CLOWN×CLOWN


疑問×幽霊×消えたサーカス団


「サーカスの連中はどうしたんだ」
「はは、みんないなくなっちゃったよ」

無機質な言葉の後には、上辺だけの笑顔が残った。
ああ、これじゃ駄目だ。つまんない。
何もおもしろくない。
おもしろくない事実におもしろくない台詞。そんなことで道化が勤まると思っているのか。
僕は出来るだけ滑稽に面白おかしく伝えるための言葉を必死で探した。

どうすれば人を笑わせられるのか。
どうすれば僕を笑ってもらえるのか。
僕はそれだけを考えればいい。
クラウンの僕の仕事は、それだけだ。


他には何も考えるな


恐ろしいほど整っているクロロ君の顔が、わずかに歪んだ。
その時突然目の前が白く光った。

「!」

反射的に目を瞑る。クロロ君が僕を抱き寄せてくれたのが感覚でわかった。
彼の服を握りしめながら、薄く眼を開く。まだ眩しい。
けれど徐々にその光は弱くなって、だんだんその光の中心に人影が見え始めた。クロロ君は殺気を纏って警戒している。

でもなんだろう…
僕には何故か、その警戒心が湧かない。
ただなんだかドキドキする。
何かを期待している、僕がいる。

「ナッツ」
「―――っ」

はっと息を呑む。
口の中の唾液が、一瞬にして乾いて口内に張り付いた。

「団…長…?」

目の前にいるのは、あの日確かに死んだはずの団長。
すごい、すごい、すごい。
本当に、僕がずっと舞台の上で待ってたから…会えるようになったの?

「足、ある?」
「一応あるみたいだね。僕も初めてのことだから、よくわからない不思議な感覚だけど」

状況に頭が追い付かず、隣で僕と同じように固まってるクロロ君にとりあえず視線を送ってみる。
…視線が返ってこない。肝心な時に役に立たないんだから。

「ナッツ、時間があまりない。だからなるべく手短にしなきゃ」
「…へ?」
「だからとりあえず…」
「はあ…」
「ごめんね」
「は?」

なんだ、なんだまったく理解できない。
とりあえずわかることは…団長なんだかノリが軽いです。
団長の手がこちらに伸ばされてくる。思い出したようにクロロ君が再び警戒を露わにするけど、何の意味もなかった。
伸ばされた手は僕に触れることなく、その頬を通り抜けたから。
何の感覚も、ない。

「…はは、やっぱりさすがに駄目か」
「団長…?」
「ナッツ、今からね、今までのこと全部の説明をするから。聞いて」
「…全部って?」
「全部は全部。例えば、なんで僕は今ここにいるのかとか」
「!」

ちょっと待って待って待って。
そんなことより僕、え、そんなことっていうかそれも大事だけど、それより、えっと、え…
え?
とりあえず抱きついていいですか団長。

「だんちょーーー!」

ガバァッ!!ドシャァァッ!!

「…今僕には触れないってことがわかったとこでしょう馬鹿」
「何してるんだナッツ」

団長のふくよかなお腹を突き破って地面に強烈な顔面スライディングをかました。
…本当ならあのぽよんぽよんのお腹にたぷーんってなるはずなのに。

「ね、時間がない。聞いて。ナッツ。聞いてほしいんだ」
「…わかりました」

クロロ君に手を借りて起き上がりながら、僕はごめんなさいと言った。
状況理解とか心境整理とかは、後回しってことですね。

「まず、僕が今ここにいるのは…」
「あんたの念だな」

クロロ君の目には、昔よく見た『興味深げな色』が浮かんでいる。
それでニヤリと笑えば、見事に悪人ヅラだった。

「そう、正解だよクロロ君」
「今のあんたを形作っているのは、オーラの塊。実体化まではいかずとも、ここまではっきり可視できるまで死者が己を具現化できるとは…こんなものは初めて見た。あんた具現化系か?」
「いいや、僕は特質系だ。いろんな世界を自由に行き来する―――それが僕の念」
「世界を行き来…?」

…おいちょっと待って。
僕を置いていくな、ついていけてないんだよ。二人で会話しないで。

「団長って…」
「……僕はもともと、この世界の生まれなんだ」

…団長が、この世界の人?
ユーラシア大陸やアフリカ大陸があるあの世界じゃなくて…
ファンタジーに溢れた、この世界の?

