CLOWN×CLOWN


道化×旅路×本当の物語


「団長、今日はこの辺で野営引きますか?」
「そうだね。この調子なら明日には次の街に着けるだろう」
「はーい」

今日もまた野宿。別にめずらしいことではない。世界各国を渡り歩く僕らにとって、これぐらいいつものこと。
今時荷車や馬車使って徒歩移動とか、絶滅危惧種なサーカスなんだろうけど。僕らは別に金稼ぎが目的じゃないし。飛行場のある首都圏より、何もない小さな町なんかに行きたいから、こういう移動の仕方が一番勝手がいい。

寝床用のテントをいくつか張ってから、みんなで夕食の準備。
これもいつものこと。またもやここしばらく貧乏生活を送っている僕らの食糧は、もう底がつきかけている。よって今日もまた、激しい争奪戦が始まる。

寝る前には、同じテントのメンバーでちょっとトランプをしたり。今日のこととか明日のこととかで話をしたり。これもいつものこと。
ちょっとかわってたとしても、これが僕らの日常。いつもいつも、何も変わらない。
街から街へ、国から国へ。僕らはいたって平凡なサーカス団。裕福な街で、富ある人々からお金をいただいて。そのお金で、貧しい街や発展途上国で慈善活動。
裕福な街→貧しい街→裕福な街→貧しい街→裕h(以下略)→貧s(以下略)→…エンドレス。同じことの繰り返し。前に進まない、回る回る人生。

僕はそんな人生を、結構気に入っている。
僕らの人生は回っても。その僕らの行動で、どこかの誰かが前に進む道ができるかもしれない。夢と希望と、新たな人生。それが、僕らが世界に配るもの。年中無休のサンタクロースってとこ?素敵でしょう?

けれどその僕らの志を、綺麗事だと笑う人はもちろんいる。
でも僕は、誰に馬鹿にされようと笑われようと傷ついたりしない。だって僕はクラウンだから。笑われるのが仕事で生き甲斐。
だからどんどん笑ってほしい。僕の人生はすべて喜劇。悲しむ要素なんてどこにもない。
回る人生。繰り返す喜劇。そんな人生で、僕は満足だ。なんて謙虚な僕。


「きゃぁぁああ!盗賊よ!みんな隠れて!」
「駄目だこっちへ来るな!逃げろ!うあああ!」
「いやぁぁああ!!」


―――なのに神様。あなたは残酷だ。
僕はあの、廻る人生でいいと言っていたのに。
喜劇で構わないと言っていたのに。

どうして、その歯車を止めてしまうの?





「これは夢かな?」

血だまりと、その上に倒れる血まみれの仲間の姿を眺めながら、僕は案外冷静だった。
刺された右肩は痛い。痛い。とっても。すごく。ナイフ投げに失敗した友人のナイフが突き刺さった時のあれぐらい。あ、同じような傷なんだから当たり前か。

すっごく痛い。でも、痛いけど、痛いけど、これはきっと夢だ。だってありえないんだもの、こんなの。
僕に刺さったナイフは、追撃型ミサイルみたいにくねくねしながら僕に向かって飛んできた。クルトはあの汚らしい格好した男の手から発射された炎で火だるまにされてた。マリヤたちはあいつらにちょんって触られただけで首が落ちた。

手品でもなんでもなかったのに、そんなことが起こるわけない。よってこれは夢。ああなんて論理的な僕。まぁ、痛いけど。夢なのに肩はすっごく痛いけど。でも、でもさ。夢に痛覚がないなんて一体誰が決めた?科学的証明がなされているのか。…いや、なされているのかもしれないけど。

でも絶対、夢で痛みを感じることだってあると思う。夢の中で首が痛い(ような気がする)なーとか思ってたら、現実世界で寝ちがえてた、とかあるよね。
…じゃあ今現実世界で寝ている僕の右肩は一体どんな状況にいるんだろう。大丈夫かな、早く起きた方がいいんじゃないかな。早く目覚めろ僕。いやいや、潜在能力とか第三の目が、じゃなく。

「う…臭いまでリアル。僕の夢クオリティーたかいな」

異臭に耐えきれず、自分のいたそのテントを出て動物たちの檻に向かってみる。テント内同様外もとても静かだ。さっきまであんなに騒がしかったのに。散々鳴いてた猛獣たちも、とっても大人しくなっている。
闇夜の中月明かりを頼りに檻の前まで歩き、その中をそっと覗いてみた。その檻には、トラのボビーくんがいた。彼は寝ていた。テントの中のみんなと同じように。
次に覗いた檻では、豚のアンジェリカちゃんとアントワネットさんが二人仲良く寝ていた。もう、相変わらずかわいいんだから。
そして次の檻のジョリーくんも、その次の檻のリリンちゃんも、みんな寝ていた。その次の檻にいるはずの、ホワイトライオンのシロくんはいなかった。めずらしい子だから、連れて行かれちゃったのかも、しれない。
そんな想像までできてしまうなんて。ヤバい僕の夢のリアリティーありすぎる。

「…ほんとに、早く覚めればいいのに」

血だまりの上に眠っているその子たちを見ながら呟いた。
触れてみるとその体はびっくりするほど冷たくて、この子たちってもっと温かかったよな、と己の指先の感覚を疑った。

それからは、いくつかあるテントを一つ一つ覗いて回った。「皆さまごきげんよう☆」とかいちいち言いながら入ったけど、返事はなかった。みんな、眠っていた。相変わらず血まみれで。
夢とはいえいい加減精神状態がどうにかなりそうだったのでその場を離れた。
テントを離れ、檻を離れ、傍の林へと入る。フラフラフラフラと歩いて、肌寒いなと感じたところでやっと自分が寝着のままであることに気がついた。

