CLOWN×CLOWN


文明×報告×否定できない選択


生温かい物が顔に触れている。
―――と、唐突にそんなことを感じた寝起きだった。
我ながら冷静な分析だ。なんだか面積は広い気がするけど、この感覚は当然知っている。

「ん、くすぐったいよライト…」

僕が朝寝坊をした時、彼はいつもこうして顔を舐めて起こしてくれる。なんてやさしい子。

「起きる、起きるからライト…」
「うん、おはよう主」
「うん、おは―――」

飛び起きた。そりゃもう矢の如く。
そして彼を見た。そりゃもう穴が開くんじゃないかってほど。

「…ライト、今…しゃべった…?」
「ん?うん。進化したんだから当たり前だよ?」
「…へぇ…」

…進化ってなんだろう。
我が子の成長スピードについていけない、今日この頃。





この日ちょっとドキドキしながら初めて僕は、自分の携帯電話の通話ボタンを押した。
携帯し始めてから悠に数カ月は経つ携帯電話である。

プルルル、とワンコール。
携帯電話のみならず、僕は固定電話すら利用したことがない。だって掛ける相手がいなかった。だから僕は耳にあてた携帯を握りしめながら、どこか聞きなれてはいるようないないような、そんな機械音に感動していた。こんな小さな機械で、どこにいるかもわからない相手と連絡が取れるんだもんなぁ。ほんと、文明って素晴らしい。

―――と、そんな僕の感動は案外長くは続かなかった。
ぽけーっとしながら聞いていたそのコール音は、わずか二度目のコールの途中で終わってしまったから。
かわりに聞こえてきたのは、さほど懐かしくもない声だった。

『ナッツか?』
「ジンさん、お久しぶりです」
『どうだ、石は手に入ったのか?』
「うん、無事ね。四日ほど前に」
『なんだ、じゃあその時に連絡してこいよ』
「ああ、だってそれから三日間僕気絶してたから」
『それ全然無事なんかじゃねぇだろお前ぇ!大丈夫なのか、怪我は?体調は?今どこにいるんだ?』
「あはは、大丈夫大丈夫。何も問題ないよ、心配してくれてありがとう」
『お、おう…』

なんだか今すぐにでもここに飛んできそうな勢いだ。いつからこの人そんな過保護になったんだろう。あんだけスパルタ教育しておいて。

「とりあえず今はね、知り合いのアジトにいる」
『…ちょっと待て。知り合いの、アジト?家じゃなく?』
「うん、らしいよ」
『…その知り合いってのは、なんだ?』
「盗賊団だって」
『…おいナッツ、今すぐそこを出ろ。断言してやる、そういった類の人間はお前とは相容れない』

途端真剣な口調になったジンさん。僕はからから笑ってそれを否定した。
だって盗賊って言ってもあの子たちだもの。
やさしくて甘えんぼで頑張り屋な子供たち。その彼らが十年分成長したってだけの話だ。あの子達の本質が変わるわけじゃないんだから、相容れないなんてわけがない。

「あの子たちさ、流星街っていうひっどいスラム出身でさ」
『!流星街…』
「うん。1年前…いや、10年前かな…僕は彼らに、なんとか強く生きてもらいたいと思ってた。けど保護者もいない、身分も無い、そんな状態で…まともな生き方なんてできないんだろうなってのもわかってた」

普通の社会勤めとかできるわけない。対応能力がありそうな子もいるけど、それは全員じゃないし。まずあの子たちには戸籍が無いから、雇ってもらえるとこなんてないだろう。
だからそう、僕みたいに芸を身につけるとか…盗賊になるとか、そういう道しかなかったんだよ。

「今の彼らはね、きっと生きるためにそういう選択をするしかなかったんだ。仕方なかったんだ。僕はそんな彼らが間違ってるとは思わない。否定したくない。だから受け入れる」
『…そうか』
「うん、だからもうしばらくはここでお世話になろうかなって思ってます」

ジンさんはもう反対はしてこなかった。おっきなため息はつかれたけど。
「お前は間抜けのくせに結構頑固だし仕方ないな」だって。
苦笑するしかないよね、その通りだもん。何を言われたって、僕に会いたいと十年もの間願い続けてくれたあの子達の傍をすぐに離れる気なんかなかった。

「あ、それとね、もういっこ報告したいことがあったんだ」
『…何だ』

もう何を言われても驚かない。
そう断言する彼に僕は再び苦笑した。きっと驚くと思うんだけど。

「ライト、しゃべれるようになったんだよ」
『マジでか!!』

ほらやっぱり。
それからはとにかくジンさんに、僕がわかる範囲の説明を施した。
ライトは石の力で成長して体長が三倍ほどにまでなって最初はそのオーラ量の変化に体がついていけなくて僕は気を失ったけど今は平気で、人前ではそうじゃないけど僕と二人きりになるとライトは人語でおしゃべりをしてくれて、それがなんていうかもうかわいいのなんのっていう…

『そこはどうでもいい』
「はい」

余談です。

『…まぁお前自身、今は何も問題は起こっちゃいねぇんだな?』
「うん。なかなか悠々自適に暮らしてるよ」
『ならいい』

それはジンさんなりの妥協らしい。渋々といった感じがありありと出ている。この人やっぱり子供捨てたとか嘘だろ。息子なんて作った事実からして妄想だろ。

『…いいか、ライトは絶対人前でしゃべらせるな。言葉をしゃべる―――人格を持った念っていうのも極稀なんだ。どこでどう目をつけられるかわかったもんじゃねぇ。…その盗賊団ってのも信用はし過ぎるな』
「うーん…っていうかライトって僕と二人きりの時でさえそもそもあんまりしゃべらないから大丈夫だと思う」
『?なんだ、しゃべるのにオーラを消費したりでもすんのか』
「ううん、あの子が寡黙なだけ」
『…性格かよ』

クールでしょ。
そう言うとジンさんは電話の向こうで大きく笑った。あなたはクールには程遠いよね。
それからもう少しだけ話をして通話は終えた。…ほんとにすばらしいな、文明の機器って。僕しょっちゅう電話掛けちゃいそう。着信履歴記念すべき一件目を見つめながら僕は未だちょっと高揚している胸を押さえていた。
―――コンコン
部屋の扉がノックされ、「はーい」と僕は間の伸びた返事をする。

「ナッツ、飯の準備ができたぞ」

少しだけ扉を開くとクロロ君は言った。
呼びにきたのは彼でも、おそらく準備をしたのは彼じゃない。

「わかった、今行く」
「ライトの分のピクルスもある」
「わ!よかったねライト!」
「ワフッ」

クロロ君はもうライトの好物を覚えてくれた。それにライトのこともちゃんと名前で呼んでくれる。
とてもうれしい。


僕もライトも、盗賊団の彼らにはとてもお世話になってます。
つい最近までお世話してた子供にお世話されるのってすごく変な気分だけど、割と楽しんで生活してます。
立場とか姿とか、変わったことはいろいろある。それでも僕にとっては、懐かしい日常が戻ってきたみたい。

これが僕の…新しい舞台です。


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