CLOWN×CLOWN


お姉ちゃん×念×突きつけられた弱さ


世界には存在しないことになっている人間達。
それがこの流星街の住民。

彼らは一人では生きていけなかった。
助け合える仲間がいなければ、食べ物も飲み物も何も得られないから。
だから彼らは、皆一様に仲間を作った。
私たちだって、その一つ。

でも子供だけのグループは、弱い。
私達のように幼い子供が多いところは特に。








「おうお前ら、一体何してんだ?」

今日は運が悪い。
そう思わずにはいられなかった。
いや…いつかは見つかるだろうと、わかってはいた。

私たちの修行場(になっているところ)に悠々と現れたのは、私よりも少し年上の青年たちのグループ連中だった。
この連中には年齢差によって生まれる力の差に物を言わされ、苦汁を飲まされたことが何度かある。
出来る限り関わりたくない人間たち。

「最近あのサーカスの人間と、ここで何かやらかしてるみてぇじゃねぇか。俺達もまぜろよ」
「ああ?何の事だかわかんねぇな」
「とぼけんじゃねぇよ」

怯えるシャルたちを背に庇いながら、年長組のウボォーたちが前に出る。
ウボォーは青年たちに負けないぐらいの体格がある。でも彼らは一歩も引く気配を見せなかった。

今までいつもウボォーやフランクリンがいない時を狙って私達のところに来てたから、二人を警戒しているんだと思ってたのに。
違ったのかしら。
今日の彼らはなんだかすごく、余裕そうに見える。何が楽しいのかにやにやと笑って…気持ち悪い。

「他に用がないなら帰れよ、俺達は別に何もしてねぇ」

私たちがここを去ることはできない。
だって今日もここにはナッツが来る。彼女とこいつらとは会わせちゃいけない。
フィンクスもそう思っているのか、彼らを鋭く睨みつけながらさっさと追い返そうとしている。

でもそれじゃ駄目。力じゃ勝てないの。
ウボォーは何とかなるかもしれないけど、私たちは駄目。力勝負にならないように、何とかしないと。

「あの、ごめんなさ―――」
「やめろパク。俺達が謝る必要なんかないだろう」
「でも…」
「はっ。いいぜ、別に。俺達は近頃機嫌がいいからな。お前らが念≠フ修行をしてるんじゃねぇかと思って見に来たが…そうじゃねぇみてぇだしな。もうどうでもいいぜ」
「ネン?」
「ああ、そうかお前らは知らねぇだろうなぁ。知る必要もねぇよ」

