CLOWN×CLOWN


水見式×たまご×デキちゃった


念や体を動かすことについてとは違って、勉強を教えるのは苦手らしいジンさんの指導はメチャクチャだったが、それでも頑張って齧り付いただけあって、数週立つとそこそこに文章が読めるようになった。

そんな僕の最近の楽しみは、数日に一度街へ行くジンさんが買ってきてくれる新聞や雑誌を読むこと。
やっぱりメディアというものは大事だ。この世界のことがよくわかる。
ここはハンターっていう職業が有名で(ジンさんもハンターらしい)、マフィアが世界的にそれなりの権力を持っていて、それなりに物騒でそれなりに豊かでそれなりに平和で、それなりにそれなり。
つまりまぁ、念とかハンターとか魔獣とか、ちょっと物語チックなそれらを除けばここは、僕が今まで生きていた世界と、世界観としてはあまり変わりなかった。

どこへ行っても変わらないものは変わらない。
それは戦争だったり人間という存在だったりその他いろいろだったり。
メディアにはそれなりの悪が取り上げられ、同時にそれなりの善が取り上げられている。
そんなもんなんだろう。綺麗なところがあれば汚いところがあって、また汚いものを隠すためにも綺麗なものが必要になる。

なんだ、やっぱりここは僕の知らない国というだけで、異世界とかそんなのはくだらない妄想だったんだ―――
なんて。一瞬考えたこともあったけど、やっぱりそうではなかった。
新聞に僕の知っている国の名が挙がったことはないし、ジェニーなんていう通貨が世界共通であったりしたから。

だからと言って、僕がそれを嘆くことはないけれど。
笑って受け入れるしかないんだ。
なら僕は、ただ必死で生きるだけ。
だとすれば、情報は多ければ多いほどいい。
今日も僕は、新聞を端から端まで読みあさる。
活字が好きなのかと聞いてくるジンさんの言葉には、曖昧に頷いておいた。

「ジンさん見て見てー。はい、新聞にナイフを突き刺します。でもあら不思議、破れてなーい」
「そうか、よかったな」
「…ウン、ヨカッタヨ。でももうこれ読み終わったんだ」
「ならどうでもよかったな」
「うん」

…………。

つまんない、とライトの体を撫でる。
「クウン」彼は可愛く慰めてくれた。

道化師のパフォーマンスというものは基本パントマイムだ。
けれど最近の僕の芸はしゃべることが増えている。
…だってしゃべらなきゃジンさんこっちに目を向けてくれないから。

客がいないんだ。
さびしい。
人に笑われ馬鹿にされて、生きていくのが僕の仕事。クラウンであることが僕の存在意義。
だけど今の僕にはそれがない。
大きな夢を持ち、輝きに満ちた未来を見てるジンさんに、クラウンは必要ない。

ここに僕が存在する理由がない。
さびしいなぁ…誰か僕を、必要としてくれないか。

「おいナッツ、これに手をあてて練をしてみろ」
「…んー?」

川の水を汲んだ桃缶を僕の前に置いて、ジンさんは唐突にそんなことを言った。
ちなみに桃缶は一つ300ジェニーぐらいらしく、勝手に僕は1ドルが100ジェニーぐらいなのかなって思った。
物価が違わなければ、だけど。でもたぶんあってると思う。

「えーと…んじゃあ、いきます」
「…あ、ちょっと待てこれ忘れてた」
「?はっぱ?」
「ああ、これは水見式っていうんだ。水の上に葉を浮かべて、それで練をすることによって―――って、まぁんなこたいい。ほれ、さっさと練だ」
「はーい」

手に神経を集中。
しばらくすると、もこもこと水の中に何かが現れた。

「やっぱり具現化系か…特質系の線もあるかと思ったんだが」
「?」

何の話かさっぱり。

「おい、練はもういいぞ」
「もうとっくに止めてるよ」
「は?」

何もしてない。
何もしてないのに、まだ中のそれは大きくなる。
ぐんぐんぐんぐん。そのうちそれは桃缶を押し広げ、仕舞いにはぶちやぶってサッカーボールぐらいの大きさになった。

