CLOWN×CLOWN


休息×ファンタジー×やさしい男


さっきの男性は、ライトは僕が創っただとか何だとか訳のわからないことを言っていたけど、やっぱそれはあの人の勘違い(?)だと思うんだ。
だってライト、可愛い顔して結構野性的。

「ライト、いっちょお願い」
「ワン!」

ボワワッ

背後の木の上に感じていた気配が、微かに揺れた。
さすがに驚いたらしい。この子が火吹くとか思わなかっただろうしな。
焚火の上でじわじわと焙られている鳥を眺めながら、僕はひっそりと溜息をついた。

すごくすごく、弱い気配だ。
そんな存在に気づいたのは、ついさっき。なんとなく、アレ?って思っただけだったけど。

でも気づいた今でも、意識してないとすぐに見失いそう。
意識してるって思わせないようにしながら、意識しないと。
何のために僕らの後をつけてきているのかがわからないから、警戒するのに越したことはないし。

「よし焼けた!食べようか」
「ワン!」

あ、でもあの人もご飯食べたいだろうな。誘ってあげるべきかな。
けど鳥は一匹。三人で突っつき合うほどの大きさでもない。

「ワン!」
「…うん、そうだね」

仲良くライトと二人でいただきました。




***




「本当に、街になんて辿り着けなさそうだな。どんどん森は深まるし、人の気配もないし」

僕の背後の約一名分を除いて。

「クウン…」
「とりあえず…どうしたものかな。この崖を越えるには」

ライトの案内によれば、森の出口はここをずっとまっすぐらしいし。
どうやってそういう判断をしているのかとか全然わからないけど、僕はこの子を信じてるから。
遠回りするより、まっすぐここを突っ切りたいと思う。

…それってやっぱ、登るしかない?

「僕はいいとして、君はさすがに無理だよね…」

紐か何かで僕の背に括りつけるしかないかな。

「ワン!ワン!」
「え?いける?」
「ウワン!」
「へー…じゃあ行ってくれていいよ」

バヒュンッ

「…………」

光速だった。

光速でライト、垂直に走った。お空に消えた。
いや、きっと崖の上で僕を待ってくれてるんだろうけどさ。
なんてハイスペックなの君ってば。羨ましい。

「…何なんだろう、一体」

どうしてあの子は僕の言うことを聞くんだろう。
なんで僕についてきてくれるんだろう。

…それは僕があの子を創ったから?

「…まさかね」

崖の上から、ライトが身を乗り出してこちらを見下ろしてくれている。
僕は崖をよじ登りながら、それに笑顔を返した。






そしてその日の夕食。
ライトが狩ってくれた猪みたいなの(ライトすごい)を調理(丸焼き)しつつ、僕は背後の気配に声を掛けた。

「一緒にどうですか?」

猪はでかい。三人で突っつきあえるぐらいには。

「…気づいてたのか」
「ええ。ご飯、食べましたか?」
「いや」
「ならどうぞ。美味しそうです」

僕のことを警戒しながら出てきたその男性は、ゆっくりと、焚火を挟んだ僕の正面に座った。
僕もライトも警戒なんてしてないのに、なんで向こうは殺気立ってるんだろう。
何かしたかな、僕。

ちらりとライトを見下ろすと、彼は尻尾をふりふりしながら僕にすり寄ってきた。
うん、殺気立ってても危険視する必要はないらしい。

「なぜ気づいた?俺の絶は完璧だったはずだ」
「ゼツ…ああ、なるほど。はぁ、なぜと聞かれるとなんとなくとしか言えませんが」
「…そうか」

僕の返事に肩の力を抜いた様子の男性は、すっと音がしそうなぐらい唐突に、先ほどまでの殺気を引っ込めた。

「悪かったな。気を悪くさせて」
「いえ、大して気にしてません」
「…あっそ」

こんがり焼けた猪君の肉をナイフで削ぎ、ライトの前に置いてあげてから自分も手ずからに喰らいつく。
こんなサバイバル状況で、皿だフォークだ上品なことは言ってられない。
男性にも、ご自由にどうぞと勧めておいた。

「お名前は?ああ、僕はナッツです」
「…俺はジンだ。ジン・フリークス」
「どうぞよろしく、ジンさん」
「………」

ジンさんは丸焼きの猪をそのまま両手で鷲掴みにし、がぶり。
ワイルドですね。

「ふぃはへーのは?」
「口の中のものを飲み込んでからにしてください」
「………」

ゴックン

「聞かねーのか?なんで俺がお前らをつけてたのか」
「ふぉはへへふへふんへふは?」
「………」

ゴックン

「げほっごほっぐふっ、詰まった…!」
「…ほれ、水だ」
「どうも……はぁ。で、何でしたっけ?ああ、なぜつけてたか聞かないのか、でしたっけ。別に聞こうが聞くまいが僕はどっちでもいいんですが…聞いたら答えてくれるんでしょうか?てゆうか聞いた方がいいですか?」
「…気にならないのか」
「なりますよそりゃ。つけられる意味がわからないもの」

