CLOWN×CLOWN


思い出×スラム×サーカスの道化


あれは誰だったかな、ウボォーだったかノブナガだったか…あ、二人だったか。
まぁその誰かが、街になんか変なのが来てるって俺たちに知らせてきたんだ。

最初は誰もそんな言葉気に留めなかった。ここは流星街。何を捨てても許される場所。変なの≠ネんていくらでもやってくる。

しかしあいつらは違うんだと言った。一体何が違うって言うんだ。
ああ、捨てにきたんじゃなくて拾いに来たやつらか。臓器やら奴隷やらのディーラー。そんなのだって別にめずらしくはない。

けれどあいつらはまた、違うと言った。
そんなんじゃない。今までに見たことのないような連中だと。

とにかく来いと連れられて、俺とパクとマチとシャルとフランは、瓦礫の山の上から下りて流星街の入り口まで向かった。フェイタンとフィンクスは興味ないとか言ってこなかったんだっけ。結局フィンクスはすぐに追っかけてきてたような気がするが。

…で、行ってみた先にあったものっていうのが…まぁ簡単に言えば、なんでもない、ただの人だった。

けれど二人が言っていた通り、それは今まで見たどの人間とも違った。
二十人ぐらいいたそいつらは綺麗なんだか汚いんだかよくわからない格好で、どう見てもマフィアって雰囲気ではない。

大量の荷物を荷車で引いていたのでそれを捨てに来たのだろうかとも思ったが、なんとなくそうじゃないとも思った。かといってここに移住してきたのかというような、そんなんでもない。

だってあいつらみんな、笑ってたんだよな。よくわからない会話をしながら楽しそうに、自然な笑顔で。
そして奴らはそこら辺のゴミや瓦礫をせっせと遠くに移動させて、障害物のない広い平地を作り上げた。

それからそこに自分たちが持ってきていた荷物を広げていく。それらは俺たちが見たことのないものばかりで、ものすごく興味を引いた。
何らかの準備のようなその行為には結構な時間がかかったが、俺たちはその様子をずっと傍の瓦礫の山で隠れて見ていた。

当時10歳だった俺は、その時何故か緊張で掌に汗をかいていた。あれは今でも覚えてる。思えば、手に汗握るなんていう体験はあの日が最初で最後だった。


―――今から何かが変わる―――


そんな予感めいたものがあったのかもしれない。しかしそれは恐怖ではなかった。あれは、期待。

そう…なぜか俺は、これから起こる何かに期待していた。高鳴る胸の鼓動に気づかぬふりで、平静を装って。たぶん他の連中も同じような感じだったと思う。だって誰も、何もしゃべらなかったから。

しばらくして、辺りが暗くなり始めた頃にやっと奴らは何かを作り上げた。が、俺たちにはそれが何なのかさっぱりわからなかった。
まぁ今ならもちろんわかる。あれは舞台だ。パフォーマーと観客のための。

しかしあの頃はそんなものの存在自体知らなかった俺たちは一様にして首を傾げた。
いつの間にか集まってきていた他の流星街の住民らも同様だ。(大人連中の中にはもちろんわかっている者もいただろうが。わかっていたとしても、何故ここに舞台を作るのかという疑問はあったろう。)

黄色と青の縞模様という何とも派手で大きなテントに、簡素だけど綺麗な円形の舞台。
テントの周りとてっぺんではためく色とりどりの旗に、着替えて急に小奇麗な格好になった連中。何もかもが目を引いた。

そして俺たちはいつの間にか、気づかぬうちにその舞台の前に座っていた。
まるで吸い寄せられるように。他の住民らもみんな。宣伝やら何やらをしたわけでもないだろうに、気がつけばそこにはたくさんの人間が集まっていた。

不思議なのは、いつも生きる術……食料や金に飢えている連中が、いつものような獲物を狙う目をしていなかったこと。小奇麗な格好も、よくはわからないが高そうな道具も、格好の餌食だろうに。身ぐるみ全部剥がされて殺されても、全然おかしくはない。
なのに誰もそれをしようとしなかった。


「Ladies and gentlemen!」


タキシードを来た恰幅のいい老紳士が舞台の真ん中でそう声を張り上げる。
いよいよ何かが始まるという空気に呑まれ、俺たちは普段の俺たちらしくもなく頬を紅潮させて興奮気味にお互いを見た。
本来あるべき子供の姿。そんな感じだったと思う。

「ようこそ夢の世界へ!我々が今日という日を、あなたの体験したことのないような一日にしてみせましょう!それではどうぞ最後までお楽しみください!イッツショータイム!」

バッと男が両の手を横に広げる。するとその背後から一斉に白い鳩たちが飛び出した。
それは話に聞いたことはあったが見るのは初めてな、奇術というものであった。そしてそれから次々に、イリュージョンと呼ばれるそれが繰り広げられた。

檻に閉じ込められた女が次の瞬間には何事もなかったかのように外に出ていれば、皆感嘆の声を漏らし。台に寝転んだ女がふわりと宙に浮けば、まばらながらにも拍手が起こった。

全員、その丸い舞台の上に釘付け。
聞いたことのないようなリズムを刻むBGMを背に連中は何の説明もなしに、面白おかしく演技を進める。

時には笑いを。時には驚きを。
いつの間にか素直に漏らしてしまうようになっていた俺たち流星街の人間は、普通の人間のようだった。

奇術の次には様々な動物が出てきて、いろんな技を繰り出していく。大きな獣が出てきたときにはさすがに皆警戒したが、それも気鬱だった。後で触らせてもらったりもしたが、本当に人に慣れた大人しい奴らだった。

動物ショーの次はびっくり人間ショー。
軟体動物のような子供や、信じられないような怪力男。念の存在を知る今なら不思議なことは何もないが、あの頃の俺にはどれも衝撃的だった。(もっとも彼らは念を使っていたわけではないだろうが)

しかし俺にとってもっと衝撃的だったのは、この次。

更なる舞台セットを作る間の間繋ぎのために登場した道化―――ピエロだった。
気味の悪い化粧をして、ふざけた格好をしたふざけた存在。
小さなボールを使ったジャグリングはとても上手かった。どんどん数を増やしたそれは、最終的にいくつになっていたのかわからない。

それを、奴は、最後に全部ぶちまけた。

失敗したのかと思った。
でも違った。あれはわざとだった。
玉乗りをした時も。奴は最終的にすっ転んでそこから無様に落ちてみせた。
そうして笑いを誘った。
馬鹿だあいつ、と周りは笑った。

でも俺は笑わなかった。

手品をした時も。パントマイムをした時も。
あいつは必ず最後にわざと℃ク敗した。

なぜそんなことをするのかわからなかった。アレは笑わせている≠カゃなくて笑われている≠セ。どうして間抜けな姿しか見せない?最後まで完璧にできる実力もそれだけでちゃんと魅せる実力も十二分にあるのに。

それから、興味ないと言って来ていなかったはずのフェイタンがいつの間にか来ていて、そのピエロに風船を渡されていた。
俺はそれが少しだけ羨ましかった。

後は何だったか、とにかくいろんな人間が飛んだり跳ねたりしていた。
そこでも度々登場したピエロは絶対に、失敗した。

気づけば俺は、そいつだけを目で追っていて。

つまり…なぜか、その存在にひどく魅かれていた。



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