CLOWN×CLOWN


想い×現実×伝えたかった言葉


「僕のせいで…すまない、君を一人にしてしまって…」


…やだ、それを、貴方のせいだと言わないで。
僕を独りにしたのが、貴方?
嘘、そんなの、信じないから。
だってあれは、それは…ただの不幸な偶然でしょう。

「あやまら…ないで」
「いや、謝りたいんだ。全部僕のせいだ。あの日僕が、あんなところへ渡ってしまったから。いや、そもそも世界を渡るなんてふざけたことを、ずっと楽しんでいたりしたから。
…ああでもそれより…君を孤独にしてしまったことを謝るなら…あの日*lが、君を拾ったりしなければ」
「!?やめてよ!」

何を、何を言うの。
僕はそれに感謝こそすれ、謝られることなんてこれっぽっちもない。
やめてよ、謝るなんて。それじゃあまるで…

貴方が僕を拾ったことを、後悔しているみたいだ。

「ねぇ団長、僕は団長が好きだよ、貴方が何をしていたとしても、貴方が誰であったとしても、それは変わらない。だから僕は貴方を恨んだりなんかしない。いつまでだって、ずっと大好きなんです。ねぇ、謝らないでください。僕の想いが、否定されるようだ」

団長は驚いたように目を見開いた。
そこにはうっすらと涙が浮かんでいて、僕は彼の舞台にもうすぐ幕が下りることを悟った。
そして彼は、小さくごめんねと呟いた。謝らないでって、言ったとこなのに。

「…団長、悪いと思うなら消えないで」
「………」

うっすらと姿が薄くなってきた団長。タイムリミットが近いんだろう。もうすぐきっと、見えなくなる。

「僕ね、具現化系なんだ。頼もしい念獣の相棒がいるよ。彼はね、僕のオーラを使って自分を自分の意思で具現化させて生きてる≠だ。ねぇ団長も、そんな風なことできないかな。いくらでも僕のオーラ使っていいから。いてよ、ここに。消えないでよ。独りにしないでよ」

悲しそうな笑顔を見せる彼に、縋りつきたくて仕方ないけど。
その手はどうせすり抜けてしまうということを知っている。
だから、今にも涙の零れそうなその瞳を見つめることしかできない。

「ナッツ…ありがとう」

今度はお礼なんて言うんだ。
ずるい。

「団長、泣かないでくださいよ。勝手に舞台を下りるなんて許しません」
「僕はもうとっくに舞台を下りてるよ。僕のショーは終わったんだ。次の舞台も用意されていない」
「そんな断言しないでください。前々から思ってましたけど、団長引退するの早すぎですよ。まだまだ現役でクラウンできたでしょ」
「いやいや、もう僕も年だからね。とっととのんびり老後を送るさ」
「やだ、だめ」
「年寄りは労りなさい」

どんどん見えにくくなる団長。
やだ、消えちゃう。消えちゃう。

「ナッツ、君も今の舞台はもう下りなさい。君は十分、頑張った」
「嫌だ、僕は…」
「君にはちゃんと、次の舞台が用意されているから」
「やだ、やだやだやだ」

彼の瞳から零れた涙は形を保っていられず、落ちた瞬間ふわりと消える。
僕は彼の涙を初めて見た。それはとてもきれいで、悲しくて。

「…クロロ君」
「?」
「この子を頼むね。僕はもう、この子の涙を拭ってやることすらできやしない、役立たずの老いぼれだ」
「団長…」
「…泣き虫だった君を、泣けない子にしてしまった僕を許しておくれ。そのせいで今まで苦しませてしまったことを、最後にもう一度だけ謝らせておくれ。覚えているかい?昔僕が言ったこと」

新たな舞台に立つ前には、泣きなさい。思い切り。その涙が枯れるまで。
そうして次の舞台には、笑顔で立ちなさい。


「愛してるよナッツ」

新たな舞台に立つ君を、いつまでも見守っている。





すっと空気に溶け込むかのように、その人影は消えた。
もうそこには、何もない。

「…死んで尚発動する念というのは、探せば実例がいくつかある」

団長が消えたその場所を見つめながら茫然としていると、クロロ君が急に僕の肩を抱き寄せた。まったく力の入らない僕の体はいとも簡単に倒れる。そしてぼすっと彼の腕の中に納まった。

「俗に言う呪いなんてものは、ほぼ念能力者のそれだ。だがそれが『呪い』という形じゃなく、ただ『誰かに何かを伝えるため』という形で現れるのはめずらしい。恨みや辛みなんかの負の感情は死後も俗世には残りやすいが、純粋な想いというのは儚いものだからだ」

なんだかオカルトチックな話が始まったなぁと思った。
そういえばこの子は、どんな知識だって詰め込む雑食系だったな。

「つまり…あの男は、よっっっぽどお前に謝りたかったようだな」
「………」
「それと、伝えたかったんだろうな。最後の言葉を」


愛してるよナッツ
新たな舞台に立つ君を、いつまでも見守っている。


「…うん」
「わかっただろ、あいつも今のお前を望んじゃいない。もう我慢はするな」
「―――っ」

そっと瞼にキスが落とされて。
僕の両目いっぱいに溜まっていた涙は、ボロボロと零れ出した。
涙は消えることなんかなく、徐々にクロロ君の胸元を濡らしていく。
後で謝ろう。そう決めて僕はそのままその胸に縋りついた。



ああ、知っていたよ。
本当は、わかっていたよ。

僕は悲しかった。
僕は寂しかった。
僕は泣きたかった。

ずっと、ずっと。

さっきよりもっと強く抱き寄せられて、感じる温かさ。
それに必死で縋りついて、僕は声を殺して泣いた。

僕は誰かに言ってもらいたかった。
それは既に喜劇の舞台じゃないと。

僕は誰かに許してもらいらかった。
クラウンである僕が涙することを。

僕は誰かに傍にいてもらいたかった。
僕の心は弱いから。

僕は誰かに与えてもらいたかった。
現実と向き合う勇気を。

悲しんでしまえば、もう僕は喜劇の舞台には戻れないと、そう思って。
とっくにそのショーは終わっているのに、臆病な僕は終幕を拒否した。
エンディングを受け入れなければ、僕はいつまでも舞台にいられると…信じたかった。


でも、これが現実。


間抜けなクラウンはとっくにその舞台から引きずり降ろされて、幕は無情に下ろされていた。
僕はただ…そんな舞台から目をそらしただけだった。



新たな舞台に立つ前には、泣きなさい。思い切り。その涙が枯れるまで。
そうして次の舞台には、笑顔で立ちなさい。




今は泣いてもいい時。許される時。

「団、ちょ…みんな…っ!」

明日から、僕は新たな舞台に立つ。
だからそれまで。

この涙が枯れるまで。

「うっ…うっ…」
「…お前が昔泣き虫だったとは、意外だな」

もうしばらく、この胸を貸していてくださいクロロ君。




























「愛してるよナッツ」

































「…僕だって愛してるよ」

















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