彼と彼女のお正月

「修兵ー綿あめ買ってきていいー?」
「好きにしろよ」
「じゃあここで待っててね!」

きらきらした笑顔でそう言って、露草はぴょこぴょこと小さくとび跳ねながら綿あめの屋台へと駆けて行った。
残された彼、修兵は頬笑みを浮かべながらそれを見送り、傍にあった木に体を預ける。
顔の傷や刺青を怖がってか、人間たちは自然に自分を避けて歩いてくれる。
それは喜ぶべきことかというと微妙だが、便利ではあった。

今日は元旦。
彼ら二人は、揃って現世の初詣にやって来ていた。
死神が神仏参りに来るというのも変な話だが、彼らにとって目的はお参りではないから構わない。

露草にとっての初詣の目的は、屋台巡り。
林檎飴にクレープに綿あめにチョコバナナに鯛焼き。屋台でしか食べれないもの、屋台で買うからこそ美味しいものはたくさんある。
そして修兵にとっての初詣とは、『露草と出かけられる』という都合のいいイベント。
彼女の傍にいられるなら、要は内容などどうでもいいのだ。

「修兵っただいま〜」
「おう。じゃあどうする?もう屋台は全部回っただろ、戻るか?」
「まぁせっかくならお参りしてこうよ。どんな神様が聞いてんのか知らないけど」

ん、と小さく頷いて、修兵は露草に右手を差し出した。
すると露草は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに左手に持っていた綿あめを右手に持ち替え、空いた手で彼のその手を握った。
お互いその手は冷たくて、とても暖かいとは思えない。
けれど二人とも、自然と顔は綻んだ。

「人が増えてきたからな。はぐれると面倒だ」
「うん、ありがと」

慣れない小さな歩幅でちょこちょこと歩く彼女に合わせ、修兵はゆっくりゆっくりと隣を歩く。
そして時折彼女を見降ろしては、見慣れぬその姿にいちいち惚けた。

彼が見る露草とは、ほぼ、大抵、いつも、死覇装だ。
それが今日は、隊長羽織の裏地と同じ、月草色の振袖にかわっている。
小振りな花の模様があしらわれたそれは、もともと青系統が似合う彼女に大層映える。
普通の着物姿さえ見慣れないということも相成ってか、その姿は…すごく…

「かわい…」
「へ?」
「あ、いや!何でもない!」

思わず心の声が漏れ出した修兵。慌てて口を左手で塞ぎながら、ぶんぶんと首を横に振った。
幸い露草は彼の言葉を聞き取ることができなかったようで、首を傾げて不思議そうにしている。
けれど「ぼーっとしてるとその綿あめ食っちまうぞ」という修兵の言葉に、焦った様子で再びそれにかぶりついた。

「あ、修兵お賽銭のお金持ってる?私さっきの綿あめで、用意してたお金使い切っちゃった」
「ああ、持ってるぞ。いくらいる?」
「十円と五円」
「ん」

もうすぐ参拝の順番が回ってくるということで、二人はそれぞれ空いている方の手に小銭を握りしめた。
露草の場合、食べ終わった綿あめの棒がちょっと邪魔だけど。

「修兵はいくら投げるの?」
「五円。御縁がありますように、ってことになるんだろ?そういや露草はなんで十五円?」
「十分御縁がありますように、ってこと」
「ほー、なるほど。俺もそれにしよ」

それから二人とも十五円ずつ賽銭を投げ、二人一緒に鐘を鳴らし、繋いでいた手を一度離して両手を合わせ、心の中で願いを唱えた。

願いを聞いてくれる神などいないと、わかっているはずなのに。
気づけば真剣に願いを唱えている自分がいた。それに内心驚く露草と修兵。
そしてその時互いに同じことを考えていたなどと、彼らは知る由もない。

「…何願った?」
「…秘密」

――――新しい縁なんていらない――――
――――ただ…――――

―――――これからもずっと、君との縁が続きますように―――――


「…なぁ露草」
「何?」
「今日は何でそんな格好してきたんだ?」
「お正月だし。初詣だし。…駄目?」
「いや、駄目とかそんな…」
「似合ってない?」
「んなことねぇよ」

ポイッと、露草は綿あめの棒きれをゴミ箱に放った。
その後ろ姿は、なんだかいじけているように見える。

「――――から」
「え?」
「修兵に、可愛いって言ってもらいたかったから…」
「!」
「だから、慣れないおめかししてきたんだよ」

今度は、彼女の方から手を伸ばす。
そして再び繋がれた手は、少しだけ暖かくなっていた。

それは彼女の熱か、はたまた彼の熱か。






(―――いい)
(え?)
(っ、すっげーかわいいっつってんだよ!
 ってか、んなもん言いたくても普通言えねぇっつの!)
(え、えええ、何でキレてんの!?)
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