CLOWN×CLOWN


クラウン×プレゼント×夢の配給


「ピエロじゃないよ、クラウンっていうんだ」

そう、あのピエロは言った。




「お前の名前?」
「いや、職業名」
「じゃあお前の名前は?」
「ナッツ。君は?一切笑ってくれなかった少年くん。」
「笑ってほしかったのか?」
「当然。笑われるためにやってるのに」
「…っていうか俺たち全員のこと見てたのか」
「そりゃあ。笑わない人間はとくに目立つしね」
「ふうん」
「で、お名前は?」
「クロロ」

ショーが終わった後、俺はピエロ―――ナッツを捕まえた。
捕まえたと言っても別に連れ去ったわけでも捕縛したわけでもない。ただ近づいて、ピエロと呼んだだけ。

ショーの最中は一切言葉を発しなかったそいつは、裏では普通にしゃべる奴だった。ふざけた雰囲気も馬鹿っぽい感じも全然ない。落ち着いた空気を纏った、いたって普通の人間。それを見て俺はなぜか『ああやっぱり』なんて思った。

「そう、クロロくん。で、一体何の用かな?」
「…何だっけ」
「は?」
「とにかく、お前としゃべりたかった。お前に興味がある。」
「そう…それは光栄だ。丁度僕も、君とおしゃべりしたいと思ってたよ。」
「え?」

ナッツは俺をテントの裏に招き、すぐ傍にあったパイプ椅子に座らせた。
通常の俺なら絶対警戒して、こんな奴に近づいたり従ったりはしないのに。この時はなぜだかそれが当然であるかのように素直に従ってしまっていた。

「クロロ君はさっきの、どうして笑ってくれなかったの?おもしろくなかった?」
「………」
「うーん。道化は嫌い?」
「なんだか…見てて腹立つ。」
「お、おお、そっか。正直者だな少年。」

そうだなぁと一言つぶやいて。
一瞬だけ自分の顔を手で覆ったかと思うと、次の瞬間にはそいつの顔からピエロメイクが消えていた。顔全体の真っ白な粉も大きな赤い口も頬の星マークも全部。

「こっちの方がちょっとはマシ?」
「…ああ。そっちの方がいい。」

見てて腹立つってのは、別に容姿を指摘したわけではなかったけど。まぁ、こっちの方がいいなと思うのは本当だからいいか。

化粧を落としたピエロは思ったよりも若かった。
おそらく二十歳前後ぐらいだろう。

「じゃあ、しばらくこれで。舞台に立つのにはこれじゃ駄目だからそれは許してね。」
「なんで」
「クラウンはおどけ役だから。」
「今日いろいろやってた奴らの中で、お前が一番すごいのに?」
「!」
「一番実力あるだろ、お前。」

ナッツは驚いたように綺麗なエメラルド色の目を丸くした。
けど次には困ったように笑ってから、白い手袋をしたままの人差し指を口の前で立てて、しーっと息を発する。そして小さく「内緒」と。

「なんでわかったの?」
「見ればわかる。」
「…小さいのにすごいね。」
「子供扱いするな。」
「子供でしょう。」
「…偉そうに。お前も大して変わらないだろ。」
「さぁ。自分の年齢知らないから。…あ」
「?」

ぽんと手を打って、そいつは俺を見降ろした。
そしてにまぁというかにたぁというかそんな感じで笑って、ちょっと待ってとポケットから何かを取り出して。それに一気に空気を送り込んで膨らませた。
膨らませる前は紐のように見えたそれは、細長い風船だった。
ナッツはそれをひねったり折ったりして、何かを作っていく。嫌な音が時折して、割れるんじゃないかと思ったけどそんなこともない。慣れた手つきで完成されたそれは、どうやら犬のようだった。

「はい、プレゼント。」
「…何、これ」
「バルーンアートっていうんだ。」
「…なんで…」
「僕がさっきチビっ子に風船あげてた時、羨ましそうに見てたから。」
「な!」

そ、そんな、俺は、ぱっと見てすぐにそうとわかるような顔をしてたのか。

「…な、なんなんだよお前」
「ん?」
「っていうか、これ全部、何なんだ。お前ら全員、何?」
「え、ショーの最後に説明したじゃん。」
「わからない(聞いてない)」
「!あ、そっか、ここの言語英語じゃないんだ?え、じゃあ僕は今何語をしゃべってるんだろう。」
「…馬鹿?」
「え、いや、隣町まで英語圏だったのに?あれ、いつの間に国境越えた?…まぁいっか。細かいことは。」