「僕は死ぬ直前に、最後の念を発動させたんだ。死後の世界から、この世界へ渡れるよう。君と話ができるよう。だから今僕はここにいる」

死して尚発動する念…面白い、とクロロ君が呟いた。
でも僕は今そんなものを考えるどころじゃない。それはつまり?それってつまり、どういうこと?

今更だけどほっぺたを軽く抓る。痛い。ていうかさっきの顔面スライディングで痛みがあることは証明されてる。
夢じゃないってのは、わかるけど。わかるけど…

「…少し思い出話を、聞いてくれるかい?」

僕は無意識の内に頷いていた。
心が逸る。心臓の音がよく聞こえる。

「…この世界で念を身に付けた僕は、仲間と一緒にいろんな世界を旅した。 つまりニーナやニックなんかも、僕と同じ…この世界の出身者だ。彼らは結局念は使えなかったんだけどね。僕との世界旅行を一緒に楽しんでいたよ。 

その中でも僕らが好んだ世界が、ナッツの生まれたあの世界だ。あの世界は念も魔法も何もなくて、機械的で科学的で、人々は一様に平均的。普通≠フ概念を抜け出さない。科学で証明できないことを否定し、ひどくシビアな現実社会を受け入れている。

そんな世界では、不思議≠売りにするサーカスはとても好まれた。現実的な人々だからこそ、現実離れしたものに魅かれるんだ。だから僕らはあの世界をよく訪れた。仲間も集まり、わずかな人数でスタートしたサーカスはいつの間にか大家族になった。

…楽しかったなぁ、本当に。ああ、君たちの知らないうちに、あのサーカスは何度も世界を渡っているよ。ここと、あそこだけじゃない。いろいろな世界を。秘密にしてたわけじゃないんだ、ただ言わなかっただけ。問われれば答えたさ。まぁ世界を渡るなんて非常識、普通気付くわけもないんだろうけど。 
それで…一年ぐらい前だったか、みんなで一度この世界に来たんだったね。覚えているかい?」

僕は「もちろん」と頷いた。

「…何カ月も同じところに留まるのなんて、初めてだったし…あれはもしかして…あそこが、団長たちの故郷だったから…?」
「はは、うん、そうだね…何十年ぶりだったんだ、帰るのは。お察しの通り、僕らはあの流星街というスラムで育った。正直そりゃあ、いい思い出ってのは少なかったさ。だから僕らはこの世界を旅立ってから、ここへ戻ってきたことがなかった。戻る必要もなかったし、戻りたいとも思わなかったから。
 だけど何を思ったか、あの時…僕らはこの地へ帰ってきた。単なる気まぐれだ。しかし帰ってきたら帰ってきたで、ひどく懐かしくてね。ナッツが仲よくしていたあの子たちなんか、まるで昔の自分を見ているようだった」

団長はちらりとクロロ君に視線をやった。その目元は、いつもと変わらずやさしい弧を描いている。
…そういえば聞いたことがある。団長がクラウンになったきっかけは、子供のころに出会ったサーカスだったって。僕と同じだねって笑ったんだ。

「君が子供たちに念の指導をしているのも驚いた。僕の真似から始めて本当に念が使えるようになってしまっていた君の、急速な成長が嬉しかったよ。だから僕はね、その子供たちが念をちゃんと扱えるようになるまで、待とうと思った。君たちの修行を見届けようと思った。
 しかし…世界を渡るとなると、その制約はとても厳しいから。その制約の一つに、世界へ留まることのできる期間ってものがあってね。あの時は、最後まで君を待ってあげることができない内に期間切れになってしまった」

だからあの日は帰りがあんなに急だったんだな、と僕は思った。
何故誰の目にも触れず逃げるように立ち去らなければならなかったのか不思議だった。それはあの子達に見送りをされるわけにはいかなかったからなんだ。

「一度むこうの世界へ行ってから、もう一度この世界へ戻ればいいと思った。すぐに戻るのは無理だけど、一定の期間をおけば、また同じ世界へ行くことも可能だから。
 でもそれなのに…できなかったんだ」
「できなかった…?」

俯く団長を見つめながら、だんだん喉が渇き始めた。
―――嫌な予感がする。

「だんだんと世界を渡る回数も減り、年もとって、力がにぶったか、劣ったか…この世界へ、戻ることができなかった。そして、あの日…やっと渡れたかと思ったのに。そこは、僕が望んだ場所ではなかった」
「…!」

あの日ってまさか…―――

「僕のせいで…すまない、君を一人にしてしまって…」


top

- ナノ -