CLOWN×CLOWN


二人×キス×あっけない終幕


その日の修行を終えた後、俺は他の奴らを全員帰して一人でナッツをテントまで送り届けた。何人かついて来たそうな奴はいたのにさすがに少し悪いことをした。
でも今は二人でいたかった。

「いいかい?こんだけ包帯あげるから、治るまでちゃんと巻いとくんだよ?あと洗えば何度でも使えるから、きれいに保管しておくこと。」

ナッツを最初に見つけたのは俺だった。ナッツに一番最初に出会ったのは俺だった。ナッツを知っていたのは、俺だけだった。
俺だけだったんだ。

そう…初めて出会ったあの日。こうして二人で話をした。
過ぎてきた日々はあっという間だったのに。思い返せばなんて遠い。
懐かしい記憶。

「…明日も会えるけど…一応言っておこうかな」
「?」
「今までありがとう」
「!それを言うのは、俺たちの方だろ…」

出会ったあの時から…与えられ続けてきたのは、俺たちの方だ。
俺たちはお前に何もできちゃいない。礼を言うべきなのはお前じゃない。

「ううん、ありがとう。君たちのおかげで毎日楽しかったよ。それに…」

引き止めてくれたの、嬉しかった。

「っ!」

首に伸びてきた手がやさしく包帯の上からそこをなぞる。
俺の全身が、じわりと熱を持ったように熱くなった。

「いつまでも元気でね。もう会うことはないだろうけど…僕はいつまでも、君たちの幸せを願っているよ。」

前髪を軽く掻き上げられた額に小さな口付けが落とされた。
ナッツの好きなこの戯れもこれが最後かと思うと、今まで何気なくこれを享受してきた自分が腹立たしくて仕方ない。

今が本当の別れかと、俺は泣いた。
声も出さずに、ただただ黙って涙を流した。

「…会いに行く」
「え?」
「いつかここを出て、お前を探す。絶対、会いに行く」
「…わかった。待ってるね」

涙は止まらない。
俺自身、これがどういう涙なのかもわからない。

けれど止めようとは思わなかった。
…いや正しくは、止め方なんてわからなかった。
だって俺はきっと…本気で泣いたのなんて、これが初めてだ。

「…クロロくん、これプレゼント」

膝を折って、俺の目線に自分の目線を合わせるナッツ。
そして差し出されたのはナッツがいつも使っていた、見たことのない柄のコイン。
茫然としながらもそれを手の平に受け取り、俺は同じ位置にある瞳を見つめ返した。
するとナッツは、曖昧に微笑んで…

「僕を忘れないでとは言わない。ただ僕という存在がいたことは、忘れないでくれたら嬉しいな」

俺をそっと抱きしめた。

…言ったじゃないか、俺は必ずお前を探す。
そしてその時には絶対、お前を手に入れる。
忘れるわけないだろ、お前のこと全部。
絶対だ。神に誓うよ。

「…ナッツ」

俺はナッツの頬を手で挟み、その瞼に唇を押し付けた。

「!」

驚きに見開かれた目に、俺は泣きながら笑う。
そしてさらにもう一度同じところに口付け、次に頬に口付け、最後に唇を重ねた。

瞼へのキスは、憧憬のキス。
頬へのキスは、厚意のキス。
そして―――唇へのキスは、愛情のキス。


「神に誓う。今からたとえ何年経とうとも…俺はお前を愛してる」


泣きながら言う言葉でも、俺みたいな子供が使う言葉でもない。
だけど本心だ。俺の、お前に対するこの気持ち。

名付けるとしたら、それは愛≠オかない。

「…クロロくん、君みたいな子供を世間一般で何というか知ってるかい」
「なんだ?」
「マセガキだ」


ナッツのほんのり染まった頬を見て、俺はまた笑った。







―――それから、明日必ず来ると約束をして俺はナッツと別れた。
また明日と、手を振って笑い合った。

けれど翌朝…みんなでいつもの場所に向かうと、そこには既に何もなかった。

あいつらサーカスのテントも、荷車も、人も、何もかも。
そこにそれがあった形跡すら残さずに。

サーカスは消えていた。


当然そのサーカスの道化師の姿も、街中どこを探しても見つからなかった。


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