CLOWN×CLOWN


涙×告白×恋するバラガキ


今日は、サーカス団の最後の公演だった。

公演はいつも通り大盛況。
そんで当然ナッツの奴は絶好調。
つまり見事に失敗しっぱなしで、馬鹿にされっぱなしだった。

それを見るのは、これで最後。
もう…次はない。






ここ流星街の住民は約800万人って話だ。
それがどんぐらいなもんなのか、いまいち数字を聞くだけじゃぱっとはしねぇが別に、少ないわけじゃねぇと思う。

数日置きに開かれるショーは、いつだって満席だ。サーカスのテントが張られてるところからは遠く離れた区域からでも、噂を聞いた客が来ているらしい。
タダだしな。本来のサーカスってのぁ金を取るもんらしいけど、あいつらはんなことしてねぇ。
ちょっと変わった慈善団体っていう、それだけだ。

「…それだけ…なのによ」

それだけじゃねぇんだよなぁ。


「なぁパク」
「何?」
「どうやったらあいつのこと引き留められると思う?」
「…フィンクス、まだそんなこと考えてたの?」

そんなことって何だよ。
何だ、どいつもこいつもいい子ぶりやがって…
お前ら全員、本当は俺とおんなじこと思ってやがるくせに。

あと3日しかねぇんだぞ?あいつがいなくなるっていう、正直そうゆう実感はない。
けど時間が経つにつれて、漠然とした不安が広がる。

「仕方ないのよ、諦めなさい。辛いのは私たちだって同じよ」
「おめーらは諦めんのが早すぎんだよ。俺は…」
「何ができるっていうの」

キッと睨めつけてくるそいつは、年上ぶって「いい加減にしなさい」なんざ言ってくる。あいつの真似してんじゃねぇよ。お前じゃ代わりなんてできない。
なんだか寒気がして俺はその場から立ち去った。

公演がある日は、修行は休み。
理由はナッツが忙しいからとそれだけなんだが、ナッツに「たまには休むことも必要なんだよ」とまで言われているから。ショーを見終わってからは、全員それぞれに暇を潰している。

「よーフェイタン、なんだそれ」
「縄」
「何に使うんだ?」
「あいつぐるぐるに縛て置いとくため」
「なるほど」

どこから手に入れてきたんだか、フェイタンの手にはわりと綺麗で丈夫そうな茶色い縄。物騒な話ではあるが、俺は内心ほっと息ついた。
あいつをここに引き留めようと思っているのは、俺だけじゃねぇんだ。まだ諦めてねぇ奴だっている。

「…だけど、こんなもの無駄ね」
「わかんねぇよ」
「今日見た手品で、鎖巻きつけられた男が箱の中入れられて、いしゅんでそれ解いて出てくるのあたね。あのピエロなら、あれぐらい簡単にするよ」
「………」

だろーな、と俺は息をついた。
あいつにできないことはない。

やっぱり俺はただ、あいつが俺たちの前からいなくなるその日を黙って受け入れるしかねぇのか。らしくねぇ。欲しい物は奪えばいい話だ。
だが今回のそれは、誰から、何を奪うってんだ。

―――奪いたいのは、ナッツ。
そして奪う相手も、たぶんナッツ。
あいつ自身から、その人生を奪うんだ。

それはつまり、あいつから何もかもを奪い取るということ。
あいつをここに縛り付けるっていうのは、そういうことだ。
それほどのことだ。

「あれ?フィンくん一人?」
「あ…」

フェイタンとも別れてから何となしにサーカスのテントの周辺を歩いていると、ナッツと遭遇した。
舞台の上でのピエロの格好と比べるとかなり地味な、普段着のナッツ。
客以外の人間に、つまり特別な人間だけに見せる姿。

ドクッと、心臓が波打つのを感じた。
ただそいつと肩を並べるだけで…ますますその音は大きく、速くなる。

「みんなは?」
「さぁ…今日はそれぞれ自由行動だ」
「そっか。あ、今日もみんなショー見に来てくれてたね、ありがとう」
「ああ…」

不思議と俺たちは、残りの時間をナッツにべったり張り付いて過ごそうなんて考えていなかった。シャルやマチあたりはナッツから離れやしないだろうと思っていたのだが、むしろ今はこいつを避けているように見える。

どうせいなくなるなら今からそれに慣れておこうというつもりなんだろうが、それはそれでバカな行為だと思う。大人びているようで、むしろそれこそガキ染みた考えだ。
必ず後で後悔する。先のことだけを考えて、後わずかしかないこの時間を放り出したことを。

まぁそうとわかっていて、今まで通り何も変わらない自分を振舞う俺もガキ染みているとわかっちゃいるが。

「あーついにここでの公演も終わっちゃったなー」
「…次は、どこいくんだ?」
「さぁ?団長の気まぐれだからね、わかんないや」
「いいのかよそんな適当で」
「いいよ、僕たちはあの人についてくだけだ」

…じゃああいつがいなくなれば、お前はここに残ってくれるのか?

