CLOWN×CLOWN


誘拐×勝手×暗殺一家ゾルディック


マジックに軟体芸にジャグリング。
大きな犬(?)のショーにパントマイム。

俺がさっき偶然出会った道化師は、このどれをも完璧に会得した本物≠セった。
その道化は一切しゃべらない。
だが瞬く間に場は賑わいを見せるようになっていた。

キルの方も彼女の芸の一つ一つに釘付けだ。
俺の方も、ここまで完成度の高いパフォーマンスは初めて見たから割と楽しめた。
普通ここまで上手く失敗≠ヘできない。

「イル兄、あいつすごいな!オレこんなのはじめて見た…!」
「なかなかだね」

念のレベルの方も。
あの大きな犬は、彼女の念によって具現化されたもの。見たところ完全自動式だが、主に忠実だ。よくできてる。

彼女は最後に一礼して、かぶっていたシルクハットをひっくり返して手に持った。
そこに投げ込まれるコインは大量だった。同様に、投げつけられるコインも大量だった。

しばらくすると、コイン射撃も人だかりも消えていく。
それから(何故かキルと一緒に)地に落ちているコインを拾い始めたその道化師を横目に見ながら、俺は適当にそこらへんに置かれていたシルクハットに札束を放り込んだ。

「ねぇ、君うちで働かない?いろいろ使えそう」
「へ?そ、それは勧誘ですか?ええ僕今ちょうどフリーなんですけど…って、ちょっとぉ!?え、何ですかこの札束!入れたの貴方ですか!?」
「うん」
「うんじゃないですよこんなの受け取れません!」
「別にそれぐらいいいでしょ」
「それぐらいって…よ、よほど稼いでいらっしゃるようで。一体どちらの団体さんですか?」
「団体っていうか…ゾルディック家だけど」
「ゾルディック…?」

拾い終わったコインを袋に詰めながら、彼女は首を傾げる。
その後ろでは、あのデカイ犬が俺をこっそり威嚇するように睨みつけていた。
どうやら主人にちょっかい出されているのが気に入らないらしい。

「お、イル兄こいつつれてかえんの!?やった!なぁ、かえったらもっといろいろ芸見して!」
「いや僕了承なんてしてないし。てかゾルディックって…」
「聞いたことない?暗殺一家ゾルディック」
「ああー!そうそう、それだ、なんか聞いたことあるけどなんだったけなぁと思って…って、いやいやいや。なんで暗殺一家に僕が勧誘されるんですか」
「別に殺しやらせようってわけじゃないって。いろいろ使えそうって言っただけじゃん」
「いや結構です。僕の就職希望はサーカスなんで」
「我儘だなぁ。でもまぁ、嫌なら仕方ないよね。無理やり連れて帰るほどでもないし」
「無理やりって物騒な…」
「えー!オレまだお前といたいんだけど!」
「キルくん…」
「よし連れてこう」
「ええ!?」

ちょ、言ってること違う!
とうろたえる道化師の手を掴んで、逃げられないようにする。
もうそろそろうちの飛行船も到着する頃だ。待ち合わせ場所まで行かないと。

「ちょっとお兄さん!?弟思いなのはいいことですけどちょっとそれは度が過ぎるというか…!」
「ガウガウ!」
「うるさいよ君たち」
「だまってついて来いって」
「理不尽だよ君たち!」

それからもなんかずっと抵抗はされたけどずるずる引っ張って連れて行った。
飛行船押し込んだ時にはもうかなり諦め入って抵抗もされなくなったけど。
いきなりコレ連れてって親父たちどんな反応するかな。

「僕…僕、マスターは暗殺者じゃなくてサーカスがいいです。サーカス就職希望です」
「残念だったね」
「ええ…」

運が悪かったってことで。




***




うわあああ無断外出どころか無断外泊しちゃったよおおおお。

ふかふかのベッドの上で一人目覚め、朝の木漏れ日を感じ、なんとも品の漂う素敵な朝食を前にして銀スプーンを手にした、その直後。
僕は最大級の後悔と恐怖に苛まれた。

何に対する後悔かというと、無断外出なんてした昨日の自分。
何に対する恐怖かというと、今頃ブチギレていらっしゃるだろうクロロくん。

もう、なんなんだよゾルディックって。暗殺一家とか普通に怖いわ。ビジネスで人殺すってことでしょ、怖いわ!
言っとくけど誘拐だよこれ。連れてこられた直後は適当に隙見て逃げ出そうとか思ってたけど、この家の敷地だとかいう密林と馬鹿でかいペット見てそれは無謀だと判断したよ。
結果的にこうして現在爽やかな朝を迎えている。…帰りたい。

