CLOWN×CLOWN


感謝×卒業×いつかはしたい親孝行


ジンさんと生活し始めてから、早数カ月。
ずっと大事に温めてるけど、卵はまだ孵らない。
でも時々動いたりしてるから、もうすぐ生まれるかな。

僕はその日、その卵を抱えながらジンさんの広げている新聞を後ろから読んでいた。
魚が焼けるまで暇なんだ。
ライトは僕の中にいる。
あの子はほぼ常に僕の傍にいるけれど、僕が何らかの用で入って≠「てと頼んだ時と、あの子自身が休息を取ろうとする時は僕の中に入って≠ュる。(僕の傍で眠っていたこともあるから、あの子にとっての『休息』と『睡眠』はまた別にあるのだと僕は思っている)

卵のこの子ももちろん僕の中に入れておくことはできるけど、それでちゃんと孵化できるのかがわからないから、一応常に出して≠「る。
ライトと卵のこの子、二匹同時に出しているのは僕自身が危険だとジンさんは言うけれど、(僕自身のオーラ量が減ることによって堅や硬はやわくなるし大した力も出ないから)危機感を感じたことはない。
当然だ。魔獣なんかに襲われて危険にあったとしても、ライトが僕を助けてくれるんだから。
でも、これが念≠ニいうものなんでしょう?そう言うとジンさんは渋い顔をする。

―――お前の念は決して便利なものじゃない。むしろ諸刃の剣だ。過信はするな―――

それが最近の、彼のお説教の常套句になった。

「ふうん…古代遺跡から新たな化石発掘。…名前はほのおのいし=H」
「――!ッワン!ワン!ワン!」

僕の目にふと飛び込んできた記事。
そのタイトルを読み上げると同時、僕の中で眠っていたはずのライトが外に出てきた。
ふっと一瞬、体が冷える。僕の生命エネルギーが減ったから。ジンさんにもライトにも言ったことはないけど、僕はこの感覚がそこそこに嫌いだった。

「何か引っかかることでもあるのか?」
「…うーん…?僕じゃなくて、ライトが…」

この森を出てすぐの街。その付近の遺跡で発掘されたのは、何故か絶えることなく熱を持った不思議な石。そしてその石と同時に見つかった、当時の古代文字が書かれた石板。学者によって一部の解読がなされたその内容は『この石が、伝説の魔獣を誕生させる』というもの。石板は解読が済んでいないため未だ学者のもとにあるが、その石は、街の博物館に期間限定で展示されるらしい。(石が熱を帯びている理由は判明できなかったとか)
この記事を僕が読む間も、そして読み終わった今も、ライトはめずらしく吠えまくって興奮状態だった。
僕もジンさんもその様子を不思議そうに眺める。ふと僕は尋ねてみた。

「ライト、これがほしいの?」
「ワン!」

ブンブンブンブン、元気に尻尾を振るこの子が証拠。
この子に何かお願いをされたのなんて初めてでうれしい。親冥利につきる。

「もしかしてライトがこれで魔獣になれたりして」
「ワンワン!!」
「ええ、ほんと?」

さも『そうだよ!』とでも言うようなライトに思わず笑った。まさかね。
でも少し興味が出てしまった。

「…師匠」
「あ?」
「僕これもらいに行ってきます」

ポカン。
そんな顔をするジンさんは特にめずらしくもなんともない。
ジンさんはこれぐらいの歳(三十ぐらい?)の男性にしては表情がとても豊かだ。

「本気で言ってんのか?」
「うん」
「…もらえると思ってんのか?」
「…どうしてもって場合には、強硬手段も厭わない方向で」
「………」

育ちが育ちだから、そういうことには案外抵抗がなかったりする。もちろんそれが悪いことだってのはわかってるけど…ほんとにこんなライトは初めてだから、せめて写真じゃなくて現物を見せてあげたいと思う。

「…えーっと、怪盗ナッツとかって。…どうでしょう」
「アホか」

デスヨネー。
でも僕は引き下がらない。もう決めたから。

「…ハァ」
「………」
「お前にはもう念の基礎は一通り叩き込んでる」
「うん」
「あとお前に必要なのは、実践を積んで得る経験値だ」
「うん」
「この森を出たら、もうここには戻ってくるな」
「!」
「俺ももうこの森を出る」
「………」

そうか、僕、捨てられちゃうのか。仕方ないか。泥棒するような人間、弟子にしたくないよね。
そっか…

「何かあったら電話してこい」
「…え、いいの?」
「何がだ?」
「…ううん!ケータイ頑張って使えるようになるね」
「お前まだアレ扱えてなかったのか!」
「機械苦手なんだよ!ていうか使う機会なかったし!」
「俺に掛ければいいだろ!」
「なんで!?用ないし!」
「用なくても掛けるんだよ!」
「意味わからん!」

それから僕らはジンさんのケータイ講義を受けながら魚を食べた。
やっぱり、彼の教え方は下手だった。でも僕は頑張って覚えた。
ジンさんはとても不器用だ。素直じゃないし。そんな彼のために、僕はこれからも頑張ろうと思う。

この人がいなければ、今の僕はきっといなかった。どれだけ感謝しても足りない。
それなのに…何も返せてなんかいないのに、旅立つことを許してください。
きっとしょっちゅう電話しちゃうんだろうけど。なるべく出てくれたら嬉しいです。

「いってきます、ジンさん」
「ワン!」
「あ、お前ポンポン能力使ったりはするなよ!絶対!」
「わかってますよ。…ねぇジンさん、何か、僕にできることない?」
「ああ?なんだそりゃ」
「少しでも親孝行がしたいという子供心だよ」

あ、生意気言ったかな。
そう思ったけど、ジンさんは小さく笑っただけで、不快そうな顔はされなかった。

「…そうだな…じゃあもしいつか、俺の息子と会うことがあったら…仲良くしてやってくれ」
「…えええええええええ!ジンさん子供いるの!?」
「ワン!?」

初耳なんだけど!

「ど、どこにそんな甲斐性が…!」
「…それには反論できねぇな。実際俺は生まれたばかりのあいつを故郷の人間に押し付けて逃げ出してきてる」
「………」
「あいつに会う気もねぇ」
「…でも心配?」
「…そうだな。俺の息子なら、あいつも…あんな小さな所に収まる人間にはならねぇはずだ」
「そっか。ならもし会うことがあったら…『弟よ!』って抱きついてみる。あ、もしかして兄の方なのかな」
「やめてくれ」
「冗談だよ」
「…年齢的には弟だ」
「…そうか」

…やっていいのか。
弟よ!を。下手すればそれは、既に崩壊してそうな家族をさらに粉々にしてしまうんじゃないのか。

「その子の名前は?」
「ゴンだ」

ゴン、か…
会えるといいな。なんとなく…その子、ジンさんに似てそうな気がする。この人に勝てる遺伝子を持ってる母親なんてそうそういないと思うから。

「ワン!ワン!」
「うん、行こうか。じゃあジンさん、さようなら」
「ああ」

すぅーっと、大きく息を吸う。

「Thank you ジン ! I love you !」
「うるさい」

…ひどい。


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