CLOWN×CLOWN


先住民×死の森×新種発見?


周囲に張っていた円に、何かが引っ掛かった。
それはオーラの塊。人間ではない。

具現化系もしくは特質系の類の何かだと判断し、警戒する。どこからも殺気は感じないが、それは警戒をしない理由にはならない。
このオーラの塊を操っている人間がどこにいるのかはわからないが、念を発動しているという時点で相手に何かしら思惑があるのは間違いないからだ。

研ぎ澄まされたオーラ。その密度の濃さに、それなりの警戒心は抱いていた。
しかしはっきり言って、拍子抜け。
茂みから飛び出してきたのは、ちっせぇオレンジ色の犬だった。

オーラに力は漲っている。どう考えても念獣だ。
しかし一気に俺の警戒心は解けてしまった。どう見ても、力ない小動物にしか思えなかったからか。

なんだこの、脱力感。

だがそんな俺とは対照的に、犬の方は吠える吠える。
かといって何かを仕掛けてくるわけでもない。ただ、吠えて威嚇をするだけ。ほんとにただの犬のようだ。

そして、これはどうしたものかと考えていた時。犬が現れたのと同じ茂みから今度は人間が飛び出してきた。
多分女。いやもしかしたら男。でもたぶん女。
そいつが纏うのは、犬のオーラと同じ、研ぎ澄まされた密度の濃いオーラ。間違いなくこの犬を創った念能力者だと思った。

そいつは不可解にも己の念である犬の前に立ちはだかり、俺をわずかに睨みつけてじろじろと全身を眺め回したかと思うと、何故かきゅっと眉を寄せ、悲しげな表情を見せた。澄んだエメラルドの瞳に、影が映る。
そしてそいつは言った。

「うう、僕も昨日ウサギ食べようとしたから何とも言えないなぁ…」

何の話だ。

わけがわからないから無視した。
それからも結構言葉は交わしたが、この女は何もかもが不可解だった。
一番不可解なのは、完全自動式(ピクルスまで食うらしい)という高度な具現化能力を使っているというのに、それを自覚していないということ。

無意識に念を使う人間。
そうゆうのが、いないわけではない。知らぬ間に能力を発動させている者。気づかぬ間に物に己の念を込めている者。
だがそんな人間が扱う念など、微々たるもので。無意識に生き物を具現化するなんてことも、意志の範囲を念が越えるなんてことも、まずありえない。
普通なら。

「このまま森を突っ切って、街へ行きたいんだ。出口までの道、わかる?」

思考を巡らせていた俺の脳の回路は、そこでぶった切られた。
おいおい、ちょっと待て。

「街へ行く?」

俺の前から去ろうとしていたそいつを、思わずもう一度止めた。
この地域はそもそも、普通の人間なんかは入れない危険区域。そしてここは、入ったが最期と言われる死の森。
俺はそんな森に住む、新種の動物を探しにここへ来ていた。無論危険を承知で。死ぬことはないだろうが、何があるかはわかったもんじゃない。
しかしそんな危険な場所へ、この女は、ただ街まで通り抜けるためだけに?

こいつ、いろんな意味で普通じゃない。

だがどうやら、女はここがそんな危険地域だということも到底街までは辿りつけないということも、知らなかったらしい。またしても、だ。
やっぱり普通じゃない。…もしくはただの馬鹿なのか。

「…と、とにかく行きます。僕、早く次の街へ行かないといけないんで」
「次?」
「…僕は流れ者のクラウンですので」

まるで自分自身に告げるかのようにそう言って女は礼儀正しく一礼し、小走りで去っていった。その隣には、もちろんあの念獣。
…新種の何かに出会ったと、考えれば。ラッキーと、いえるのかも…しれない。
そう自分に言い聞かせ、俺は彼女たちの後を追った。

無意識にあそこまでの念を使うとなると、危険だ。
彼女にとっても、周りにとっても。ならばあれは知らなくてはならないだろう。
彼女が『ネン』と言っていたそれについて。





太陽の位置を確かめ、女は怪訝な顔をする。
そして肩を落としながら呟いた。

「あーあ、お昼かぁ。お腹空いたな」
「クウン…」
「君もかぁ。川とかがあれば魚獲るんだけどなぁ。なんだか動物連れながら動物狩る気にはなれないし」

…ピクルスを食っただなんだの話は、冗談かと思っていたが。
本当にあの念獣は物を食うのか。

「(…もし食わなければ死ぬのか?)」

俺のその疑問には、一体誰が答えられるだろう。
あの念を創り出した本人でさえ答えられないだろうその問いに。
だけど俺は、考えずにはいられなかった。

養分を摂取するということ。それをしなかった時、生まれる結果。
あの念獣に与えられるそれは、消滅するというのとはまた別の意味なのか?
『死』という、生物だけに与えられるそれなのか?
つまり…あの念獣には、本当に、命があるということか?

「(命を創る念…危険だな)」

『定期的に物を与える』といったことが、念の制約なのだとすれば…まだ理解はできるかもしれない。だが自覚のない少女に制約も誓約もあったもんじゃない。
とゆうかまぁ、第一そんな簡単な制約で命が創れるわけもないが。

「あ、お腹鳴った」
「ウオン!」
「へ?え、ライト!?」

女を置いて、犬が急に走り出した。それを彼女は、特に止めるわけでも追いかけるわけでもなく見送る。俺は木の枝の上で絶をしながら、やはり犬は追いかけず女を見つめていた。
ストーカーとか言うな、俺のこれはあくまで親切心だ。まぁ時間が経てば経つほど、いつまた顔を出すのかというタイミングを逃している気がするが。

その後も、女は動かなかった。
ただずっと、犬が走っていた方を見ながらそこに留まっていた。
そしてそれから少し経って、犬が戻ってきた。
口に、たぶん獲れたて新鮮な野鳥を銜えて。…狩りに行ってたのか。

「す、すごいねライト!さっき動物狩れないって言った僕の代わりに?なんていうか、うん、たくましいね!ありがとう!」

口の周り血でドロドロなそれを見ながら、言葉とは裏腹に彼女は口元を引き攣らせていた。


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