「な、なんだこりゃあ」
「…たまご?」
「!卵…!?」

なんとなくそんな感じがする。
ライトもなんか楽しげに卵の周りくるくる回ってるし。
親近感とかあるのかもしれない。…ライトは哺乳類っぽいけどなぁ。

「…俺がいつ能力を発動しろと言った。俺は練をしろと言っただけだ」
「僕はちゃんとそうしたよ」
「…あーなんだ、結局具現化なのか?特質か?わからねぇなぁ」
「…ねぇ、このたまご…生きてるんだと思う?」
「………」

無言で、二人して卵を見つめる。
そしてジンさんはおもむろにそれを手に取り、耳を当てた。
それから一言、「生きてる」と。

「そっか」
「…どうすんだ?」
「あっためる」
「…は?」
「きっとお母さん役は僕がしないといけないんだろうし」
「…今ならまだゆで卵にして食えるぞ」
「たとえ今の段階でも、殺しちゃったら僕は罪悪感で死ねる」

どうしてこんなことになってしまったのか、僕のこの念の発動条件がなんなのか、確定はできないけど…
僕のさっきの『必要とされたい』という気持ちに反応してしまったんだとしたら…

…そう思うと、自分の不用意さが愚かしすぎて、この卵にすごく申し訳ない。
気持ちは結婚しないままデキちゃったママだ。身勝手に殺すなんてことがどうしてできようか。

「…わかってんのか?下手したら一生これの面倒見てかなきゃならなくなるんだぞ。ライトのことは仕方ないとして、そんな簡単なことじゃ…」
「わかってる。だからこそ、あっためないと。ちゃんと孵化させてあげないと」

死なせてはいけない。創ってしまった僕がちゃんと責任を取らないといけない。
ジンさんはしばらくじっと僕の顔を見ていたけど、僕が目を逸らさないでいるとそのうち大きく溜息をついた。

「これはまだ言っていなかったが…ライトは、お前の念を奪って存在している」
「?」
「クウン?」
「意図してそいつがそうしているわけじゃないだろうが…ライトがこうして外に出ている時と、お前の中に引っ込んでいる時とでは、お前自身のオーラ量が格段に違う」
「つまり…ライトが僕の中から出る時、僕のオーラは僕とライトで分離してるってこと?」
「そうだ。ライトを形どってるオーラは間違いなくお前のものだが、そこに繋がりがない。完全に別々のものとして、存在している。始まりこそはお前が創った存在なんだろうが…今のライトは、要は媒体であるお前とは関係なく、お前から得た一定量のオーラを保つ個体として生きている
そして、この卵をさっきお前が創りだした時も…」
「僕のオーラが減った?」
「…ああ。能力を使ってオーラが減るのは当然なんだが…お前の場合、その減少量が普通とは桁違いだ」

なるほど。
要するに具現化する対象が多ければ多いほど、僕自身の生命エネルギーは微弱になっていると。

…うん、

「だから?」
「だからって、おま…」

不安そうにしているライトの頭をそっと撫でる。やさしい子だ、この子は。
君は何も悪くないと言い聞かせる。そして、この卵も。

不服そうなジンさんに「ライトみたいに役に立つような生き物かどうかもわからないのに」と言われたけど、僕はそんなこと気にならなかった。
役に立つとか立たないとか、そんなことどうでもいい。
そんなこと関係なしに、この子は僕の家族だ。

「ライト、家族が増えるよ。よかったね」
「…ライトの奴も『友達』から『家族』まで昇格とはやるな」
「ワン!」
「だってあの頃はこの子の親が僕だなんて知らなかったもの。今は、僕の大事な子供だよ」
「ワンワン!」
「はいはい」

呆れたと言わんばかりにおざなりな返事をしながら笑うジンさん。
まったく、創った念の能力が本人にわからねぇなんて、面倒な念だよなぁ。
そう言う彼は少し楽しそうだった。

「…うん、どんな子が生まれるだろうね」
「ワン!」


top

- ナノ -