CLOWN×CLOWN


街×ショー×予想外な再会


一日かけて森を出た。
まだまだジンさんほどスムーズにはいかない。

そして僕は今、要は一日かければこれたはずのいわばご近所さんな街に、初めて立っている。
なぜか噛みしめずにはいられない感動。
ライトを抱きあげてくるくる回る。楽しい。

人にライトを見られるのは危険だってジンさんに言われてたんだけど…
僕は今完璧にそれを無視してる。
だって傍にいてくれないと嫌だ。

「わー人がいっぱい…そういえばジンさん以外の人に会うの、久しぶりだ」

なんだか体がウズウズし始めた。
ちら、とライトを見る。
彼は「いいよ」とでも言うように可愛くワンと鳴いてくれた。

よし。やる。

瞬時に早着替え。きっと僕の動きが見えた人はいないだろう。
それから、どこからともなく取り出したラッパを思い切り鳴らした。

プホォォォォォォォォン!

人は驚いて振り返る。
そして僕を見てさらに驚く。

「It's show time !!」

クラウンはめずらしいですか?





***





その日俺は激しく機嫌が悪かった。

まず、朝がシャルのモーニングコールで始まった。
「フィンクスー?起きてるー?寝てたー?まだ5時だもんねーそりゃそうかーあははははは」
この時点でもう最悪だ。たぶんこいつのこのテンションを考えると仕事かなんかで寝てないんだろう。
さらにまだこれが仕事の話なら俺も我慢もできようものを、用件はと聞けば「なんとなく」だ。
迷わず死ねと吐き捨てた。

次に、朝飯を摂ろうとこの街で一番気に入っている喫茶店に行ってみると、休業日であった。
何故今日に限って。今日はせっかく早起きしたんだから(意図せず)と朝9時まで限定とやらのモーニングメニューを頼む気だったのに。
何が腹立つって、こんなに今腹が立ってるのにどーせ明日もこの店に来てしまうんだろう自分が腹立つ。
ここのコーヒーが美味いんだ。

三つ目に、じゃあ朝飯はどうしようかと街を歩いているとガキとぶつかり、服にアイスを引っかけられた。
その時既に俺の不機嫌はピークに達していたといえ、相手は只のガキでここは街中だ。
少し睨みつけただけで失禁でもしそうな勢いなそれをどうすることもできず、俺は溜息だけを残して立ち去った。

そして四つ目は、今まさに起こった。
そこらの人間の鼓膜全てを突き破る勢いの、どこか間抜けなラッパの音。
生来気が長くはない俺はそこが限界点だった。
殺す。そう決めて音の根源へと近寄る。

しかしその人間を見てふと足を止めた。

ラッパを吹いていたのは、能力者だった。
完璧な纏に、隣には念によって具現化された…犬?犬、だよな。
さらに姿は見えないが、そいつの傍に置かれた大きなカバンの中に、犬と似たようなオーラの塊がいるのがわかった。
そっちはわからないが、犬の方は完全なオートだと見える。ならば奴は結構な使い手だろう。

―――いや、そんなことはいっそどうでもいい。問題はそこじゃない。
その能力者…いやピエロに、俺は見憶えがあった。

ピエロはしゃべらない。
気味の悪い化粧を施した顔で、ただにっこりと笑う。
そして唐突に、手からハトを出してみせた。
付近にいた子供はとても喜んだ。それに気を良くしたのかそいつは次から次へとハトを出す。
飛び立っていく真っ白なそれらは作りものでもなんでもなく、生きていた。

この芸も見たことがある。
ただあの時これをしたのはアイツじゃなかった。
確か『団長』だ。あの時も初めは、この芸から始まった。

そしてそこから更に次々と繰り出される、手品の数々。
能力ではない。ただの手品だ。自分の体に剣を貫通させたり、物をふわふわと宙に浮かせたり。
手品の次は…

「たしか、猛獣使いが…」

だがどうだ、あの犬は猛獣には程遠い。
さすがに無理か、と思った。が、ピエロはパントマイムで犬に指示を出す。
猛獣は無理でも動物ショーはやるらしい。そしてその犬は―――芸がうまかった。

人はどんどん集まり、歓声と拍手は次第に高まる。
犬の後ろで、犬が芸を成功させる度に誰よりも一番喜んでいるピエロがなかなかに滑稽だった。
アイツらしいとも思った。

そして犬の出番が終わると次はピエロが軟体動物に変身する。
あり得ない方向に体を曲げ、それでも笑顔を絶やさないピエロ。
それが動くとどこからかヒイッと悲鳴が上がった。

それが終わると、ようやく本当に『ピエロ』の出番。
ナイフでのジャグリングでは、ナイフが十二本まで増えたところでピエロはそれらをぶちまけた。
すべてがピエロの体ギリギリを沿いなら地面に突き刺さり、ピエロはひどく大げさに、演技っぽく驚いてみせる。
さらに尻もちをついたピエロの頭上に、一番高く上がっていたナイフが遅れて落ちてくる。またどこからか悲鳴が上がったが、ピエロは間一髪といった様子を装いつつそのナイフを見事に歯で受け止めた。