風に当たるのが嫌で、それから逃れるように木に体を預ける。そして血の流し過ぎで貧血を起こしてる体を労わるために、そこに座りこんだ。もうここで寝よう。朝になるのを待とう。
それで目覚めたときにはきっと、いつも通りの日常があるから。

いつも早起きなナンシーたちが、寝てる僕の顔に落書きをしながら笑ってて。僕が怒ると、『クラウンの化粧する手間がはぶけていいじゃない』って笑うんだ。それから僕は、濡らしたタオルでなんとかその落書きを落として(水は貴重なんだ)、団長に朝の挨拶に行く。そしてみんなで朝ごはんを食べて、テントをたたんで移動。
歩いて歩いて歩いて、街に入ったらまたテントを組み立てて。次の日には公演スタート。
僕は間繋ぎのクラウン。お客さんに笑われて、さらにおどけてみせる。

数日経ったらまた移動。そして同じことの繰り返し。大丈夫。
僕のその人生が変化するなんてこと、ありえない。

そう自分を慰めて、僕は目を閉じる。










「…朝」

それでも僕は、結局眠れないままその林で夜明けを迎えた。
肩の血は止まった。痛みの感覚はもうわからない。立ち上がるのは億劫だった。でもここに留まるのも正しくはないと思った。
フラフラと土の上を歩いて、何度かすっ転びながらテントに戻る。異臭がする。夢はまだ覚めないんだろうか。

「…団長」

夜には暗くて気づかなかった。テントの前に団長が倒れている。
覚束ない足取りで近づき、座りこんで彼の背に手を置く。

「団長、団長。こんなところで寝てると風邪ひきますよ」

いっぱいいっぱい、揺すってみる。
起きない。目は開いてるのに。でも息はしてない。

「団長、団長。もう朝ですよ」

僕の大好きなおとうさん。起きてください。
ねぇ、僕の日常を壊さないで。どうか、僕の日常を奪わないで。いつものように笑ってよ。
おはようって言ってよ。

「団長、団…ちょう…」

手、冷たい。誰も起きてこない。動物たちも鳴かない。血のにおいが消えない。
…そう、そうなんだね。

うん、そっか、


「夢じゃないんだね」


神様、あなたはひどい。ひどい。ひどい。ひどい。

僕が何か悪いことをしましたか。僕の何が不満でしたか。僕はいつだって、変わらない日常しか望んでいなかったのに。そんな小さな望みしかなかったのに。
それすらも根こそぎ奪ってしまうんですか。

僕の願いは、許されないことだったのですか?



「あーあ…」

僕はみんなの遺体を、林の奥にあった湖の傍に埋葬した。
一人一人、決して近くはない道を背負って歩いて。掘り返されたりしないように、深く穴を掘って埋めた。
昨日の野盗がまだその辺にいるかもしれない。そう考えなかったわけではなかったが、それはそれでいいかもしれないと思って堂々と動いた。ここで殺してもらえるなら…それはきっと一番楽。

「まったく、こんな貧乏サーカスなんか襲ってどうするんだよ。どうせ収穫なんてほとんどなかったんだろうな」

最後に、団長の顔に土をかぶせてあげる。全部が全部手作業だから、もう手も指先もボロボロ。爪も全部剥がれた。それでも痛みは感じなかった。感じることができなかった。

「笑っちゃうな」

なんで僕こんなことしてるんだろう。なんで僕だけ一緒に死ねなかったんだろう。クラウン一人でどうしろっていうんだ。サーカスがなきゃ。クラウン一人じゃ公演はできないよ。ほんと、皆殺しのつもりで襲ってきたんならしっかり最後まで殺せよ。肩刺したぐらいで殺した気になるなっつの。ここに生存者がいるぞー早く殺しにこいよーお前らの顔見ちゃってるぞー。

「…ハァ」

顔を見たからって、どうにかできるわけでもなし。
僕は湖で手を洗ってから、みんなを埋めたそこからテントへ戻った。そして着替えをして、必要最低限の荷物と少し残っていた食料と、ありったけ&持てるだけのナイフや風船やジャグリングボールをカバンやアタッシュケースに詰めて、いわゆる荷造りをした。
初めての独り旅だ。

「いってきます」

テントはそのままにした。
次に通る誰かが使うかもしれないし。とゆうかこれを一人で片付けるのは、大変だし。

…そう―――僕は、これから一人ぼっち。

自ら命を絶つ度胸はない。誰かが殺しにきてくれる気配もない。
ならきっと、生きるしかないんだろう。僕を生かした神様は、まだまだこの喜劇が見たいんだろうか。僕の一人芝居を望んでいるんだろうか。

涙は見せない。だって僕はクラウンだから。
悲しくなんてない。だって僕はクラウンだから。

「大丈夫。僕はクラウンだから」

『クラウンだから』
それはきっと魔法の言葉。

「はは、ははははは」

笑っていよう。
演じ手が自分で自分を笑うなんて、ほんとはありえないけど。

今この喜劇を笑ってくれる人はいないから、だから自分で笑おう。
需要と供給のバランスがとれないけど仕方ない。いつかは誰かも笑ってくれる。

でも今は、僕だけで。



そうして僕は、大量の荷物を抱えながらあてもなく彷徨い歩いた。
何日も何日も。


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