「ナッツどーしたんだよ、ぜんぜん食べてねーじゃん」
「あはは…僕…ちょっと今胃の調子がね…」
「なんだよ、どくにあたったのか?」
「毒?」
「…や、なんでもない」

そうか、変わった香辛料だなと思ってたコレって………
…………気付かなかったことにしよう。

「お兄さん、僕いつ帰れますかね」
「帰りたいの?」
「そりゃあ、まあ」

このイルミとかいうお兄さんは本当にわからない。
一体何をお考えなのか。いったいいつ瞬きをしていらっしゃるのか。
とりあえず過度のブラコンだということしか今の僕のデータにはない。

「でも今フリーだとか言ってたじゃん」
「ああ、まあ体は空いてるには空いてるんですけど」
「ならずっとここにいればいいんじゃない?」
「…いやいやいや。大体僕がここにいる意味ってなんですか昨日だって僕ふつーに弟さんたちの前で芸しただけだし」
「…まあそれだけのためってのもかわいそうか。親父、どうすればいいと思う?」
「腕は確かなんだろう、お前の嫁にでもすればいいんじゃないか」
「そっか」
「まあ、イルミさんが結婚!?大変、式はいつになさるの?衣装はどうしましょうか!」

………いろんな意味で怖いよ暗殺一家ゾルディック。

大体僕が女だなんて一体いつ言った。僕は年齢も性別も不明な道化だい。嫁なんてまっぴらごめん――――
なんていう僕の意見なんて誰かが聞いてくれるわけもなく家族内で話は進む進む。

もう勝手にしてくれ。
何がどうなろうと僕はやっぱり一度折れた心を修復してこの家を抜け出してみせる。
なんも知ったこっちゃない。

「ナッツ、兄貴とけっこんすんの!?じゃあオレの姉貴になるんだ!」
「…そうだね」

かわいい義弟ができました。

…………って、うわああ駄目だ僕って人に情が移りやすいから!
今心底僕、クロロ君の携帯番号聞いとけばよかったって思ってる。
こういう時に必要なんだね、携帯って。

ご飯の後はお腹が痛かった。それが毒とかいうものの痛みなのかはたまた精神的なものからくるものなのかはわからなかったけど痛かった。この状態で脱走はやっぱり不可能だと思われる。
僕の膝の上ではキル君が楽しそうに絵本を読んでいらっしゃるし。脱走とか無理無理。ふわふわの銀髪かわいい。

というか…僕ががんばらなくたって、旅団のあのみんな…っていうかシャル君なら、その気になれば僕の居場所なんてすぐに見つけてくれると思うんだよね。もちろん「えーナッツ姉ー?別にどーでもいいよ」とかならずにその気になればの話だし、どうやって見つけるのかとか全然わかんないけど。待ってたってなんとかなる気はする。
……本当に他力本願で申し訳ない。

「―――き、姉貴ってば!」
「へ?あ、はい」
「なぁ、姉貴ってほんとに女?ぜんぜんムネないじゃん」
「………だから僕は自分が女だとも男だとも言った覚えはないなぁ」

そう、僕は誰にも自分の性別なんて言ったことがないし大してそこらへんの問題に拘ったこともない。
別に誰にどう思われようと一向に構わない…んだけど。
何にしろ、そうやって人の胸をバンバンと叩いてくるのはちょっとデリカシーというものに欠けているのではないでしょうかキルア君。

「よし、今日はいっしょにフロ入ろうぜ!ならかくじつにどっちかわかるし!」
「…キル君、世の中目に見えるものがすべてじゃないということを知っているかい」
「は?わけわかんねーよ。とりあえずついてんのかついてねぇのかは見りゃわかんだろ!」
「ソウデスネー」

キルくんもなかなかにマセガキだな。
クロロ君タイプだ。将来がおそろしい。色んな意味で。

「…ぼくも」
「あ、カルト君。どうした?」
「ぼくもいっしょに、はいる」
「…うん、そうだね入ろっかー」

帰らなくちゃ、とは思うけど。
なんだかもうちょっと帰りたくないなとも思う今日この頃。

大人しく迎えが来るのを待つことにします。

子供って天使。


top

- ナノ -