馬鹿だと思った。
大体エーゴってどこの言葉だ。
世界共通語しか俺はしゃべれない。

「えっとね、僕らはサーカス団。いろんな国に移動して、いろんなとこで今日みたいなショーをやってる。ああ、こういう場所での公演は慈善活動みたいなもんだから、お金とったりはしないよ。」
「さーかす…?」
「うん。まぁほんとのサーカスはもっとすごいけどね。」
「このサーカスは偽物なのか?」
「うーん、本物は本物だけど。本来のサーカスの簡易版って感じかな。ウチ貧乏だからさ、セットも舞台もちゃっちいんだよ。」

まぁウチ人数もそんなにいないから、これぐらいがいっぱいいっぱいだし、十分なんだけどね。

そう言って笑いながら、ナッツは手の中でコインを遊ばせている。くるくるくるくると、ごつい手袋をしたままの手の上でそれは狂いなく動き回る。自分でそれを見やしないし、俺にそれについて触れてもらいたいという表情もしない。というか無意識でやってるっぽい。
もしかすればそれは、彼女(いまいち性別はわからないが見た目からの判断で一応そう定義する)の癖のようなものなのかもしれない。

「…何で貧乏なんだ?こんなとこじゃなくて金のあるとこで公演ってのすれば、儲かるだろ。…ショー、すごかったし。」
「!ありがとう…!みんなにも聞かせたいな。」
「………」
「…ああ、えっと、何で貧乏か、だっけ。質問多いよね君。…ああ、ごめん怒らないで怒らないで。ええとね…もちろん、お金とる公演もするんだよ。じゃないと生活できないし。でもそれよりも、今日みたいに慈善公演をする方が多いんだ。だからいつも、プラマイマイ?」
「…馬鹿?」
「はは、ウチの団長が好きなんだ、そういうの。」

子供たちに夢を配るんだって。

「ゆめ…?」
「うん」

パンや水を配給する慈善団体、ボランティア活動は数多く存在するけど、夢を配給する団体ってめずらしくない?そりゃあ夢なんかより食い物よこせって人はいっぱいいるだろうけどさ…でも人生って、絶対娯楽が必要だと思うんだ。どんな人にも。

「…ただ生きるんじゃなくて…」

笑って楽しく、夢を持って、その人生に意味を見出して生きる方が、いいに決まってるから。

「だから僕たちはそんな、生きる希望を配って歩いてるんだ。どう?クロロくんは今日、楽しかった?毎日こんな風に楽しかったらいいって思わなかった?明日はもっと楽しくしようって思えるようにならない?」
「……お気楽な奴らだな…」
「はははは。まぁね。けど、『らしい』でしょ。」

ただ生きる
それ以外のことが、俺たちにできるのだろうか。
考えたこともなかった。今の生活が当たり前じゃなくなることなんて。
俺達に―――他の生き方なんて、存在しているのだろうか。

ここを抜け出して、構わないんだろうか。

「あ、ごめんなんか端から夢のない子みたいに決めつけて。でもさ、こういう場所ばっか廻ってるとやっぱわかるようになるんだ。いつ死んでもいいなんて顔してる子と、そうじゃない子の違いが―――…って、どうした?え、クロロくん?」

俺は俯いた。
なぜか息が苦しかった。偽善者がと、そう罵ることもできたはずなのに。
正直言ってその台詞の数々は、砂糖吐くような甘いもの。
でも不思議と嫌じゃなかった。

「ど、どどどどどうした!なにか怒ってる?気分悪い?しんどい?え、ちょ、誰か――」
「呼ばなくていいから」

淡泊な感じの奴かと思ったが、意外と簡単にパニクった。
というか手からポンポン花出しながらパニクるってどういうことだ。一体どうしたい。

「え、あ、大丈夫?」
「お前ら、いつまでここにいる?」
「へ?あ、ああ、まぁ数日は。あと何回か公演して、次の旅の準備ができ次第」
「わかった」

俺は椅子から立ち上がった。ちゃんと、もらった風船を手に持って。

「あ、帰る?じゃあこれも持っていきな。」
「?」

ポンッと、またそいつはどこからともなく手の上に何かを出現させた。それも次々と大量に。

「何…?」
「お菓子。お友達、いっぱいいたろ?みんなで食べるといいよ。」
「………」
「だーいじょうぶ、賞味期限も切れてないし毒も入ってない。」
「…そんな心配してない。」
「そっか。」
「…ありがとう。」
「どういたしまして。」

大量に菓子を抱えて帰る俺を見て、あいつらは驚くだろう。
反応が少し、楽しみかもしれない。

「…楽しみ…?」
「ん?」
「…なんでもない」


俺が背を向けて走り出すと、後ろから「またおいで」と声がした。

明日も来ようと思った。




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