CLOWN×CLOWN


道化師のプロローグ


今日も僕はお客さんに笑われて。
それでも何でもない風を装いながら、パントマイムを続ける。

僕はクラウン。間抜けでのろまで馬鹿な道化。
さぁさぁまた、拍手じゃなくて笑い声が上がるよ。

笑ってくれてありがとう。馬鹿にしてくれてありがとう。
僕は決してマゾではないけど、嬉しいからお礼を言います。

どうぞまたいらっしゃってください。
次はもっと笑ってください。

そうしてあなたに、少しでも何かを与えられたら。






僕がこのサーカスに拾われたのは、もう十年以上も前のこと。

その頃、僕はスラムで生きていた。
気付けばそこにいたから親の顔なんて知らないし、僕という存在には名すらなかった。
生きている意味はわからないけど、何故か必死に生きようともがく日々だった。
仲間はいなかった。スラムに子供はもちろんいたけど、慣れ合いを拒んだ僕は彼らを受け入れられず。一人で…ただ生きていた

だけど、このサーカスがやってきた―――僕の運命の歯車が入れ替わった、あの時。
僕はただ生きる≠アとをやめた。

「なぁ、ピエロのおじさん」
「僕はピエロじゃないよ、クラウンっていうんだ」
「…名前?」
「いや、役職名」
「じゃああんたの名前は?」
「アーモンド。君は?一切笑ってくれなかったお嬢さん」
「笑ってほしかったのか?」
「当然。笑われるためにやってるのに」
「ふうん」
「で、お名前は?」
「ない」
「ない?」
「うん」
「それは困ったなぁ」
「なんで?」
「僕が君をなんて呼べばいいかわからないじゃないか」
「なんでもいいよ」
「…じゃあ、ナッツにしよう」
「ナッツ?」
「ああ、いい名前だろう」
「そうか?変なの」
「おや」
「でもまぁ別にいいよ、それで」
「ありがとう。それで、ナッツちゃん。一体何の用かな?」
「…何だっけ」
「は?」
「とにかく、あんたとしゃべりたかった」
「そう、それは光栄だ。丁度僕も、君とおしゃべりしたいと思ってた」
「!」

クラウンだと言ったその人は、ピエロなのにそのサーカスで一番偉い人だった。
僕は彼に頼んだ。僕を一緒に連れて行ってほしいって。
彼は僕に「独りなのかい」と聞き、僕が頷くとやさしく抱きしめてくれた。
なら今日から僕らの家族になるといい、って。泣きそうになるような言葉をくれた。

そう―――あれから、もう十年。
もう年だと、彼は数年前にクラウンを引退している。
そして僕がそれを引き継いだ。

クラウンという、僕に与えられた存在価値。
それは僕の誇りだ。



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