相変わらず連中は楽しそう。
なるほど彼らは、最近手に入れたネン≠ニいう知識を私達に自慢したかったらしい。
子供くさい。私はくすりと笑った。

「俺達は念能力者になったんだよ。直に最強になって、この流星街の支配者になる。」
「ネン≠ニいうのは力のことなのか?」

ご機嫌な男たちに淡々と尋ねるクロロ。
興味を抱いてしまったみたい。たぶんそれは他の男共もだけど。
そしてそれにより、男たちの機嫌はさらに上昇する。

「ああ、まぁ見てみろよ。と言っても見えやしねぇがな!」

男の下卑た笑いが響くと同時に、目に見えない圧迫感が私達を襲った。
咄嗟に後ろに飛び、彼らから距離を置く。
何が起こったのかわからない。でも何故か体が震える。

「ははははは!ほんの少し発≠しただけなのによぉ!そんなに震えなくちゃならねぇとは、弱い奴ってのは可哀想だな!」

ハツ?
まただ。また、男は私達に理解できない言葉を吐く。

「パ、パク…」
「どうしたの、マチ」
「な、なんか…くるしい…からだが、あつい…!」
「!」

ガクッと、マチの体が崩れ落ちる。私は慌ててその体を支えた。…ものすごい熱を持っている。

「何をしたの!?」
「お、悪ぃなぁほんとにほんの少しだったんだが。そいつ、そのうち死ぬぜ。、」
「―――っ!」

次の瞬間、クロロが男に飛びかかった。
でも逆に殴り飛ばされる。そして次に殴りかかったウボォーまでも。
信じられない。
ウボォーは私達の中で一番強いのに。

「弱ぇくせに何してんだよてめぇ」

倒れているクロロの上に、男の足が乗せられる。
「ぐっ」とクロロは苦しそうに呻いた。

やめてって言いたかった。
でも誰も、一切動けなかった。

だってウボォーが勝てないのに。私達が勝てるわけがなくて。クロロを助けられる、わけがなくて。

連中が持っているわけのわからない力が怖かった。恐ろしかった。
私はただ、どんどん弱っていくマチを抱きしめることしかできなかった。

だから―――

「何してんだい、君達」

彼女の背中は、いつもの何倍も大きく見えた。



「この子たちが何かした?」

男たちに近づいて、しゃがんでクロロに乗せられた男の足を無理やり振り払うナッツ。
彼女と連中は会わせちゃいけないって、ついさっきまでそう思ってたはずなのに。
彼女の登場にひどく救われていた。心が安心感に満たされていく。体は震えたままなのに。

「なんだおめぇ。こいつらの仲間か」
「質問しているのはこっちだよ」

後ろ姿でも、彼女が今までに見たことがないほど怒っているのがわかった。
空気がピリピリしている。いつも陽気な彼女の声のトーンが低い。

「何を偉そうに…!」
「質問に答えてくれないか。この子たちが、何かしたの?」
「生意気だったんだよ」
「生意気?それだけ?」

たったそれだけで、この子たちをこんなに怯えさせて。
この子を、傷つけていたの?

ぐったりとしているクロロを片腕で抱きあげて、彼女はもう片方の拳をゆっくりと握った。

「いくらスラムの住人とはいえ、君らはもう少し道徳というものを学んだ方がいい」

そう言い終えるのが先か後か、ナッツの目の前にいたその男は吹っ飛んでいた。

ナッツのその時のフォームを見る限り、殴り飛ばしたんだってのはわかるんだけど…
その後景も、私には信じられなかった。

ナッツが人に暴力を振るうなんて。

人のいいところ≠フ結晶のようなあの人が。
一片の穢れも見えないあの人が。己の力にものを言わせたなんて。

「何を…!」
「黙れ。口を利けるのは一人いればいいよ」

ナッツの動きが見えない。でもパタパタと男たちが倒れて行く。
いくら力があっても、動きについていけなきゃ意味がないんだわ。

でも…私の傍でも、マチに続いて同じように、シャルが、フェイタンが、ノブナガが、フランクリンが…パタパタと倒れていった。
実際私も、もう立っていることができなくて膝をついている。

そのうち、男たちの方で意識があるのは一人になった。
完全に怯えきっているそいつは、ナッツに胸倉を掴まれて「ヒィッ」と声を上げる。
私からナッツの顔は見えない。
でも、とてもとても怖い顔をしてるんだろうなってなんとなく思った。

「この子たちに一体何をした」
「か、勝手に俺達の念にあてられたんだよ…!お、俺達は悪くねぇ!」
「あてられた…?…そう、それだけ?なら、ちゃんと治るよね?」
「あ、ああ…!」

嘘。
さっきは死ぬって言った。
それにさっきから私、自分の体から湯気みたいなものが立ってるのが見える。
すごく『まずい』ってのを感じてる。

死≠近くに感じるの。

「じゃあもういいよ。それ全部担いで、消えて」

『それ』と倒れている男たちを指さし、ナッツは男を突き飛ばした。
ナッツは決して、その男より体躯はよくない。
当然よね、彼女は私より少し背が高いくらいなんだもの。
それなのに男は、少し突き飛ばされたぐらいで尻もちをついた。

