CLOWN×CLOWN


理想×混乱×長くて短い十年


ナッツはほとんど何も変わっていなかった。俺の記憶の中のあの人そのままだ。とても十年の月日が経っているとは思えない。あれから十年というと、ナッツはもう十分いい大人なはずだ。
だがその姿は、未だにマージナルマンを卒業してすらいないように見えた。

「ナッツ」
「!クロロ、くん…?」

驚きに目を丸くするその顔も、まだ少しあどけない。ピエロとは年齢不詳の生き物なのだろうか。
そんなことを考えながらゆっくり近づくと、ゆっくりと後ずさられた。
…何故だ。
おまけに犬にも激しく吠えられる。何故だ。

「本当に、クロロ君…?」
「ワンワンワンワン!」
「ああ」
「ガルルル!ワンワン!」
「お、思い切ってイメチェンしたね…!オールバックか、かっこいい、よ!?」
「…疑問形なのか?」
「ワンワン!ワウン!」
「………」

見た目が変わらなければ、やはり中身も相変わらずだと思った。
というかうるさいな犬。

「…この石が誕生させる伝説の魔獣というのは、もしかしてそれのことなのか?」
「え、あ、いや?この子はそんな魔獣なんて禍々しいものでは…って、あれ?それ…」

にわかに熱を持つ石を手の中で遊ばせながら、俺は笑みを浮かべた。
ずっと遠い存在だったあの人が、今ここにいて。さらには俺の力が彼女のそれを上回っている。
それが嬉しくて仕方なかった。

「クロロ君それ、いつの間に…。…まぁいいや、それ僕にくれないかなぁ?この子、どーしてもそれがほしいらしくて」
「じゃあ俺達についてきてくれるな?」
「…んん?」

団長きたねーなどというノブナガの呟きが聞こえたが無視だ。
ナッツがこの場で、俺達の誘いを断るだろうと思ってはいない。だが保険は多ければ多いほどいい。

「これが欲しければ、俺に従え」
「…クロロ君ってあの頃から偉そうな子だったけど、さらに磨きがかかったね」
「誉められてるよ、よかったね団長」
「黙れシャル」

あえて俺が嫌な役に回ってやってるというのに、どいつもこいつも勝手なことを言う。
十年ぶりに見るナッツ。彼女は俺達と会ってから終始訝しげな顔だ。困っているような焦っているような、困惑しているような。
それにさらに追い打ちをかけるかのような俺の発言。だがそれは仕方ないと弁解したいところだ。
ここ数年、俺達幻影旅団のすべての力を持ってしても、一度もナッツの尻尾すら掴めなかった。
これはつまり、俺達の力不足や不運な偶然というより―――意図してナッツに逃げられていたと考える方が、可能性としては高い。
その理由はわからないが、とにかくこの千載一遇のチャンスをものにするためには打てる手はすべて打つべきだ。

「来い、ナッツ」
「…わからないな」
「何?」
「どうして僕にそこまで固執する?フェイ君が、なんだかすごく僕を探してたみたいなことを言ってたけど…それはどうして?十年…もかけて、僕に一体何の用?」
「!」

…まさか、そんなことを言われるとは思っていなかった。
ナッツはいつ会ったって、変わらぬ笑顔で俺達を迎え入れるのだろうと。
何年経っても、変わらぬ子供扱いをするのだろうと。
俺達がどんな人間になっていたとしても、そのままを受け入れてくれるのだろうと。
何年もずっと漠然と、そう思っていた。
そしてそんな彼女に会うことを、望んでいた。
だがそれは―――期待をし過ぎていたのか。
理想が高すぎた。
俺の思い出というものは、いつの間にか美化されていたのかもしれない。ここでナッツを引きとめる意味はないのかもしれない。
そう思うと急に今の自分が馬鹿らしく思えてきた。もういい、と石を投げつけてやろうとする。

でもその前に、俯いていた状態のナッツがどこからともなくコインを取り出した。
それを見て、ふと俺は動きを止めた。
コインではないどこかへ視線を向けながら彼女は手の中でコインを遊ばせる。それはナッツが考え事をする時に無意識に行うクセだった。

