CLOWN×CLOWN


化石×下見×正体不明の胸騒ぎ


びっくりした。すごくびっくりした。
僕はばくばくする心臓を押さえながら、よろよろと石畳の道を歩いた。

ショーは大成功。お金をいっぱい投げてもらった。
ほくほくだ。このお金たちにどれだけ価値があるのかいまいちわからなかったけど、とりあえずいっぱいだった。

そして、フィンクスという人に会った。

彼は他の観客たちがみんないなくなった後も、一人そこに立って僕を見ていた。
コインをちまちま拾う僕の何が面白かったのかわからなかったけど。
なんていうか、凝視に近かったように思う。視線がずっと突き刺さっていた。

しばらくして声を掛けると、彼は少しだけ嬉しそうにした。
不思議だった。
彼は僕を知っていた。
でも残念ながら、僕は彼を知らなかった。いやたぶん、覚えてないだけなんだろうけど。

僕は一度会った人のことはそうそう忘れない。
なのにあの人のことは覚えてなかった。
本当に、全然記憶にない。あんな強面お兄さん、忘れようにも忘れられない気がするけど。
でもそんなの悪いと思って。僕は必死で思い出そうとしたし、無理ならなんとか誤魔化そうとか考えてた。
でもごめんなさいとも誤魔化しも言えないうちに、彼は怒ってしまった。
するとなんだかわからないけど、体がピリッとした。
それで瞬時に、まずいと理解した。この人は危険だと。
だから僕は逃げた。

そりゃあ忘れてしまった僕が悪いんだけどさ…あんなに怒らなくてもいいじゃないか。
すごく怖かった。

「ライト…僕、あの人といつ会ったんだろうか」
「クウン…」

フィンクスという人間を、知らないわけじゃない。
でも僕の知ってるフィンクスとさっきの彼は一致しない。

僕の知ってるフィンクスは、一年ほど前にゴミ捨て場で出会った男の子だ。
今思えば、ちょっといかつい顔とか言動とかは、さっき出会ったフィンクスさんに似てるかもしれない。
でもさっきのフィンクスさんが、あのフィン君なわけがない。
フィン君と出会ったのは、一年前だ。
その時彼は、まだ十代前半だった。当然今も、そのぐらいだろう。
けどどう考えたってさっきの人は、二十は越えてる。きっと僕より年上だ。
いくら成長期の男の子とはいえ、一年であれほどの急成長をすることはありえない。
よってフィン君=フィンクスさんではない。

そう、そうだ。そうと決まってる。
でもなぜか…

「引っかかるんだよな」

フィンクスさんの、あの悲しげな顔が…
頭から離れない。

「ワン!ワン!」
「ん?どうしたの、ライト……あれ?これ、博物館?」

なんと!
僕はふらふらと歩いているうちに、いつの間にか目的地にたどり着いていたらしい!

「Excellent!!」

…んー
関係ない話だけどさ。
僕は常に英語をしゃべっているつもりなのに、時々何か違うなって感じることがあるんだ。発音?…僕はネイティブなのに発音が変化したりするんだろうか。
わからない。
本当にどうでもいい話でした。

とにかく僕は、博物館に入った。
動物大丈夫ですか?と一応警備員さんに聞いてみると、笑顔で断られた。
僕は笑顔でそうですかと答えて、物陰に入ってからライトに僕の中に入ってもらう。
ごめんね、僕だけで見てきます。
…僕の中で、ライトは世界を見ていたりするんだろうか。
わからない。ライトがしゃべれたらいいのに。

「入場料は?」
「無料ですよ」
「へぇ」

良心的だ。
たったそれだけで僕は、この街はいい街だと思った。
そこそこの規模の博物館ではあったけれど、人は案外少なかった。観光客が少ない街なんだろう。住宅ばかりで、観光地になりそうな場所も見当たらないし。ただの博物館では客は釣れない。

「石はどこかな…」

残念ながら、僕は化石だとか古代生物の標本だとかに興味はない。芸術性を感じるようなものならまだしも、よくわからない骨や石に何を感じればいいんだ。よって展示品はすべてスルー。
そうするとすぐに、目当ての品の前にたどり着いた。思っていた感じとは違って警備員の一人も立っていない。他の展示品と同じように、ケースに入れられて並んでいた。
…本当にこれであってるんだろうかと不安になった。でもちゃんと札には『ほのおのいし』と書かれている。

「これかぁ…」

あ、なんか不思議な感じがする――とかいうのはさすがにないな。別に何も感じない。ケースに触れてみようとしたけど、周りの人の目が痛くなったのでやめた。

「ワンワンワン!」
「ん?ライトは何か感じるのかな?」

いつの間にか出てきたライトがケースの周りをぐるぐる走る。抱き上げて石が見えるようにしてやると彼はケースにへばりつき、さらにはそのケースを破壊しようと奮闘し始めた。やっぱり見るだけじゃ足りないらしい。どうしてもこれがほしいのか。
どうしようかなぁ、これは本当に泥棒するしかないかなぁ…

「ライト待って、ごめん今はまだどうもしてあげられないや。仕方ないから今晩にでもこっそり忍びこんで…って、あれ?そういや君、出てきちゃ―――」
「お客様、ペットの入場は禁止です」
「Oh…」

ぺいっと追い出されてしまった
ううん、なかなかに手厳しい。ライトがしょんぼりしてしまったじゃないか。

「出直そうか。とりあえず、そうだな…昼食でも食べに行こう」
「ワン!」

別にそんなに急くことはないと思ってたけど、やっぱり今日中に全部終わらせて今日中にこの街からずらかろう。
なんだかフィンクスさんと会いたくないし。
それにちょっと…なんだろ、嫌な予感?が、してきた。

「…宿取る必要も、ないな」

警備員よ覚えてろ、夜には怪盗クラウンの参上だ。
華麗に石をいただいてみせる!
そう決意を胸にガッツポーズを決める僕は、それをじっと見ている誰かの存在に、一切気づかなかった。
ジンさんの尾行も気付けた僕なはずなのに。
不覚。


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