CLOWN×CLOWN


奪還×シャツ×差し伸べられる救いの手


クロロ君…いつだって僕を助けてくれるのは、君なんだね。



僕がクロロ君に連れられてやってきたのは、テレビがあってソファーがあって本棚がある、いたって普通の部屋。
そこで再び両腕で抱きしめられて、耳元で名前を呼ばれる。何度も何度も、僕の存在を確かめるように。しばらく迷子になってた子供みたいだと、頭の片隅でそう思った。
お兄さんの過剰なスキンシップはひたすらに迷惑でしかなかったのに、クロロ君相手だとどうしてこうも愛おしいのか。
不思議な気持ちだ。不意打ちで額にキスをされると、その気持ちはさらに強まった。

「ナッツ…無事でよかった…」
「あ、えっと、迎えに来てくれて、ありがとう…」
「いや…遅くなってすまなかった」

なぜか自分の心臓の拍動に言葉を邪魔されて、うまくしゃべれない。
どうしてだろう。なんでこんなに胸が苦しいんだろう。

「心配かけてごめんね…?」
「まったくだ」

体を離して彼を見ると、思いのほか真剣な目で僕を見ていて驚いた。
何?と首をかしげて視線で尋ねてみる。するとクロロ君は「これ…」と僕のシャツを掴んで呟いた。
ん…?あ、ボタンついてないんだった。

「だ、大丈夫だよちょっと引き千切られただけだから」
「『ちょっと引き千切られた』ってなんだ。お前その言葉の不自然さがわからないのか…!?」
「え…えーっと…」
「…っ!お前がそこまで間抜けだとは思わなかった!!!」

おお、こ、怖い。
これはすごく怒っている。ものすごく怒っている。かつてないほどのブチ切れ状態だ。あまりの恐ろしさにライトも出てこない。あの子は案外薄情だ。

「チッ…イルミ=ゾルディック…絶対殺す」
「ちょ、え、いいってそこまでしなくて!物騒な話しないで!」
「…?ナッツ、お前やつの肩を持つのか?」
「か、肩を持つとかそういうことじゃなくて…!」

ひいいい、火に油ああああああ。

「別に、されたことなんてせいぜいキスぐらいまでで、大したことはされてないし!まぁ薬盛られたりとかいろいろあったけど、あんなんもあの人にとってはたぶんちょっとした遊びみたいなもんで…!えーっと、だからぁ…!」

ここまで言った後で思った。これフォローになってない。

「…………」

あーあ、ついに黙っちゃったよクロロ君。
人って、静かに怒ってる時が一番怖い。



***



ナッツをみつけるのに二週間かかった。
しかもその居場所があの暗殺一家のゾルディック邸だときた。
もちろん自らの意思でわざわざ大陸渡ってそこにいったのではないだろうが、一体何をすればそんなのに目をつけられるんだか。

とにかく俺たちは、居場所を特定したその日にそこへ進入。
途中で馬鹿でかい犬だの使用人だのに引っかかりはしたが他の奴らを残して俺だけでナッツの元まで走った。あとで文句は言われるだろうが知ったこっちゃない。
ナッツのオーラを感じた部屋の窓を容赦無しに叩き割る。
中では長髪の男に彼女が抱きしめられていた。
その時俺はこいつがナッツを誘拐した本人だと確信した。
しかし殺してやろうと手をナイフに伸ばすより先に、ナッツが俺の胸に飛び込んできた。
あまり予想しなかった展開に、無意識の内に無事かと尋ねた声はほんの少し震えていたような気がする。

この二週間、俺が一体どんな気持ちで過ごしてきたことか…こいつにはわからないだろう。
命を毎日少しずつ削られるようで、生きた心地がしなかった。
俺はお前を手に入れると決めたんだ。それなのに、こんなにすぐに失いかけるなんて思いもしなかった。
今日はあの誘拐犯を殺し損ねたが…次会った時には、必ず。

「ナッツ…無事でよかった…」
「あ、えっと、迎えに来てくれて、あ、ありがとう…」
「いや…遅くなってすまなかった」

最近手に入れたばかりの念能力で飛んだ場所は、俺の家。
十年ぶりにナッツと再開してアジトでほとんどの時間を過ごすようになってからはほぼ使っていなかった。ここに来れば追ってくる人間もいないだろう。ゾルディックにしろ、旅団メンバーにしろ。

