CLOWN×CLOWN


お茶×危機感×問答無用でおやすみなさい


「お兄さんそれ以上近づかないでください」
「やだなあ何そんなに警戒してんの?意識し過ぎて引くわぁ」
「引くわぁ、じゃないですよどうして僕がこんなに過敏になったか、胸に手あてて考えてみなさい!」

えー何かしたっけーといつも通りのすっとぼけた顔(もうそういう顔にしか見えなくなった)でお兄さんはコテンと首を傾げる。
殺意すら沸く。まさか本気でここ数日のセクハラの数々を忘れているわけではあるまい。

ゾルディックへ誘拐されてから、もうかれこれ二週間にはなろうか。
そのたった二週間の間に僕は一張羅のYシャツのボタンを3回つけ直した。多少の痺れ薬の類に耐性がついた。危機察知能力が上がった。リボンタイを失くした。脱走は7回阻止された。
…悲しい。僕は悲しいぞ。今まで無縁だった、『うざい』とかって言葉の使い所を知ってしまったもの。

キルくんやカルトくんと仲良くなれたのは嬉しいけど、彼らとは離れがたい気持ちもあるけど、それ以上に早くこのブラコンから逃げたい。お迎えはいつ来るんだろうか。完全に目をつけられた今、自力脱出は難しいよ。

「それよりナッツ、このお茶飲んでみなよ。わざわざ俺が煎れてきてあげたよ」
「…なんですかそれ」
「最近イライラしてるみたいだから、リラックス効果のあるハーブティー」
「余計なお世話ですよ!一体誰のせいでイライラしてるんだか!!」
「え、誰のせい?とりあえずこれ飲んで落ちつきなよ」
「…………………」

素なんだろうか、わざとなんだろうか、この人はわからない。

「飲みませんよ、何度あなたに食事に薬を盛られたことか」
「ちょっとした痺れ薬ぐらい根に持たないでよ。そもそもうちの料理には全部毒が入ってんのに」
「初日以降僕はちゃんと毒なしの料理を作ってもらってたんです!」

この人の悪質な悪戯のその周到さと言ったらそれはもうすさまじいものだ。念を使って姿形を別人に変えて近づいてきたことまであった。あの時は普通に執事さんが淹れてくれたお茶だと思って飲んじゃったんだよな…
ほんと、心底この人には困っている。

「まぁまぁ、はいどーぞ」
「いや話聞いてました?飲みませんって」

何を言われてもずっとすっとぼけた顔のお兄さんをそこに放置して、僕はキル君の元へ逃げた。
部屋の扉をノックするとすぐに返事がある。そして自ら扉を開けてくれた。

「なぁナッツ、今日はコインマジックおしえて!」
「いいよー」

道化師としての日課は、芸の披露だけではなく芸の伝授も加わっていた。
マジックの種を明かすのはあまりよくはないが、キル君には出血大サービスだ。
ジャグリングも上手にこなしたし、ペンシルバルーンも器用に扱う。道化師のセンスがある。将来は暗殺者じゃなくて道化師になる!とか言ってくれないかなぁと思う。

「ライトたちはどうしたんだ?」
「んーたぶんまたミケと遊んでるんじゃないかなぁ」

本当は僕の中で休んでるだけだけど。
ふうんとそっけない返事をしながらキルくんは、小さな手には少し余るコインを握り締めながら四苦八苦していた。
かわいいなぁ、微笑ましいなぁ、あの兄さんとは大違いだなぁ。

「…そういえばキル君とお兄さんって大分歳が離れてるよね。前までは間に誰かまだいるのかなって思ってたけど…」

カルト君以外は他に見かけたことないな。

「いるよ」
「え?」
「オレとイル兄のあいだに、ブタって名前のミルキがいる」
「……………ええっと…?」
「あ、まちがえた。ミルキって名前のブタ」

結局ブタなのか。

「でも僕会ったことないよ?ああ、もう家を出てるのか」
「ううん、いるよ。あいつ引きこもりのブタだから」
「…そっか」
「あとちなみにオレとカルトのあいだにも一人いるよ」
「そうなの?」
「うん。アルカっての」
「その子も会ったことないなぁ…」
「あいつも引きこもりだから」

…ゾルディックの悲しい一面を知ってしまった。兄弟の五分の二が引きこもり。
悪いことを聞いてしまっただろうかと少し戸惑う。
そしてその後、引きこもりじゃない方のキル君の弟がやってきた。

