CLOWN×CLOWN


ゴミ溜め×恩×偽りない善意


「フランくん、あのヘリって何かなぁ。いつもみたいにゴミ落とすやつじゃないね」
「さぁ。たぶんなんか変な演説とかして帰るんだと思う」
「へー」

この流星街には時々ボランティア団体だとかよくわからない集団がやって来ることがある。
俺にとって彼らはどいつもこいつも偽善者だった。

自分より立場の低い者を憐れみ施しを与えることで優越感を覚え、正義感を満たしている卑しい大人ばかりだと思っていた。

彼らの何を知っていたわけでもないのに、勝手な思い込みと先入観でそういう風に見ていた。
今でも大体その考えは変わらない。俺は人が利益なく人のために何か施しが出来るほど世の中が綺麗でないことを知っているし所詮この世界はゴミ溜めだ。

けどナッツは違った。このゴミ溜めの世界でもナッツだけは他の誰とも違うと思った。

まずあのクロロがナッツに懐いたという、それだけで彼女は他とは違うんだと俺たちは気づいた。
クロロは俺たちの中で一番頭が良くて、一番警戒心が強くて、一番偽善者が嫌いだった。
そのクロロが余所者のナッツという人間を認めた。それはにわかには信じがたいぐらいの驚きだった。

だが実際ナッツと接してみれば、クロロが彼女に心を許したその要因はすぐにわかった。

彼女はいつも俺たちと同じ目線で話をし、同じ場所で同じ空気を吸ってくれた。彼女の傍に酸素ボンベやガスマスクが置かれていたことはない。風呂どころか水浴びすらまともにできない俺たちを抱きしめるのに躊躇したこともなかった。

今までならありえなかったことだ。こんな人間他にはいない。
彼女は俺の中の常識に背き続ける、ありえないような行動ばかりで形成された人だった。







フェイタンがナッツを説得(?)することに成功し、戦うための修行とネンの修行というものが始まった。
ネンというものはとりあえず何かすごい力らしい。ちゃんと扱えるようになれば、肉体強化や自己治癒力の活性などができるようになるとか。
それ以上のことはナッツ自身わからないと言っていた。

何でも、サーカスの団長にそれを教わったナッツも"魔法の力"としか聞かされていないんだと。
一応ナッツはそれを突然開花する人間の潜在能力のようなものだと考えているみたいだが。とにかく団長という存在を信頼しきっているナッツにとっては、彼が多くを語らないならそれはそれでいいらしい。別に知らなくたって困らない、と。

修行自体の内容は多岐に及んだ。
レンだのハツだの知識を詰め込んだり、オーラとかいうのを操ったり、座禅して瞑想したり。
今まで肉体を鍛えることばかりしていた分、かなりの精神力を要求されるこの修行はそれなりにハードだった。

だがみんな愚痴を零すことも無くナッツの指示を聞きながら懸命に取り組んでいる。
昨日目覚めてすぐは「ナッツ姉がいないー!」と泣き喚いてたシャルも、今はすっかり落ち着いて修行をしていた。

「次にゼツ≠ニいうのもやってみようか。これは出来るようになればとても役立つと思う」

次々教えられることは今までは到底知りえなかったことばかりで、俺たちは修行に夢中になった。
知識も食事も強さも、こいつは本当に何でも無償で与えてくれる。
どれだけ感謝してもし足りないなと感じていた。

そんなある日、俺はナッツがいない時に他の連中に告げてみた。

「なぁ、何か俺たちからナッツに返せるものってねぇかな」

なんでもいい。なんでもいいから、与えられることに甘えるばかりじゃなく、少しでも自分たちに出来ることをみつけたかった。

「おんがえしってこと?」
「そうだ」
「おっ、いいじゃねぇかそれ!やろうぜ」

そう言ったウボォーだけじゃなく全員がノリ気だった。
俺たちは寄り集まって、慣れない事を精一杯考えた。

人のために何かをしたいと、そんなことを考えたのは初めてだ。
これはおそらく俺たちがナッツに感化されているせいだ。これがいい変化なのか悪い変化なのかはわからないけど、ナッツを思ってみんなであーだこーだと話をするのは楽しかった。

「料理を作るとか?」
「ナッツの持ってくる飯の方が美味いに決まってるだろ」
「何かプレゼントを用意するのは?」
「プレゼントってなんだよ」
「ワタシたちが人に渡せるものなんて何も無いね」
「おはなー!」
「花なんてどこに咲いてんだよマチお前見たことあんのか」
「ない…」
「じゃあみんなからナッツ姉にちゅー!」
「却下!」
「あいつなら何でも喜ぶんじゃねぇの?」
「それもそうだけど、それじゃダメだろ」