それは何故?
彼女に、男達が放っていたような圧迫感や威圧感はないのに。
でも彼女の周りには、刺すような冷たい空気が取り巻いてる。

ああきっと、原因はその空気なのね。

殺気≠ニ形容するにふさわしいそれは、男たちにはなかった。

「ナッツ姉…おれたち、だいじょうぶ…?」
「もちろん」

気絶している男たちを引きずって去っていく男を見届けることもせず、私達に駆け寄ってきたナッツ。
彼女はまず私にもたれかかって浅い息を繰り返しているマチと、泣きそうになっているシャルの頭を撫でた。

「さぁみんな、ヘバってないで。しっかりして」

今にもナッツの腕の中で眠ってしまいそうなクロロの頬を、ぺチペチと彼女は叩く。

「寝ちゃ駄目だ。今は起きていて。何がなんでも」

その言葉には、何か明確な意図があるように感じられた。
彼女に従って、私たちは何とか必死で自分の体を支えている。

今寝たら終わり

彼女の瞳も己の中の警報も、鋭くそれを伝えていた。

「俺達は、どうなるんだ…?」
「何を言ってるの、どうにもならないよ」
「ナッツ…」
「らしくないなぁクロロくん。そんな弱々しい声出して。何も心配することなんてないよ。ほら大きく息を吸って、吐いて、心を落ち着けて。大丈夫、大丈夫だから」

ナッツは汗ばんだクロロの額にかかる髪をどかせて、その額に口付けた。
そして驚くクロロにいつもの頬笑みを向け、「大丈夫」を繰り返しながら彼の背を撫でる。

「自分の中で血液が廻っているのをイメージして。みんなも一緒に。今みんな、自分の周りに湯気みたいなものが見えているはずなんだ。それを、ぴったりと体にひっつけて。逃げないように、纏わりつかせて。ゆっくりゆっくり、焦らなくていいからね」

それからナッツは、私たちに同じ言葉を掛け続けた。
どうしてこれの対処法を彼女が知っているのか、ふとそう思ったけれどそれどころでもないのが事実。血液が体を廻る、イメージ…

しばらくして、すっとクロロは眠りについた。

「クロロ…!?」

私は驚いて思わずその名を呟く。
嘘、まさか、そんな。

そんな私の狼狽ぶりを見て、ナッツは笑って言った。

「クロロくんはもう、大丈夫」

彼女は瓦礫の山を背にクロロを座らせ、次にシャルとマチを同時に抱きあげた。
そして二人の額にキスをし、さっきまでの言葉を再び繰り返す。

それを聞いていると、私の方もなんだか気持ちが落ち着いてきた。
体の周りで迸る湯気はどんどん収まっていく。
同時に、自分が何かぬるま湯のようなものに浸かっている感覚を覚えた。

そしてしばらくして、ナッツの腕の中の二人もクロロと同じように、気を失ったかのように眠った。でもさっきみたいに心配は湧いてこなかった。
クロロもシャルもマチも、すやすやと気持ちよさそうに眠っていたから。

「他のみんなは、自分でなんとかできたのかな…フェイくん、君も大丈夫?」
「…さきより、なんだか体楽にはなたね」
「そう。うん、よく頑張った」

ナッツは彼にも、額にキスを贈った。
それからフィンクスにも、ノブナガにも、ウボォーにも、フランクリンにも、

「パクちゃんも、頑張ったね。僕がもっと早く来ればよかったのに…ごめんね」

私にも。

「ナッツは何も悪くないわ。来てくれて、ありがとう」

子供だけのグループは弱い。
私たちは、弱い。

「ねぇナッツ…あなたみたいにやさしい人に暴力を使わせてしまうほど、私達は特別?」
「…?」
「大切?」
「…うん。大切だよ」
「…でもあなたは、いつまでも私達を守ってくれるわけじゃないでしょう」
「………」
「だから私、強くなりたいわ。今より、もっと…」
「…僕は君達が大切だ。だからこそ、選べない選択がある」

もう一度言うよ。
僕は君達が、大切なんだ。

とても、とても。


泣きだしそうなのを誤魔化すために、私は彼女の肩口に顔を押し付けた。
でも彼女がやさしく背をさすりながら抱きしめたりしてくれるもんだから、結局逆効果だったわ。


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