CLOWN×CLOWN


寝込み×アジト×不必要な真実


目を覚ますと、視界いっぱいがクロロ君でした。

「…近くないかい?」
「キスしようと思ってたから。タイミングいいんだか悪いんだかで目覚めるなよ」
「なるほど、ごめん。…て、え、ああ、それ正直に告白しちゃうんだ…じゃなくて、え?キス?」
「ああ」
「てか近い、どこうか」

十年の時を経て随分男前になったその顔を押しのけつつ、僕は恐ろしいほどふっかふかで大きいベッドから起き上がった。
…その顔のドアップのせいで、目覚めてからものの一秒もしない内に気絶する前のことを思い出さされて、一瞬の現実逃避さえ許されないなんて。昔の面影を残しつつ大人になったその顔が、今ちょっとだけ憎らしいぞ。

「…無事目覚めてよかった、ナッツ」

さっきは目覚めるなって言われた気がするんだけど。
とはまぁ、クロロ君のその色気満載な笑顔に気押されて言えず。降ってきた額へのキスも、そのまま受け入れた。

「はは。クロロ君、キス好きなんだ?」
「ほんとは口にしたかったけど」
「…それは大事な人のためにとっときなさい」

小さい頃はただのマセガキだったけど、今はこれ間違いなく大人だ。
残念ながらタラシだ。

「…とっといてなくてごめん」
「は?いや僕に謝られても…。というか、ここどこ?」

しゅんとしたクロロ君かわいい。
でもそんなこと考えてる場合じゃないんだな。前髪下ろしてる方がいいね、とかオールバックはやっぱり正直言って似合ってないと思うんだ、とか言うとこでもない。

僕がベッドに寝ているのは、彼らが気絶した僕を運んでくれたということだろう。それには感謝しかない、ありがとう。
とりあえず僕はどれぐらい寝てた?ライトはどうなった?そしてやっぱりここはどこ?

「ここは俺達のアジトだ。本当は俺の家に運びたかったが、フィンクスもシャルも自分の家にしようと言って譲らなかったから仕方なくここ」
「そう…ご迷惑をおかけしまして…」
「気にするな。ところで、いい加減こいつをどうにかしてくれないか」
「へ?…あ、ライト」
「ガウ」

なんで気付かなかったんだろう、こんなに大きくなってるのに。君はきっとずっと僕の傍にいてくれたんだね。
どうしてクロロくんの頭に噛みついているのかは疑問だけど。なんで僕ほんとにこの子に気付かなかったんだ。ものすごくインパクトあるよねこの絵。
ていうかライトほんとにおっきくなったなぁ、クロロ君丸呑みにだってできそうだね。

「クロロ君、頭流血してるよ?大丈夫?」
「だからどうにかしてくれって言ってるんだ…」
「おいで、ライト。かじかじしちゃ駄目」

手を伸ばすと、ぺっとクロロ君の頭を吐き捨ててから僕に近づいて顔を舐めてくれるライト。
愛くるしかった顔は随分勇ましくなって、言葉数も少し少なくなったような気がする。ああ、我が子の成長が急過ぎてちょっと寂しい。

「どうして噛みつかれてたの、クロロ君。我が子自慢で申し訳ないけど、この子いい子だから、何の理由もなしにそんなことしないと思うんだけど…」
「俺が寝てるお前に近づいたら噛まれた」
「ああ、僕を守ってくれようとしたんだねライト。ありがとう、でもクロロくんを警戒する必要はないよ、大丈夫。ごめんねクロロ君、この子警戒心が強くて」

なんだか、考えなきゃいけないことはもっといろいろあると思うんだけど…僕は自分が思っているよりやっぱり混乱しているらしく、あまり頭が回らない。何をするのも億劫で、ベッドから降りることすらしていない。
みんな心配してくれただろうから、目を覚ましたことをちゃんと伝えに行かなきゃいけないけど。どうして十年なんて月日が経っているのか、調べなきゃいけないけど。クロロ君の頭、手当しないといけないけど。
まだしばらく動きたくない。

「…そいつは、何らかの条件のもとでお前を守るようにできているんじゃないのか?」
「いや?この子の行動はすべてこの子自身の意思だよ。僕は何もしてない」
「念にそこまでの意思があるのか…?変だとは思ってたが、やっぱり…」
「…クロロ君、この子はライト。よろしくね」
「グルル」
「…?ああ」

仲良くなって欲しくてそう伝えてみたけど、クロロ君は結局ライトの名前を呼んではくれなかった。
そしてライトはライトでなんだかよろしくしたくなさそう。…クロロ君、完全にこの子に嫌われちゃってるな。
 
「…十年も経ったのに、ナッツは変わらないな」

ベッドの傍の椅子に腰かけるクロロ君は小さく笑みを浮かべながら僕の髪を撫ぜる。
ライトが低く唸るけど、気にしないことにしたらしい。

「…クロロ君はおっきくなったね。クロロ君だけじゃなくて、みんなも…僕だけ取り残されて、正直どうしたらいいかわからないよ」
「取り残される?」
「僕の時間は一年しか進んでないから。その、十年なんて知らないんだ…」
「…ピエロに時は存在しないってことか?」
「!…ははは、それいいね。そうしよう、僕は年を取らないクラウンだ」

タイムスリップしたよ、なんて馬鹿げた話は黙っておいて、そういうことにしておこう…

……ん?タイムスリップ?
いやそうじゃない。
僕は、僕の知らない世界に来たはずだった。時空じゃなくて、空間を越えていたはずだった。
でも僕は過去に間違いなくこの目の前にいる彼と会っているんだけど…?