「カルト君、どうしたの?一緒に遊ぶ?」
「うん…でもそのまえに、ねえさまにこれのんでほしくって…」

『ねえさま』って誰だとか、もう説明するまでもないだろう。
それを否定するのにももう僕は疲れている。

「なあに、それ」
「リラックスティー…さいきんねえさま、すこしつかれてるみたいだから」
「カルト君…!君ってば幼いのになんて気の利く子なの…!?」

当然断る理由なんか何一つなくて、僕はそのお茶をいただいた。
カルト君は嬉しそうにニコニコしている。キル君は「お、オレだって姉貴がつかれてるのぐらい気づいてたんだからな…!」とよくわからない張り合いを見せている。元凶は君なんだけどね、なんて野暮なことは言わないさ。

「よかった、ねえさまによろこんでもらえて」
「うん、ありがとう」
「イルミにいさまにも、きっとほめてもらえるし…」
「……………え?」

待てこの子、今なんて。
あれ、なんだ、少しずつ手足が痺れて―――――

「も、盛られた…!!」

まだ少し飲みかけのお茶が入っていたティーカップが僕の手から転がり落ちて、カーペットに小さな染みを作る。
拾いたくても手がまったく動かない。これは、薬の強さが上がっているに違いない。

「お、おいカルトお前何してるんだよ…!」
「だって、イルミにいさまがおねがいって…」

あんのやろう、ついにこういう手を使ってきたか…純粋無垢なカルト君を利用するなんて…!
いやでも騙された僕も僕だな。ついさっきのあのお兄さんの行動を忘れたわけじゃあるまいに。よくよく考えてみれば、今僕の前に転がり落ちてるカップはさっきお兄さんが持っていたやつのような気も…

「ありがとうカルト、ご苦労様」
「にいさま!」
「これは回収してくから、二人仲良く遊んでてね」

当たり前のように回収係まわってきたよいつもの能面だよ。
なんなのこの人しつこい。ていうか本当に体動かないんだけど大丈夫これ、大丈夫な薬だったの?すっごく不安。舌先までびりびりする。

「さてと、今日こそ逃がさないから」

そんなイケメンな台詞は能面卒業してから言え。
それからお兄さんの部屋に到着するとふっかふかキングサイズベッドに放り投げられた。
扱いがひどいと思う。こんなに無抵抗な僕なのに。

「やっと大人しくなったね」
「すごく強制的にですけど」

この薬、どれぐらいで抜けるかな。まだ指一本動かない。

「君が悪いんだよ。いつまでも逃げ回ったりするから」

あ、またボタン飛んだ。
なんだよもうこの人なんでいちいちそんなに乱暴にシャツを扱うんだよう。付け直すのめんどいでしょうが。

「ちょ、飛んだボタン全部拾ってまとめてそこ置いといてくれます?」
「今忙しいから後にしてくんない?」
「いやあのねお兄さ―――」

うるさいとばかりに口を塞がれた。
お兄さんの唇はひんやり冷たい。そして目は相変わらず瞬きすらしない。
すごく居心地が悪い。こんな近くで見られてると、なんだかいろんなもの見透かされるような気がする。

「お兄さん、いい加減悪ふざけはやめませんか」
「悪ふざけ?そんなのした覚えないよ。俺は君が欲しいだけ」

お兄さんの顔が僕の首筋にうずめられるけど、生憎薬で感覚が麻痺しているせいで何も感じない。

「僕は平和的解決、つまりはまぁ和平を望みます」
「実力行使の場合はあの犬を使うって?好きにしなよ、あんなのその気になれば一瞬で消せるから」
「…じゃあ今日はライトじゃない方で」
「チルッ」

パタパタなんて羽音のしない彼女はふわりと室内を漂う。
そしておもむろにベッドのサイドボードの上に舞い降りた。

「…こんな鳥に何ができるっての」
「チル、歌って」
「歌?」

お兄さんは僕の胸元に寄せていた顔を離して、首を傾げた。
ライトが炎を扱えるように、この子だってただの鳥なんかではない。
チルが紡ぐのは、心地よい子守唄だ。その効果は絶大。聞いた人間を強制的に眠りへ誘う。

ぱたりとお兄さんは僕に覆いかぶさる状態で眠りについた。やっぱり目は開いてる。ホラー。
僕は力の入らない腕をなんとか根性で動かし、耳をふさいで聴覚を鈍らせてぎりぎり回避だ。
でももうこれ以上は無理。体動かない。

「このまま待機かぁ」

お兄さんが起きる前に薬抜けろよ。
てか重いわお兄さん。


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