CLOWN×CLOWN


着歴×破壊×手加減無しの宣戦布告


ムカツく。

もうその言葉に尽きる。
買い物はそこそこに楽しかったのに、後が最悪だった。
俺は、ナッツには俺たち以外の存在はいないと思ってたのに。

『大切な人』

そう言わせるような人間が、いたのか。





「ナッツ」

部屋の外から声を掛ける。返事はない。わかってた、部屋の中に気配がないことぐらい。あいつは自室に籠るタイプじゃないから、どこかで遊んでるんだろう。
気にせず俺はその部屋に入った。
隅っこに少し洗濯物が干されているぐらいの、殺風景な部屋。もう少しすれば、今日買ってきた布で作ったカーテンが取り付けられるんだろう。
それから俺は、家探しをするまでもなく目的のものをみつけた。

「…携帯しないケータイは、無意味じゃないのか」

シンプルな四角い型のそれは、無造作にベッドサイドに置かれていた。
俺は浅くベッドに腰掛け、それを手に取る。そして躊躇なく開いた。

驚いたのは、メール機能もちゃんとついているのにそれが一切使われた形跡がないということ。
通話履歴が『ジン』という一人の人間だけで埋まっていること。
そして、アドレス帳にもその『ジン』という名前しかないこと。

つまり、この携帯は『ジン』と連絡を取るためだけに使われているということだ。

「…意味がわからん」

ナッツに言った通り、あの電話の相手の番号を消して、俺の番号を入れてやるつもりだった。けどそんな気も殺がれた。こんな、『ジン』のためだけに使われている携帯…
気に食わない。
叩き折ってやろうと思った。

「何、してんの」

だが折れる寸前でその携帯は俺の手を離れ、本来の持ち主の手へ。

「…タイミングのいい奴」
「ああ、うん、危なかった―――じゃなくて、クロロ君、どういうつもりだい?」
「ジンって誰だ?」
「質問に答えなさい」
「その携帯はジンがお前に渡したのか」
「クロロ君」
「…気に入らないから壊そうと思った」

ナッツは一瞬眉を潜めた後、大きな溜息をついた。
それと同時に、携帯はズボンのポケットへ。

「子供みたいなことはやめなさい。本気で怒るよ」
「お前が?」
「そう。怒る」

もう怒ってるだろ。
そう言いかけてやめた。

そんなに大事か、その箱が。
たった一人としか連絡も取れない、その小さな箱が。

「…ジンって」
「クロロ君の知らない人。関係もない人。別に知る必要もない人」

完全な拒絶。

「―――っ!?」

俺はナッツの手首を掴み、そのままベッドの上に引き倒した。
手の自由を奪われたままナッツはこれ以上ないほど驚愕の表情を浮かべている。
それはこの行為に対してというより、たぶん、俺からわずかに漏れている殺気に対して。

「調子に乗るなよ、ナッツ」
「…!」
「俺はもう子供じゃないんだぞ」

ナッツは確実に俺を侮っている。けれど、

「俺はもうお前より強い」
「…うん」
「それに俺は男で、お前は女だ」

ナッツの両手首を頭上で片手でまとめて抑えつけ、もう片方の手をそいつのズボンのポケットへと伸ばした。だが脇腹に蹴りを入れられて、それは食い止められる。その攻撃を予想してオーラを集中させてた分、ダメージはない。

「僕の性別が♀だって、いつ教えたっけ?」
「今更それを誤魔化そうとするのか?」
「僕はクラウンだよ?年齢が不詳なら性別だって…」
「なら今ここでそれは暴いてみせようか」

携帯の破壊を一旦諦めた手をナッツの胸元に伸ばして、シャツのボタンを、上から一つずつ外していった。
それでもピクリとも反応を示さないナッツ。まな板なのは知っているが、それ以上に何がここまでこいつに余裕を持たせているのかわからない。こいつが不意に表情を崩すのは、いつもほんの一瞬。
今はもう、やっぱりいつも通りの道化の笑みを浮かべている。

「目に見える全てが真実だと思うのは、まだまだ若い証拠だよクロロ君」
「どういう…」
「偽ってこそ、道化だ」

…ああそうか、こいつは道化であるかぎりいつだってこの余裕が尽きることはないのか。
真実も偽りも、まぜこぜにして生きられるから。

―――ならこれは、真実なのか偽りなのか

「…このペンダント、いつもつけてるのか」

大きく肌蹴た胸元で光る、エメラルド。普段、ピエロとしての装飾以外の不要な装飾品はつけないはずのナッツが…自ら?

「まぁ、邪魔にはならないからね」

台詞は肯定。
だが不敵に笑うその表情は、肯定にも否定にもとれた。
俺があの日渡した、ナッツの瞳と同じ色のペンダント。
あれから常につけているのかもしれない。それとも今日たまたま、気まぐれでつけていただけかもしれない。
相手は道化だ、真実はわからない。

でもたったこれだけのことで…俺はこんなに揺さぶられる。

「気に入ってくれたのか?」
「…まあね」
「そうか、よかった」

自分でもびっくりするぐらい力が抜けた。
ナッツの手の拘束を解き、その隣に倒れこむ。ナッツはそれにくすりと笑い、何も言わずに俺の頭を撫でた。

「…ナッツ」
「ん?」
「キスしていいか?」
「え」

それ以上の返事を聞く前に、無理やり口を塞いだ。
聞いといてなんだが、駄目だと言われて引き下がる気もなかった。

ナッツは目を瞑りもせずまん丸にした目で俺を見つめてくるが、別に抵抗をしてくるわけではない。
こっちが不安になるぐらい、ただ成すがままだった。

「…お前は俺以外でもキスができるか?」
「…さぁどうだろう。したことないからわかんないな。今度ウボォー君にでも手伝ってもらって調べてみる?」
「やめろ」
「うん、本気じゃないよ」

あはは、と笑ったナッツは無邪気そのもので。ひどく、汚してやりたい気持ちになる。

「俺じゃ駄目なのか?」

俺は思わず尋ねた。
ナッツは不思議そうな顔をする。

「…何がだめ?」
「俺はお前の『特別』か?」
「うん、もちろん」
「ジン≠謔閧焉H」
「…どうだろう、順位なんてつけれないな」
「なんで俺を一番にできないんだ?」
「なんで?そんなの、僕はみんなが同じぐらい大切だからだよ」

でもそのジン≠ヘ、俺たちとは別の意味での『特別』なんじゃないのか。
俺たちはお前の子供で、そいつはお前の男。
そういうことじゃないのか?

「ナッツ」
「なに?」
「俺を男として見ろ」

これは宣戦布告。
俺からジンと、お前への。

「これからは手加減なしだ」


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