そうして話し合った次の日、打ち合わせどおりにシャルとマチがナッツに近づいた。
シャルがナッツのシャツの裾をちょんちょんと引いて、小さく首を傾げる。

「ねぇナッツ姉、何かおれたちにしてほしいことない?」
「へ?」

そう…話し合った結果、結局ロクな答えが出なかった。
それも当然、そもそも俺たちが持ってるものなんて何も無い。出来ること、と言っても俺たちが考え付く分では高が知れてた。

だから「仕方ない本人に聞こう」と言ったクロロの意見を採用したんだ。質問者にチビ二人を選出したのは単なるあいつら二人の希望だった。

「なんでもいいよ」
「急にどうしたんだい?」
「えんりょしなくていいから」

マチはナッツの足に抱きつきながら笑顔を見せる。
チビ共のこのスキンシップに弱いナッツはでれでれし始めた。

「おれたち、ナッツ姉におんがえしがしたいの」
「したいの」
「なんなの君たち超かわいい。もう十分だよ僕今すごく癒されたから」
「「えー」」

これでいいんだってさー!と叫びながら二人がこちらを振り向く。
俺たちはみんな顔を見合わせるとため息を零した。いつも見返りを求めないあいつがこんな俺たちの提案に簡単に甘えるわけないとは思ってたが…やっぱあいつらを行かせたのは失敗だったか。

「なぁ、なんかねぇのか?」

仕方なく俺が再度聞きなおすとナッツはチビ共を足元に纏わりつかせたままこっちを見て微笑んだ。

「やっぱり提案をしたのはフランくんかい?」
「は…?なんでわかったんだ」
「なんとなく。そういうことを考えそうなのはフランくんかなぁって」

フランくんはやっぱそういうタイプだよね、と納得した様子のナッツにすごく「どういうタイプだ」と聞きたかった。だがこれ以上話を脱線させたくもなかったので結局黙ることに。

「いいんだよ、別に。僕がやってることは全部僕が好きでやってるんだ。何か返さなきゃ、なんて思う必要はないよ」

好きでやってるって…そうじゃないだろ。
お前は俺たちに頼まれて、断りきれずに引き受けただけだったじゃないか。
戦い方を教えるのだって、あんなに嫌がってた。それを、あたかも俺たちの間には何の貸し借りもないかのように自分だけで抱え込むとか…本当にこいつは、わけのわからないことだらけだ。

「それに君らがそんなことを考えてくれたってだけで僕は十分うれしい。ありがとう」

ナッツは本当に嬉しそうに笑って、手近なチビ二人を抱きしめた。
普通の人間がこんなことを言ったら、俺はまず信じない。
"何かしてあげようと思った"なんて、そんなことを聞かされたぐらいで普通人間は喜ばない。気持ちだけで嬉しい、とかそんなの現実ではありえない話だと思ってる。

だけどなんだろうな、こいつがそう言うならそうなんだろうなって今俺はそれを普通に受け止めた。
こいつがいつも、普通ならありえないようなことばかりするような奴だからだろうか。
善意に偽りの無い彼女だから、言葉だって全部本物なのだと信じてしまうのかもしれない。

「でも俺たちの気がすまねぇんだけど」
「あら。うーん、じゃあ肩たたきでもしてもらおうかなぁ」

彼女はいつも俺たちと同じ目線で話をし、同じ場所で同じ空気を吸ってくれた。
風呂どころか水浴びすらまともにできない俺たちを抱きしめるのに躊躇したこともない。
無償で惜しみなく与えるものを恩に着せたりもしない。
常に俺たちの最善を考えてくれていた。

彼女の善意の中にも裏にも、偽りや綻びが見えることは一度だってなかった。
偽善者じゃないのに善行を行う。
そんな彼女はまるで聖者のようだと、俺は勝手に思っていた。


ゴミ溜めの世界に差した光。
それは俺たちにとって絶対で、希望で、全てだった。

この頃の俺は、間抜けなことにそれを失う未来ってのをまったく考えていなかった。
俺らの別れは当然のことで、この道化ならではのありえねぇ話ってわけじゃなかったってのによ。ありえないことに驚かされてばかりのこんな日々が、いつまでも続いていくと錯覚していた。

だがありえない行動ばかりで形成された彼女も、あの時ばかりは常識に背いてはくれなかったんだ。


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