男の子×嫉妬×ケンカのない仲直り
この前、マチがナイフでジャグリングをした。
そんなこと教わってないし、まだボール以外ではやっちゃダメって言われてたのに。
けどナッツ姉は怒らなかった。逆に、マチを抱きしめて『いい子』って言った。
おれはそれがどうしてかわからなかった。
でもたぶん…おれはそれがうらやましかった。
「クロロ、あたしのかみどめしらない?たぶんきのうなくしたんだけど」
「知らない」
どこいったのかなーとマチはその日がれきの山の中をあさって、小さな髪留めを探しまわっていた。
髪留めっていうのはマチが前にがれきの山の中から見つけて、それからずっと気に入って付けているもの。どうせボッサボサな髪にあんなもの付けてても意味ないと思うんだけど。
でもそれを言ったら、ムシされた。ていうか無言でなぐられそうになった。女の子はフクザツなのよって、その時パクは言ってた。
「パクーあたしのかみどめみなかったー?」
「さぁ?」
マチは大好きな修行(ナッツ姉にほめてもらえるから)もほっぽって、髪留めを探している。
そんなに大事だったんだ、とおれはこの時思った。
それでよけい言えなくなった。
その髪留め、おれがこわしちゃったよって。
「シャル、あたしのかみどめしらない?」
「…しらない」
「うーん、どこいっちゃったんだろ…」
別に悪いことしたとか思ってるわけじゃないし、今までのおれならふつーに言うんだろうけど。今はそれでマチがナッツ姉に泣きつきに行ったりしたらイヤだから、言わない。知らんぷり知らんぷり。最近のマチ、ナッツ姉にべったりしすぎでうっとーしかったから。ちょっと傷つくくらい、ちょーどいいよ。
―――そう、おれはポケットの中のこわれた髪留めをにぎりしめながら思っていた。
「やあ、みんなおはよう。今日も朝からお疲れ様。」
おれ達がおのおの修行をしているところへ、ナッツ姉がいつものようにやってきた。
その左手にはパンの入った紙ぶくろ。右脇にはおれ達の人数分の、ペットボトルの水。おれ達の朝ごはん。
それをおれたちの脇に置いて、ナッツ姉はマチを見た。
修行を中断させて集まってきた他のみんなとは違って、マチだけはまだ髪留めを探しつづけている。それにナッツ姉は首をかしげて「どうしたの?」とパクに聞いた。
「髪留めを失くしたらしくて」
「ああ、いつも付けてたやつ?それは大変だ。」
そう言うと、ナッツ姉は降ろしたばかりの腰を上げてマチの方へ走りよっていった。
どーせ見つからないのに。
おれが壊してしまったとかそんなことはかんけーなしに。こんなゴミだらけの場所であんな小さなものをなくして、見つけられるわけがない。それにあの髪留め、それなりに価値がありそうなものだったから。おれが昨日ふんづけていなくたって、誰かに拾われて売り払われていただろう。
それがこの街の仕組みだ。見つかるわけない。
それを知っていながら、大事な物を手放したマチがわるい。
そう、全部マチがわるい。マチだけがわるい。
おれはわるくない。
いくら探したって見つからない。
それは、おれのせいじゃない。
「仕方ないな」
「おいマチどこらへんで失くしたんだー?」
「面倒な奴ね」
「お前はあっち探してやれよ」
え、やめてよ、なんでみんな探し始めるんだよ。
見つからないって。
意味ないって。
みんなやめようよ。
ほっておこうよマチなんか。
いいじゃん別に。
「ありがとうみんな…」
「よかったねマチちゃん。きっと見つかるよ」
「うん!」
だから見つからないって!
***
「ちょっと休憩」
そう言って、ナッツ姉はおれの隣に座った。
「お、シャル君も1sのボール八つでのジャグリング、できるようになってるね。目標達成おめでとう。次は3sいってみる?」
「うん…」
みんなはまだマチの髪留めを探している。でもおれは一人でジャグリングをしていた。
だって探してもムダなこと知ってるから。
「?どうかした?」
「ナッツ姉…おれには、ぎゅってしてくれないの?」
「え?」
「マチにするみたいに」
ジャグリングの手を止めて、ナッツ姉の顔を見上げてみる。そこにはくりんと丸くなったエメラルドの目があって、おれは少し笑った。ナッツ姉、おどろいてる。
「はは、可愛いなぁシャルくん」
でも次には、まん丸だった目を細めて、ナッツ姉はおれをやさしく抱きしめてくれた。
そしておれの頭をなでながら「よくできました」と。
…おれはナッツ姉がぎゅってしてくれない、みたいに言ったけど。
そうじゃない。ナッツ姉はいつも、マチにするのと同じようにおれのこともぎゅってしてくれる。
でも違うんだ。
あの時マチがしてもらってたぎゅうは、違ったんだ。
あれはなんだか、トクベツだった。
「…ナッツ姉」
「うん?」
「もうやめようよ」
「何を?」
「マチのかみどめさがすの」
「どうして?」
「見つからないよ」
「わからないよ」
「わかるよ」
「どうして?」
「だってそのかみどめ、おれがもってるもん」
今度は、ナッツ姉はおどろかなかった。
わかってたよ、とでも言うように。やさしく笑ってた。
「どうして持ってるんだい?」
「こわしたんだ、きのう」
「わざと?」
「ううん。たまたまふんづけた」
「そっか。なら仕方ない」
「…おこらないの?」
「どうして。怒る要素がないじゃないか」
怒るようそ?それならあるじゃん。
おれはこわしたことを謝らないでかくし持ってるんだ。
見つからないってわかっててみんなに言わないんだ。
だまってただ、みんなががんばってるのを見てるんだ。
怒られるようそいっぱいだよ。
「だって君は、悪いと思ってるんだろう?」
「おもってないよ、そんなの」
「ならなぜ僕に正直に話してくれたの?」
「え…?」
後ろめたさがあったんでしょ。
誰かに言って楽になりたかったんでしょ。
僕に叱ってもらいたかったんでしょ。
それで、謝りに行く背中を押してもらいたかったんでしょ。
「ほら。全部、悪いことしたと思ってる証拠だ」
「!」
そう―――なのかな。
おれは、そんなことを思っていたのかな。
わかんない。
おれはたしかに、何とも思ってなかったはず。
でもナッツ姉に言われると、そんな気がしてきた。
おれは謝りたかったのかなって。
「マチちゃんに、謝りに行ける?」
「…うん」
「よし、いい子」
「―――!」
ぎゅうって、ナッツ姉はもう一度おれを抱きしめた。
「頑張れ。大丈夫。マチちゃんはちゃんと許してくれるよ。」
そのぎゅうは、トクベツだった。
だってみんなに同じようにする、"すごい"のぎゅうじゃないんだ。
おれだけの。おれだけへの、ぎゅうなんだ。うれしかった。すごく、すごく。
その後、おれはマチに謝りに行った。
そしたら「はやくいえ」って一発なぐられた。
でも許してくれた。
ナッツ姉は、うれしそうにわらってた。
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