え、ちょっと待てどういうことだ。

えーっと、子供の頃の彼らと出会ったのは一年前で、僕が空間を越えた迷子になったのは数ヶ月前。これは間違いない。だって僕はこの子のいたスラムを出た後、アフリカ大陸の町をめぐっていたもの。この世界にはいなかった。

だから、だから、どういうことかって言うと…?
クロロ君たちはもともと『こっちの世界』の住民で、僕は以前にも―――クロロ君たちと出会ったあの時にも、空間を越えて『こっちの世界』に来ていたのか?サーカスのみんなと一緒に?そして一度僕のよく知る『あっちの世界』に戻ってから、もう一度、十年後の『こっちの世界』に戻ってきた…ってこと?
すごいごちゃごちゃしてるけどざっくり言えばそういうことだよね。
あ、じゃあ僕は…

「帰れるかもしれないんだ」

勝手に決め付けてた。僕は知らないところに来てしまったから、もう帰れないって。
でも違うんだ。
だって前例がある。あの時はあっちに帰れた。それも知らないうちに。
へぇ、帰れるんだ。

「ナッツ?どうしたんだ?」

でも帰ったところでどうするんだ?
戻ったところで…あの日常はおそらく帰ってはこない。
無意味だ。

「ナッツ…?」
「ううん、なんでもないよクロロ君」

なんて、くだらない。
まったくもって不必要な事実と理解と期待。

帰れるかもしれない。
そう気づいたところで、帰りたいなどとは到底思えなかった。

「どうしたんだナッツ。顔色が悪い」
「え、そう?ほんとに何でもないよ、心配しないで。ところでクロロ君、僕はどれぐらい眠ってた?外はまだ暗いみたいだし、そんなに寝てたわけでもない?」
「いや、お前が倒れてからもう丸三日経ってる」
「三日!?」

ええ、そもそも何で僕そんなに寝てたんだ?
…ああ、そうそうライトがおっきくなって僕のオーラが急激に減って、それにたぶん体がついていかなくて…

「…クロロ君。もしかしてライトは、僕が倒れてからずっとここにいる?」
「?ああ、お前の傍から離れなかった。誰かが近づくとすぐ警戒して…」
「ご、ご飯は…あげてくれた?」
「は?」
「も、もももしかして何も食べさせてくれてないの!?三日も!?」
「…おいナッツ、念獣の話をしてるんだよな?」
「ひどいよ、この子が飢え死にしたらどうしてくれるの!僕は君をそんな子に育てた覚えはありません!」
「はぁ?」

どうしてくれるも何も、クロロ君にはそんな義務も責務も端から存在しないわけだけど。なんていうか心なしか疲れた様子のライトを見ると、何かを言わずには気が済まなかった。
だけど僕は結局この後すぐ、普通の念獣は物を食べないというジンさんの言葉を思い出してクロロ君に謝った。
大体あの怒り方だっていわば僕の逆ギレってやつだ。もとはと言えばそんなに気絶してた僕が悪い。

「ライト…ごめんね、ありがとう。疲れたろう、ゆっくりおやすみ」
「グルル…」
「もう僕は大丈夫、安心して」

ぎゅっと抱きしめてあげると、ライトは目を瞑る。
そしてすっと姿を消した。

「!…消えるのもあいつの意思なのか」
「うん」

ちなみに僕の中にいる間は、ライトは食も何も必要としない。
更には、たとえ怪我等をしても彼は僕の中にいると通常より早く回復できる。空腹もしかり。次に出てきた時、ライトは当然空腹など感じていないはず。

「…やっぱり、変わった念だな」
「そう?」

僕は念使いをあの盗賊たちとジンさんぐらいしか知らないから、変わっていると言われても比べる対象があまりないせいでわからない。ジンさんにいたっては能力見たことないし。

…あれ?でもおかしいな。
僕はここで初めてこの疑問にたどり着いた。
そもそも僕に“ネン”を教えてくれたのは団長だよね?なんで団長は“ネン”を知っていたんだ?

「…でもお前なら、名のある念能力者になっているに違いないと…思ってたよ」
「…?クロロ君?」
「だけどいくら調べてもお前のことはわからなかった」
「!」
「あのサーカスのことも。スラムを回る変わったサーカスなんてお前らぐらいしかいないと思ってたのに。ちっとも情報は得られなかった。影も形も」
「………」

当然だ。
だってきっとその間、僕らはこの世界に存在していない。

「何年かかっても無理だった。それが…どうして急に、一人で現れたんだ」

嫌だ、と思った。
クロロ君が聞きたいことは、僕が『あっちの世界』へ帰る必要性を感じない理由と同じものだ。
言わせないで欲しい。

「…なぁナッツ、サーカスの連中はどうした」

聞くな、言わせるな。
もうそれはないのだと、僕に理解させないでくれ。


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