盗品×ペンダント×静かな夜
コンコンッ
「入るぞ」
ガチャッと、まだ返事もしていないのに扉は無遠慮に開かれた。
ちょ、待ってまだパンツ部屋に干したまんま。
「打ち上げはもう終わったの?」
「ああ」
干していた洗濯物を洗濯紐ごと外して、適当にシーツの下に突っ込んだ。
普段別にそんなものいちいち気にしたりしないんだけど、なんていうか今朝のこともあってか…ね。
ボクサーパンツというものが何故だか無性に恥ずかしいわけですよ、はい。…くそっ。新しいパンツ買おう。
一連の動作は普通に丸見えだろうに、一切それを気にとめないクロロ君。そして堂々と、(洗濯物を覆っているシーツが掛けられている)ベッドに腰掛けるクロロ君。つまりは現在、お尻の下に僕の洗濯物を敷いているクロロ君。
別にそれは無意識とかじゃなく当然意識的だ。
けどそこに悪気とか悪戯心とかそんなものはないんだなこれが。困ったことに。ただ、なんというか…自分は何をしても許されると思ってる?って感じ?
…まぁちょっと自己中心的な子なんだ。
「で、一体何の用?」
「これ」
やる、と短く告げて差し出されたのは、部屋の明かりに反射して輝くエメラルドのペンダント。
たぶん、これは今夜の戦利品の一つ。
「わざわざいいっていつも言ってるのに…僕なんかがこんな高価なもの持ったって仕方ないんだって」
「俺がナッツに渡したいだけだ。有り難く受け取っておけよ」
お前の意見なんか聞いてねぇってことですか、そうですか。
育て方間違えたかなぁ、いや大して育ててないけど。
困ったものだと僕は小さく息を吐いた。こんな感じで頂いてしまったお宝の数々が、僕の荷物としてそろそろ溢れかえりそうになっている。もともと鞄二つ分だった僕の身の回り品は、とっくに四つ分を越した。
自分はいつも、一頻り愛で終わったら全部売っちゃうくせにずるいよ。僕も本当は身軽でいたい。
…や、プレゼントをもらえるのは嬉しいんだけどね。どれもこれもかなり高価なことを知ってるから、普通に気が引けるんだ。うっかり失くしたりしたらどうしようとか考えると胃が痛い気さえする。…どーせ今まで、大金となんて無縁な生活でしたよ。
「んーこれは一体どういう?」
彼はただのダイヤや絵画などには興味がない。
彼が狙う品には何か必ず、それにまつわるいわくやエピソードがあるのだ。
「それはかつてのアルマ国で栄えた王族に嫁いだ妃の間で、代々受け継がれたペンダントだ」
「へぇ」
「婚姻の際に王からこのペンダントを贈られた妃は後にその息子にこれを譲り、その息子はいずれ王となり妃にこれを贈る。そんなどこか儀式めいてすらいる行為は幾度となく繰り返され、そしてその王族が滅んでからもこれは傷一つなく世に残り、不朽の愛を誓うものとしてまた幾人もの手を渡った。まぁやがて、今回の展覧会のようなものを次々に渡る品になってしまったわけだがな」
ほほう、つまりこれは、エンゲージリングのようなものなんだろうか。
いろんな人が、最愛の人への愛を誓ってこのペンダントを贈った。そしてそれが、今僕の手に?
…な、なんて不釣り合い…!
僕なんかが持ってていいものじゃないな絶対。
確かにそんな素敵アクセサリーがただの観賞用の展示品になってしまうのはもったいないと思うけど、かといってそれを僕が持っているのはきっともっともったいない。
「エメラルドはビーナスに捧げられ、『最愛の者の誠実さの証』だと言い伝えられてきたものだからな。石言葉が『新たな始まり』なこともあって、プロポーズにはぴったりな石だろう」
「そうだね」
そう頷いてから、一瞬僕は心の内で首を傾げた。
今のだけだと、なんだか随分…なんというか、いい話で終わった。
おかしいな、彼はそんなどこかむず痒くなるような付属エピソードだけに釣られたりはしないんだけど。実は何代目妃の呪いがかかってるとかそんな話が続くかと思ってたのに、どうやらそれもないらしい。
まぁそんな呪いの品を贈られでもしたら僕ショックで三日ぐらい引き篭もってやるけどね。
…エメラルドの石言葉は他に、『幸福』や『希望』『安定』などがある。
今回はただ、本当に純粋に、これを僕に贈りたいとだけ思ってくれたのかもしれない。そうだったら、嬉しい。
「…そういえば、今日はシャル君にもプレゼントもらったんだよ」
「へぇ、何を」
「…
パンツ」
「は?」
「いや、何でもない」
ずっと突っ立ったままだった僕はクロロ君の隣に腰かけた。
それが自分の洗濯物を尻の下に敷くことになっていると思い出したのは、もう少ししてからだ。
「…つけてやる」
え?と聞き返す前に、彼の腕は僕の首に回っていた。
肌に直接鎖が触れる感覚がして、その冷たさに少し強張る。
ほどなくして、クロロ君が僕から離れる。そして僕の胸元では、綺麗なグリーンが揺れていた。
「やっぱり」
「え?」
「絶対お前に似合うと思ったんだ。それ、お前の瞳と同じ色をしてる」
クロロ君は目元を細めて、やわらかく微笑んだ。
「肌身離さずつけるんだぞ?」
「…なんで?」
遠回しな「似合ってるよ」の言葉の後が命令形のそれってどういうことだ。
「つけててもらいたいからだよ」
「いや、それにしても言い方ってものがさ」
「つけてくれる?」
「…うん、うん、つけるよ、つけるから。そんな捨てられた子犬みたいな目をしないでくれ」
今までものすごく偉そうで俺様な雰囲気と態度だったくせに、なんでそう一変して小動物になれるんだ。
じと目で隣の彼を睨んでみるものの、満足気な笑みを視界に収めるなり、まぁいいかとか思ってしまう僕。弱いなぁと思う。
「好きだよ、ナッツ」
「…僕もだよクロロ君、ありがとう」
「……言い方が悪かったかな」
「?」
「ナッツ」
「何?」
「愛してる」
「僕もだよ、クロロ君」
「………」
「……?」
はぁーと何故かものすごく大きな溜息をつかれた。
何、何なんだい。僕何かした?わけがわからず首を傾げていると、「お前にぶすぎ」と言われた。
何が。
「俺さっき、わざわざそのペンダントの説明をしたよな」
「うん。エンゲージペンダントなんでしょ?」
「ああ」
「……?」
「……はぁーーー…」
何なんだよだから。
言っておくけど僕は別ににぶくなんかない。
「今ここで押し倒してやろうか」
「なんで」
どんな経緯を経てそんな話になった。
「好きだ」
「うん」
「愛してる」
「うん」
「未来永劫、世界中のどんな宝よりも」
「…一体どうしたのさクロロ君。ああ、酔ってる?」
「…かもな」
俺にここまで言わせるなんてお前ぐらいだぞ、とかなんとか言いながらまた更に大きな溜息を吐いて、彼は立ちあがった。それを僕は黙って見上げる。
するとだんだんクロロ君の顔が近づいてきて、どうしたんだろうなんて思っていると、唇にやわらかな感触。
「!」
「―――おやすみ」
…お酒のにおいなんて、しなかったけど。
少し火照る顔に戸惑いながら、茫然と何もない空間を見つめる。
もう物音一つしない。それは静かな夜。
僕の日常は、飽きない。
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