顔をよく見ようと、それまで抱きしめていた体を離す。すると、顔より先に目に入ったのがボタンのすべてとれたナッツのシャツだった。いつもは第一ボタンまできっちりしめてタイまでする奴なのに。それが羽織っただけの形になっているわよく見ればズボンのベルトまで外されかかっているわ、どう見ても強姦未遂状態だ。

「だ、大丈夫だよちょっと引き千切られただけだから!」

恥じらいも何もないらしく、ナッツは前を隠そうとすることもなく顔の前で手をぶんぶんと振った。
それは殺気立ってる俺を宥めるための言葉のつもりか?馬鹿が、逆効果だろ。

「イルミ=ゾルディック…絶対殺す」
「ちょ、いいってそこまでしなくて!物騒な話しないで!」
「…?ナッツ、お前やつの肩を持つのか?」
「か、肩を持つとかそういうことじゃなくて…!別に、されたことなんてせいぜいキスぐらいまでで、大したことはされてないし!まぁ薬盛られたりとかいろいろあったけど、あんなんもあの人にとってはたぶんちょっとした遊びみたいなもんで…!えーっと、だからぁ…!」

…墓穴を掘るとはまさにこのことだ。
あれを庇う理由ぐらい、お人よしのこいつのことだからとわからないでもない。
だがわかっていても気に食わないものは気に食わない。しかも『キスまで』ってなんだ、俺があれを殺すには十分すぎる理由だろ。
俺は無造作にナッツの手を掴み、傍にあったソファーの上に引きずり倒した。

「うわっ、ちょ…!」

軽く抵抗を示すナッツを押さえ込み、唇を重ねる。それも角度を変えて何度も何度も。
到底、憧憬や友愛のキスなどとは呼べないそれ。俺の気持ちが嫌でも伝わるだろう。

「…前から言おうと思っていた」
「ぇ、なに…?」
「お前は隙が多すぎる」

だから俺にだって何度もつけ込まれるんだよ。
まぁその隙のおかげで俺は、片恋のくせして少なからず好き勝手をして美味しい思いができているのだが。
ふっと笑んで目を開ける。

「………」

そして思いもよらぬ光景に驚いた。

なんで…なんでこんな真っ赤な顔をしてるんだ、こいつは。
らしくない。俺はお前のそんな顔は見たことがないぞ。
今までお前はいつだって俺の行動なんか適当にあしらって、まるで子供のすることだとでも言うような態度でいたくせに。恥じらいを見せたのなんて、俺が子供の頃に初めてキスをしたあの時ぐらいだ。

…こんな時にそんな顔をするなんて、お前は本当に間抜けだな。

「…襲ってくれと言ってるようなもんだろう」

ぼうっとした顔をするナッツに、期待が頭をもたげる。
これはもしかして、もしかするんじゃないのか。
今度は無理やりなんかじゃなく、彼女の瞳を見つめながらやさしくキスをした。すると案の定、彼女の方からも反応が返ってくる。さらには俺の背中に彼女の腕が回ってきた。

「…僕って、君に何度助けてもらうつもりなんだろう。かっこわるいなぁ…」

俺の肩に顔を埋めながらナッツは照れくさそうにそう言う。髪の間からのぞく耳は真っ赤だった。
はて、俺は今日以外にこいつを助けたなんてことはあっただろうか。
思い出してみようとするも何一つ浮かんでこない。なら聞いてみよう。

「俺は何かしたか?」
「ふふ、そういうところが格好いいよ」
「…そう言われて悪い気はしないけど」


一度目はね、僕と君が初めて出会ったあの日。
あの舞台はあんまりお客さんに笑ってもらえなくて実は結構へこんでたんだけど、君はわざわざ後で僕を褒めに来てくれたでしょう?
幸先不安ですごくブルーな気分だったのに、君の言葉で僕はすごく救われたんだよ。

二度目は僕と君たちが再会した時。
死んだ団長が僕の前に現れて、ほら僕―――泣いちゃったじゃん?
でもあの時、僕一人じゃたぶん泣けなかった。あの時クロロ君が傍にいてくれたから、我慢しなくていいって言ってくれたから、僕は泣けたんだよ。

三度目は、もちろんさっき。
ずっと待ってたよ、クロロ君が来てくれるの。だからうれしかった。

ほら僕、クロロ君に救われてばっかりだ。


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