そんな考えが頭をよぎる。
殺せばいいのか、と。

チッ…何考えてんだ俺。
んなことしたって意味ないっつの。

「…明日からはね、旅仕度で忙しくなると思う。明後日には、寝泊まり用以外のテントを全部畳むから」
「そうか」
「…今から、みんなに会いに行ってもいいかな」
「…当たり前だろ」

あいつらに避けられていることを、こいつは当然気付いてる。その理由だってこいつならわかってるはずだ。だからこそこいつは何も言わない。
俺たちとの距離を探りながら、それでも今まで通りに接しようとしてくる。

けどたまに見るんだ。
ふっと寂しそうに表情を曇らせて、どこか遠くを見つめるナッツを。悲しませて、傷つけて。お互いに寂しい思いをして。心底馬鹿げてる。


「行くなよ」


ぽろっと、言うつもりなんかなかった言葉が零れ落ちた。

「…ありがとう、ごめんね」

俺のすぐ隣を歩くナッツは眉をへなっと下げて無理に笑顔を作って、俺の頭に手を置いた。そしてぽんぽんと、小さなガキをあやすように頭を撫でつける。

…やめろよ。
諌められてるみてぇだ。慰められてるみてぇだ。
まったく望みなんかねぇんだって、思い知らされる。

「…楽しかったね、今まで」
「…今まで、とかなんか何年も一緒にいたみてぇに聞こえる。たった数カ月の話じゃねぇか」
「んー…そうだねぇ、一日一日はね、過ぎるのがとても早かった。君達と過ごす時間がとても楽しかったから。でもだからこそ、たった数ヶ月とはいえ、僕にとってこの時間は忘れられない一生の思い出だよ。みんなの中でもそうだったらいいなって思うんだけど…」

あ、それとも僕のことなんか忘れちゃうかな。

そう呟いたそいつに、それはねぇと断言しておいた。
あいつらは―――俺らは、いつまでだってお前の影を追う。そんな気がする。
ナッツは嬉しそうに微笑んだ。けどそれもやっぱり、どこか寂しげ。

「つまりね…時の長さってのは、言葉や数字で表せられるほど、単純じゃないんだ」

俺にとっては、お前といた時間ってのはそう長い方じゃない。だってあっという間だった。何もかも、全部。果たしていつかこの先、この時間を長かったと感じることがあるんだろうか。
そんなわけない、と感じる俺は子供なのか。

「なぁナッツ」
「ん?」
「俺お前が好きだ」

望みなんて欠片もない。
こいつはこの場所を選ばない。
けど何も言わずに終わるなんてことはできなかった。

好きなんだ、ナッツが。

前からずっと、お前と話をするたびに心臓がうるさくなる。体が熱を持つ。
お前と離れたくない、傍にいてほしい―――そんなことばかりを考える。

こんなものは、知識としてだけ持っていた感情だ。当然俺には縁がないと思っていた。
それが、どうして、こんな道化相手に…

「はは、ありがとうフィンくん。照れるなぁ、君って絶対そういうこと言わない子だと思ってた」
「…は?」
「もちろん、僕も好きだよ」

…わ、わかってねぇえええ!
こいつ全っ然わかってねぇ!んだよちくしょう、そこそこに勇気出したんだぞ俺ぁ!!

「そうゆー意味じゃねぇよバカ!俺はお、女としてお前を…!」

ああああなんでわざわざこんな説明をしなきゃなんねーんだ!
時々本気で「こいつマジで女か?」と思うようなこいつに!

「…フィンくん顔真っ赤だよ」
「うっせぇ!!」
「うーん…あのさ、何て言うか、君のそれは刷込み的なものだと思―――」
「絶対ちげぇ。…俺はシャルみたいなガキじゃねぇんだ、それぐらいわかる」

あいつらが盲目的にナッツに執着するのは、こいつが言うそれに近いだろう。
初めて、無条件でいろんなものを与えてくれた人間だ。多量なり少量なり、刷込まれているものはある。
それはたぶん俺だって。だけど俺は、それを勘違いするほどガキじゃない。

自分の気持ちの区別ぐらいついてる。

「…ありがとう、君の気持はすごく嬉しい。でも」
「ごめんね、か」
「…うん」

わかっていた。返事なんて。まんま予想通りだ。
だけど俺は、泣きそうだった。
やっぱり俺はガキだ。何にもできねぇ、ただのガキだ。

とっくに足を止めてた俺たちは、無言でその場に立ち尽くしていた。
冗談だ本気にすんなよと、笑い飛ばすこともできない。いたたまれないとはこんな状況を言うのか。

ふと、顔の傍にナッツの手が伸びてきた。
一体なんだとそいつの顔を見ると、何故か悲しげに眉を寄せていた。
驚いて固まっていると、さらに伸びてきた両手が俺の首に回されて。
そのままぎゅっと、頭を抱え込むような形でそいつに抱きしめられた。

「―――っ!」
「ありがとう、フィンくん」
「…ああ」
「僕、人にそんな風に想ってもらえたのはじめてだ。本当に嬉しい。ありがとう」

身長がほとんど同じぐらいの俺たち。だからこの態勢がきついとかそんなこともなくて。俺は黙ってナッツの肩に顔を置いたまま、小さく頷いた。
マジで泣きそうだった。

「…お前さ、本当はわかってたんだろ」
「何を?」
「俺が…その、お前のこと…」
「…さぁねぇ。僕はただの道化だし」
「なんだそれ」
「フィンくんは、僕なんかよりもっと可愛い彼女いっぱい作れるから大丈夫だよ」
「いっぱいとか…いらねぇっつの」

お前だけがいればいいんだよ。

こっそり呟いて、ナッツを抱きしめた。
耳元での発言だ。こっそりったって、聞こえてねぇわけがねぇ。それでもナッツは何も言わなかった。
聞かなかったことに、されたんだ。

「…好きだ、好きだナッツ…」

誰が泣くか。ぜってぇ泣くもんか。

少なくとも好きな女の前でガキくさく泣くなんて真似、俺はぜってぇしねぇとこの時心に誓う。



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