「…いや、ごめん。変なことを言った。僕今少し混乱してて」
「師匠…」
「はは、マチちゃん、今もそう呼んでくれるんだ?ありがとう」

両手で自分の顔を覆って…その一瞬でナッツは、ピエロメイクをすべて消した。
そしてにっこりと、素顔のままで笑ってみせた。

「―――!」

ナッツはいつ会ったって、変わらぬ笑顔で俺達を迎え入れるのだろう

「うん、そう、用なんていらないよね。僕と君たちの仲だもの。クロロ君、フェイ君、フィン君、シャル君、フラン君、ウボォー君、ノブナガ君、マチちゃん、パクちゃん、みんな本当に大きくなったね、僕だけ何も変わってないなんてショックだな」


「でもフェイ君は、他のみんなに比べるとあんまり変わってないね。年少期に筋トレはあんまりしちゃいけないっていう僕の言いつけ、守らなかったんでしょ」
「うるさいね。それ以上くだらないこと言てるとその口縫いつけるよ」
「おお怖い怖い。君は昔っから言葉が辛辣だ。直した方がいいよ、それじゃあレディが怖がってしまって近づいてこない」


「にしても…ウボォー君とフラン君、君たちの方は少々育ち過ぎてやしないかい?本当に人間か君たち」
「ひでぇなぁナッツ」
「たぶん人間だ」
「そうかそうか、まぁ人外生物に改造されたとかじゃなきゃいいんだ」


「マチちゃんとパクちゃんは、思ってた通り美人さんになったね。僕嬉しい。でも二人とも素敵過ぎて、変な虫がぶんぶん寄ってこないか心配だよ」
「そんなもん自分で追っ払えるから安心しなよ」
「ええ。私はナッツの方が心配だわ」
「うん」
「ええ、どうして?僕に寄ってくる虫なんて、僕のお菓子を狙ってくる蟻ぐらいなのに。もう二人とも、大きくなってもやさしいまんまなんだから。僕もっと心配になってきたよ」


「ノブナガ君はジャパニーズスタイルに磨きがかかったね、すばらしい!僕のサムライ育成計画は成功を遂げたらしい」
「そんな計画立ててやがったのか」
「やだなぁこの計画は君を思えばこそじゃないか。かっこいいよ、サムライ!ニンジャもいいかと思ったんだけど、それじゃ名前負けだと思ったからね。せっかくこんなかっこいい名前がついてるんだから、トノぐらいは目指さないと」


「ナッツ姉!オレは?オレは?」
「はは、シャル君は相変わらず可愛い。でもすごく体が鍛えられてる。頑張ったんだね」
「!へへ」
「ナッツ姉かぁ…懐かしいなぁ。後にも先にも、僕のことそんな風に呼んでくれたのは君だけだよ。また呼んでもらえるなんて思わなかったな」


「あ、フィン君、昼は逃げちゃってごめんね。フィン君を覚えてなかったわけじゃないんだけど、僕の記憶の中のフィン君と今のフィン君が一致しなくって」
「いいぜ別に。んなこったろーと思った」
「ほんとに、ほんとに忘れたりなんかしてなかったよ?あんないかつい―――いやいや素敵な男の子のことを、忘れるはずがない!」

そこまで鼻息荒く言い切ったナッツは、清々しげに笑った。満足したらしい。
俺はというと、手で石を弄りながら内心驚いていた。もちろん表面上はポーカーフェイス。
あいつは俺達の中の誰一人として、忘れてなんかいなかった。そしてあの頃と変わらぬ態度で、接してきた。

何年経っても、変わらぬ子供扱いをするのだろう

「それと―――クロロ君。『団長』だって?随分出世したもんだね」
「それほどでもない」
「サーカス団でも立ちあげたのかい?」
「いや…盗賊団だ」
「あら、サーカスじゃないんだ?残念。今ここにちょうどフリーのピエロがいるのに。君は器用な子だったし、絶対手品の才能があるとも思ってたんだけど」
「…………言うことは、それだけ?」
「…ハァ。いや…正直言えば、ちょっと悲しいなって思うよ。サーカスの方が嬉しかった」
「それはいい」
「…でも、僕にそんなことを言う資格はないだろう?それに…」

サーカスだろうと盗賊だろうと、君たちは君たちじゃないか。

「!」
「―――とまぁ、僕はこんなクサい台詞しか言えない」

だからもう何も言わないでおく。
…でもこれだけは伝えておこうかな。

「みんなにまた会えて嬉しいよ」


俺達がどんな人間になっていたとしても、そのままを受け入れるのだろう



嗚呼―――やはり彼女は俺の期待を裏切らない。
記憶の中の存在と何も変わらない。
高すぎた理想を悠々と越えてしまう。


気づけば俺は白い手袋をしたナッツの手に、奪っていた石を押し付けていた。


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