それで芸は成功のはずだ。
だがピエロは、怒ったように立ちあがる。
そして客に背を向けて歩きだそうとした。

しかしそいつは、すぐに背中から地面へひっくり返った。
観客は一体何が起こったのかわからない。
だが起き上ったピエロが、見えない壁を触る様にペタペタと空中の手を動かしたため、ピエロがその壁にぶつかったのだとわかった。

「そういやアイツは、どの芸も上手かったが…パントマイムが一番得意だっつってたな」

起き上ったピエロは、やはり怒ったように今度は壁とは反対の方に歩き始める。
しかしまた見えない壁にぶつかり、反動で後ろへ倒れた。
だが後ろには先ほどから存在するらしい見えない壁。
ピエロは前後板ばさみになりながらぐらんぐらんと上体をゆらした。
もちろんそこに本当に壁など存在しない。
だからこそ客は笑った。ピエロの芸を馬鹿にして。

それからもピエロはいくつかの芸をやり終え、大仰に礼をしてショーを終えた。
かなりの短縮系ではあったが、アイツはたった一人でサーカスの舞台をやり終えたのだ。

犬が置いたシルクハットには次々と金が投げ入れられ、ピエロ自身にもコインが投げつけられる。
それをピエロが大げさに痛がってみせるため、客はさらに調子に乗った。
その様子に俺は苛立ったが、ここで俺がその客を殴り倒したところであのピエロが喜ばないことはわかりきっているから握った拳はそのまま収めた。

ようやく会えたんだ。
再会はできるだけ、感動的な方が好ましい。




「お客さん、ショーは終わりましたよ?」

すべてのコインを拾い終えたピエロは言う。
いや、今はもうピエロはピエロの姿ではない。いつの間にか着替えを終えている。
シャツにベストに短パン。至って普通の地味な格好。

ああ、アイツだ。

近づいて、エメラルドの瞳を覗きこんで。
俺が抱いていた確信は更に現実味を帯びた。
俺はこんなに綺麗な目を、他に知らない。

俺が近づいたことに驚いてか、ショーを行っていた時よりもはるかに小さく見える体をそいつは縮こまらせる。
警戒してか、犬がうるさく吠え始めたが気にならなかった。
今の俺は機嫌がいい。

「どうかしましたか?」
「変わってねぇな、ナッツ」

きょとん、とそいつは間の抜けた顔をした。
わからないんだろう。
こいつはほんとにまったく変わった様子がないが、俺はあの頃とは全然違う。

「ええと…」
「?」

不思議そうに見上げてくるそいつに、俺は少しの違和感を覚えた。
…ああそうか、見上げられるのに慣れていないんだ。
あの頃は俺の方が少しだけ、まだ背が低かったから。

「ごめんなさい、貴方のように素敵な男性を忘れるはずがないのだけれど…」
「…まぁ、仕方ねぇよ。あれから随分経った」

本当は、こいつならすぐにわかるんじゃないかと思っていた。
小さな期待をしていた。
こいつは―――ナッツは、俺達の期待を裏切ったことなんてなかったから。
だがまぁこれは、本当に仕方ない。

「お名前は?」
「フィンクスだ」

そう短く伝える。
それだけで十分だと思っていた。
それだけでそいつは、すぐに「ああ!」と大げさな動作で、思い出したということを表現してみせて…大きくなったねぇ、なんてまた子供扱いを始めるのだろうと。
漠然と思っていた。
だが―――

「えっと…どちらでお会いしましたか?僕、この街に来たのは初めてなんですけど」

俺のそんな思いは、粉々に砕かれた。


裏切り。


そいつの言葉は、俺の中でそれに等しかった。
殺気が滲み出るのが自分でわかる。
殺そうなんて思っちゃいない。だが出て行くもんは、止められなかった。
一気に警戒心を露わにするそいつ。俺達の間に立ち塞がり、さらに吠える犬。蹴り飛ばしてやろうかと思った。
しかしそれを察したのか、一瞬早くそいつは犬を抱いて後ろに飛んだ。

「ああ僕、先を急ぎますんで。失礼します」

にこっときな臭い笑みを浮かべ、大きな荷物を一気に抱える。
そして次の一瞬のうちにそいつは姿を消した。
相変わらず速い。

「…想像してたような再会とは、違ったな」

柄にもなく俺はちょっとだけ泣きそうだった。
だがすぐに気を取り直して携帯を手に取り、電話を掛ける。

やっと見つけたんだ。
今ここで逃がすわけにはいかない。

「ああ、団長…見つけたぜ」

電話の向こうで、相手が息を呑むのがわかった。

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