CLOWN×CLOWN


言語×携帯×増えない観客


ジンさんが僕の師匠になって数週間。

念の修行をしたりライトと遊んだり魔獣なんてものと追いかけっこをさせられたり、狩りに出たり瞑想したりライトと遊んだり脱走を試みたりライトと遊んだり…
とにかくそんな毎日だった。
とってもスリリングなサバイバル三昧で、何で僕こんなことしなきゃなんないんだろうとか、僕は一体何になりたいんだろう(格闘家にでもなるのか)とか、いろいろ考える時はあるけど。それなりに充実してるとは思う。
体を鍛えれば、やっぱりクラウンとしても技のレベルは上げられるし。
まぁ命がけでロッククライミングとかダイビングとかまでする必要はないけど!

「あ、ジンさんおかえりなさい」
「ああ。なんだ、もうノルマ終わったのか?」
「はい」
「なら明日からノルマ増やすか」
「げ」

ある日の朝「所用で街に行ってくる」と唐突にここを旅立ったジンさん。
数日かかるのかと思いきや、その日の夜には帰ってきてしまった。
森を出るのには二週間かかるというあの言葉は、彼自身には当てはまらないようだ。

「ほら、これやるよ」
「へ?」

ぽいっと雑に放られた何かを受け取って、僕は目を丸くする。
なんだか見たことがあるようなないようなこれは、まさか…

「携帯電話?」
「ああ。こんな森の中だろうが砂漠の真ん中だろうが通じる優れものだ。俺の番号はもう登録しておいた。何かあれば掛けてこい」
「…使い方がわかりません」
「…お前いい歳して…」
「いい歳とかって歳でもないです!たぶん!」

仕方ないじゃないか、流れ者のサーカス団にそんなもの必要なかったんだ。
ていうかジンさんもケータイなんてハイテクな物を持つキャラだったんだってびっくりしてるんだよ僕は!電話掛ってきてるとことか見たことないよ、持ってる必要なんてほんとはないんじゃない?

「今失礼なこと考えただろ」
「いふぁい、いふぁいへふ!」(痛い、痛いです!)

鈍そうに見えるのに、意外と結構鋭かったりするジンさん。
心読まれるわ頬つねられるわで、生理的な涙が滲んだ。
この人大人げない上、容赦もないんだ。

「その堅っ苦しい言葉もやめろって何度言ったらわかるんだ」
「ふ、ふいふぁへん!ふへほふうはへいひふふぉひふふぁ…」(す、すいません!癖というか性質というか…)
「………」
「ふぁふぇふ!ふぁんはっふぇはふぇふはは!」(慣れる!頑張って慣れるから!)

紳士な僕としては目上の人には敬語ってのが当り前なだけだと言うのに。
理不尽。

「…はあ、じゃあケータイはこの説明書読んどけ。一応捨てずに持っておいてよかった」
「Ouch!」

またしても雑に放られたそれは、説明書というわりに分厚く、なんていうか参考書って感じだった。
角が額にぶつかって痛かった。わざとだと思われる。

しかしボトリと膝の上に落ちたそれの表紙を見て、僕は首を傾げた。
そして中身を見て、さらに首を傾げる。

「これ、この地域の文字?」
「…は?」
「やっぱり変だなぁ、僕間違いなく英語圏にいたはずなのに。死の森とか言われた時には自分が壮大な迷子になってるってわかったけど、言語が変わるほどだったとは」

だからいつの間に国境越えたんだって。びっくりだな、僕ってそんなに方向音痴だったのか。
…これ方向音痴ってレベル?

分厚い説明書にずらずらと並ぶ文字は、端から端まで、まったく見たことのない記号の羅列。
いろんなとこに旅してたから、結構いろんな文字は見てきたはずだけど。
もしかして僕は今、ものすごく辺鄙な国にでもいるんだろうか。

「ナッツ、お前その文字が読めねぇのか?」
「うん」
「それは世界共通語だぞ?」
「……?世界共通語は英語でしょう」

たぶん。
え、そうでしょ?

「エイゴ?どこの言葉だそれは」
「……え…?」

あれ?なんかこの会話デジャブ。

「…まぁいい。お前に関しては俺はもう何も驚かない」
「それどうゆう意味……」
「文字は俺が教えてやる。ノルマを増やすのはとりあえず後。ノルマを今までより早く終わらせて、勉強の時間にあてろ」
「…はーい」

いい子のお返事。
それに「よし」と満足そうに頷いてから、ジンさんは川の方へ歩いてく。
その背中を眺めながら、僕は傍で眠っていたライトを無理やり抱き寄せた。
瞬時に目を覚ましてしまうライト。でも彼は文句の一つも言わずに、僕の膝の上でもう一度眠りに着く。
ごめんね、我儘な主人で。やさしい息子を持って僕は幸せだ。

彼の背中を撫でていると、不思議と落ち着く。
ざわざわと波立つ心が、徐々に静まっていく。
そしていつの間にか激しく自己存在を主張していた心臓が大人しくなっていくのに気付き、僕は小さく息をついた。

……今まで、考えなかったわけじゃない。
ここはどこだろう、と。

でもそれを考えることは、怖かった。
その答えはきっと簡単に出せるし、同時に簡単には出せないと気づいていたから。
だから避けてた。拒否してた。考えることを。
けど結局知ってしまった。

ここは僕の知らない場所。

そして―――――


壮大すぎる迷子になった僕は、きっともう帰れない。
僕が生まれて、育ったあの場所には。

僕は迷い込んだんだ。このファンタジーの世界に。

嗚呼…


なんとも僕というクラウンらしい、可笑しな喜劇。

「…はは、」


そしてやっぱり今回も、笑ってくれる人は誰もいない。



top

- ナノ -