた。

「明日、どこかへ出掛けようか」
「え、もう外出禁止期間終了?」
「ああ。行きたいところ、考えておけよ」
「わかった!みんなに相談してくるね」
「…一応言っておくけど、出掛けるのは俺たち二人だからな?」
「ん?そうなの?」
「ああ、デートだよデート」
「…date!?」

この時僕は驚きのあまり、袖の中に隠してあった手品の種を全部落としてしまった。


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