何か言い足りないことがあったんだろうか、と予想ぐらいはできるけど。
何をそんなに言いたいことがあるのかはわからない。

「変わったやつだな、お前。おもしれぇ」
「それはありがとうございます。最高の褒め言葉だ」

クラウンの僕にとって。

「あーごっそーさん。さて、話はいろいろあるんだが…」
「はい」
「何から言ったもんかな…」

ジンさんからの話を待っている間にライトは眠くなってしまったらしく、
僕の足に体を寄りかからせながら体を丸めて、睡眠の態勢に入った。
そんな様子を見ながら、僕は彼に「おやすみ」と言葉を掛ける。

そして次の瞬間。

「あれ…?」

ライトは消えてしまった。
一瞬のうちに。ポンッて。

「え、何…?」
「ほお…やっぱり、さすがに常時具現化されてるわけじゃねぇんだな」
「…あの子が消えちゃったのは…あの子が、ネンジュウ≠セからなんですか?」
「…そうだな、じゃあまずそこから話してやるか」

一瞬にして目の前から消えてしまったというのに、不思議と僕は心配とか不安とかを感じなかった。
大丈夫だと。根拠のない確信を抱いていたから。

あの子は僕の傍を離れない。


それから僕は、ジンさんからいろんな話を聞いた。ライトは僕の念能力から生まれた子で、いなくなったのはただ具現化というのがされなくなっただけだということや、ここが死の森と呼ばれている場所だということ。他にも、ジンさんはここの先住民ではないということを聞いた。

「ネン≠ェそんな使い方までできたなんて…。うん、とってもファンタジック」
「信じてねぇのか」
「いえいえ信じてますよ?実際、ライトの存在自体、普通なら信じられないようなことですから。あの子の正体が判明してよかったです。それに…」
「それに?」
「なんとなく、感じるんですよね今も。あの子の存在を。姿なんて見えないのに」

何ていうか…ライトは僕の中にいる、みたいな。
よくわからないけど。
あの子の寝息すら聞こえてきそうな気がするんだ。

「…アレがお前の念だって証拠だな。もっとも俺は、念獣が飯を食ったり睡眠をとったりするとこなんて初めて見たが」
「?生き物ならご飯は食べるし睡眠もとるでしょう」
「念獣は生物じゃない。そうだな、わかりやすい話操り人形≠セ」
「…ならライトはやっぱり念獣ではないんじゃないでしょうか?あの子はちゃんと、生きてます」
「いいや念獣だ。間違いなくお前の念で出来てたからな。ただ…」
「ただ?」
「あの念獣はどうやら、俺の知っている念獣とは少し違うらしい。お前の言うとおり、アレには命がある」
「ですよね」

遠くの空には星が浮かび、目の前の焚き木はパチパチと音を立てて爆ぜる。
吹きぬける風はやわらかで、どこか甘い。ひどく、時間が穏やかに流れる。
口を開くのも、目を開けているのも、どこか億劫だ。…まぁつまり僕は、眠いんだろう。でも寝ちゃ駄目。

「…やっぱり聞きます。ジンさんはどうして、僕らをつけてきたんですか?」
「は?だから、お前に話をするために…」
「だからどうして、話をしようなんて思ったんです?放っておいたっていいじゃないですか」
「………無意識にここまでの念を使うとなると、危険だと思ったからだ」

ある程度の基礎は備わっているが、知識があまりに乏しい。
しかし命を創るなんていう能力が使える。

そんなのがもし、よからぬ輩に出会ってしまい、その能力に目をつけられれば。
間違いなく、彼女の人生はいい方向には転ばない。

「…つまり危険ってのは…僕が及ぼすわけではなく、及ぼされる側の意味で?」
「そうだな。お前がその能力で周りに危険を及ぼすとは考えにくい。何らかの力によって利用されない限りな」
「…ええとそれは、もっと要約すると、僕を心配してくれたってことですか?」

そう聞くと、正面の彼はきょとんとした顔をした。
…もしかしたら無自覚だったのかもしれない。

「ジンさんって、やさしいんですね。ありがとうございます」
「んなっ」

あ、照れた。

うんやっぱりこの人、いい人なんだ。
ついつい僕が顔を緩ませると、居心地悪そうに彼は頭を掻く。そして「あーまぁ…あーいや…」と、散々呟いた後、

「そうゆうのを、ほっとけねぇだけだ。暇だしな」


そうゆうのをやさしいって言うんですよ、と思わずニヤけながらツッコミたくなるような台詞を言ってのけた。



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