平穏×観客×もう子供じゃない
僕がゾルディックから生還してホームへ戻ってから数日が経った。
その件に関しては大分心配を掛けたようで一段と過保護(?)になってしまった彼らとは裏腹に、僕はマチちゃんに作ってもらったカーテンを眺めてはにやにやするというなんとも平和な日々を過ごしている。
それというのも僕がしばらく外出禁止!の刑に処せられているせいである。
まぁそれについては僕も今回のことは多少自業自得なとこもあったということで甘んじて受け入れているのだけれど…外に出れない、街に行けないというのはつまり子供たちの前で芸ができない、働けない、ということでありまして。
さびしいし、暇だし、何より僕は仕事がしたい。
ということで僕は、久しぶりにここにいるメンバーに観客になってもらうことにした。
衣装に着替えてメイクをして、廃墟の中をてくてく歩く。大きくなったみんなの前でクラウンをやるのは初めてだ、うきうき。
「だれがいいかなー」
誰が暇してるだろう、いつもみんな割と暇そうだけど、こうやって改めて探してみると人がいない。
コンコンッ
適当な部屋の前でノックをする。
「開いてるね」
そっけなく返ってきたお言葉に甘えて勝手に扉を開けさせてもらう。
そして何やら分厚い本を読書中のフェイ君の前で特性巨大クラッカーを派手に打ち鳴らしてみた。
「………」
すごい睨まれてる。テープと紙ふぶきまみれの男の子にすごい睨まれてる。そして彼が今まさに読んでいたのはおどろおどろしい挿絵つきの拷問の専門書だ。
僕は懐のお菓子をそっと置いて退散した。あの子は案外甘いものが好きなんだ、だからきっと大丈夫。
ていうかなんかあそこで終わっちゃうとただのドッキリ企画になってしまったな。でもまぁとりあえず僕は楽しかったからいっか。
次だ次、とまた適当な部屋の前でノックをした。
今度は中の人がちゃんと開けてくれた。
「誰ー?あ、ナッツ姉!どうしたの?」
にまぁっと笑って、僕は帽子を取ってそこで会釈。次の瞬間その帽子の中からチルが飛び出した。
「うわ!何こいつ!」
ゾルディックにいる間に生まれたこの子のことを旅団メンバーはまだ誰も知らない。
これがはじめましての挨拶だ。もちろん芸はちゃんと仕込み済み。
チルの羽はとても軽い綿のようなものでできている。それを彼女は意図的に飛ばすことが出来、風を起こせばそれはまるで粉雪のように空を舞った。
ぽかん、とシャル君が口開けて固まる。その前で僕はチルの羽綿の塊でできたボールでお手玉を始めた。一年前よりは記録が伸びたんだ。上手くいけば今は最高30個までいける。
いつの間にか現れたライトがカチリと僕の懐のレコーダーのスイッチを入れたため、軽快な音楽がが流れ出す。僕はそれをBGMに無言のままジャグリングを続け、そしてついに29個まできた。けれどチルの綿の生産が間に合わないのでそのまま待機。
シャル君が真剣な目で見守ってくれている。確かこの子の最高記録は10個だったかな。でもあれ3キロボールだったから軽くすればもうちょっと…
―――なんて、別のことを考えるなんてちょっとした油断をしたらミスをした。投げていたボールが天井に当たってしまい、バランスを崩せば次々落下。
…これはわざとじゃなかったからマジへこむ。
がくんっと膝をついて座り込んでうなだれると上のほうでシャル君がくすっと笑った。
「ナッツ姉でも本当の失敗するんだね。ねぇ、ちょっと見ててよ」
そう言うと彼は僕が落としたボールを集めて、ジャグリングを始めた。
ボールは一個また一個と増えていき、かなり早い段階で彼の最高記録10個を更新する。
そして僕が落としたボール全部、つまり29個を回し始めると「次」とチルに指示を出す。チルはぽんっとその輪の中にボールを落とした。これで、30個。
「ほらっすごいでしょ?オレちゃんとこれの修行ずっと続けてたんだから」
にこっと笑って言ってくれたその台詞は純粋に嬉しかった。
でも、でも…僕の腕がこの子に負けたことも純粋にショックすぎる。これもう立ち直れない。
「そっか…すごいね…」
絞り出した声は思った以上に嫉妬とかそういうのを含んでて、我ながら女々しいなと感じた。
「ぷっあはははは!やったーナッツ姉負かしたー!」
「う、うう…」
「ほーら、そう拗ねないでよ。まぁ才能の差ってやつだよね」
「ううう…!」
「あはははは!」
僕が落ち込むほどにシャル君は嬉しそうだ。
なんだ、あれだ、ものすごくくやしいぞ。
でもまぁ仕方ない、本当に凡人と天才の差ってやつだろう。
僕は立ち上がって一旦息をつくとぱっと顔を上げて、笑った。
「おめでとうシャル君、最高記録更新だね!これからもがんばって!」
僕よりももうずっと大きくなってしまった彼の首に腕を回して引き寄せる。ぎゅうっと抱き込むと、一瞬彼の体がこわばった。この子がちっちゃい頃はそりゃもうよく「ぎゅうってして!」とかってせがまれたものだったよなぁ、懐かしい。あれは本当にかわいかった。
でもこのびっくりしてる感じも、新鮮でなかなかかわいい。これはこれでいいな。
勝手に満足して腕を解く。すると逆に腰の辺りをがしっと抱きしめ返された。そう、ぎゅっではなくがしぃっ!だ。
「うごふっ」
「もーなんなのナッツ姉そういう不意打ち、大歓迎だけど勘弁してほしい」
「ふえ?」
「オレもう子供じゃないんだってば…」
「んー…?うん、そうだね」
よくわからんがとりあえず頭をよしよししてみる。きれいな金髪。この子によく似合ってる。
「…ほんとにわかってる?ほんとにオレのこと、もう子供じゃないって思ってる?」
「う?ん、んー……微妙かなぁ…だってシャル君まだ十代だよねぇ…?」
「だー!あー!だからそういうことじゃなくって!なんていうかさ、ナッツ姉はオレのこと昔と同じように扱うじゃん!それって、ナッツ姉にとっては全然オレって成長してないように見えんのかなって思うわけ!」
ぱっと体を引き剥がされると、思いのほか真剣な目と視線がかち合う。
けれど僕がその真剣さを返せるわけもなく、ただぱちぱちと瞬きを繰り返す。こてん。首を傾げた。
「シャル君はどー考えても大きくなってるよ?昔はこーんなちっちゃかったんだもん。でもさ、シャル君はシャル君だよね?そのシャル君に対する何を、僕は変えればいいの?」
今度はシャル君が瞬きを繰り返す番だった。僕のより少しだけ深い緑の瞳が隠れたり出てきたり。
飽きずにその様子を眺めていたら、しばらくしてシャル君が苦笑し始めた。
「そうだね、ま、そういうことでいっか!」
何か自己解決ができたらしいシャル君。
僕の方に顔を寄せてきたと思うと、頬の上でわざとらしいリップ音を立てたキスをして離れていった。
「うん、オレはオレで、ナッツ姉はナッツ姉だよね」
「?うん、もちろん」
「ねぇナッツ姉、」
「なあに?」
「オレちびの頃からさ、ずっとナッツ姉が好きだよ」
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