彼と彼女のクリスマス

「修兵さん修兵さん」
「…何でしょうか露草さん」
「今日はどうやらクリスマスというものらしいですよ」
「そーですね、知ってますよ」

書面に筆を滑らせつつ、両者共顔を上げずにそう交わす。
顔を上げれば、とにかく視界に入るのは書類の山。山。山。
気が滅入る。
さらにここ連日の徹夜が祟って、お互い雰囲気は重い。

「ケーキが食べたい」
「そうか」
「現世のイルミネーションが見に行きたい」
「残念だったな」
「…う、うううう…」

どうしてこんな日にかぎって仕事が多いんだろう。
とてもじゃないが今日中に終わらせることなんてできない。そして後回しにできる仕事でもない。

死神がクリスマスだなんだと、現世の宗教の祭りに乗っかって楽しもうなど愚の骨頂。…と、そう言ってしまえばそれまでだが。
クリスマスの意味なんてもはやどうでもよくて、ただただその都合のいい口実をもとにこの世間の一大イベントの美味しい部分を享受してしまいたいのだ。

それになんといってもクリスマスというのは、もっぱら恋人たちのものらしい。
今日は2人が恋人同士になってから初めてのクリスマス。めずらしく露草も少しだけ、普通の恋人のような聖夜を夢見ていた。

しかし現実はこの惨状だ。
露草はうっすらと瞳に涙の膜を張りながら、悲しみに震える手で文字を綴る。自分とは違って恋人の方は通常運転なことがより一層この悲しみを引き立たせる。

しかしながら泣きたい気持ちは、冷静に見える彼―――修兵にとっても同じであった。

「クリスマスに…クリスマスに…こんな…仕事なんて、してる場合じゃないんじゃないかい!?」
「しなきゃならねぇんだから仕方ねぇだろ…俺だって…」

露草とのクリスマスの予定を一か月前から考えてたのに、とは言えない修兵。
俺だって、に続く言葉を待つ露草の視線を感じつつ俯き、曖昧に「なんでもねぇ」と言葉を濁す。

―――現世のイルミネーションだって見るつもりだった。
休みは取れなくとも、仕事を早めに終わらせて夜出かけるぐらいはできるだろうと。
そしてそのクリスマスムードの中で、彼はプレゼントも渡すつもりだった。

しかしこの現状ではプレゼントなんてもの、渡したところで。ムードもへったくれもあったものではない。
せめて仕事が終わればいいのだが、まだまだ先は長そうだった。
刻々と迫る書類の〆切と共に、だんだんと過ぎ去るクリスマスという日。
思わず零れる溜息は、当然と言えば当然だ。

「…あーあ。クリスマスは修兵と一緒にショートケーキ食べて、イルミネーション見に行って、プレゼント交換するんだって、ずっと前から決めてたのに」
「…え…?」

約束をしたわけではなかったが、2人の考えは同じだった。

「…でもまぁ修兵の言う通り仕方ないからさ、ここで渡すね。はい」
「え?」
「用意してたプレゼント」
「!」

クリスマス仕様にラッピングされた包みを、笑顔で差し出して。

「メリークリスマス修兵。思い描いたのとは違うけど、こんなんでも、一緒に過ごせて嬉しいよ」
「…っ!」

さっきまでめそめそとしていたはずなのに、開き直ったのか少し照れくさそうにする露草の微笑みを見て、修兵は息を飲んだ。
ムードだなんだと考えてたが、そうだだからなんだってんだ。こんなに可愛い恋人が目の前にいて、笑ってくれる、それだけで十分だろ。

途端、ガタガタッと大きな音を立てながら、修兵は慌てて椅子から立ち上がった。
その様子に何事かと露草は、包みを差し出した状態のまま固まる。

「お、俺もプレゼント用意してるから!」
「へ?」
「持ってくる!待ってろ!すぐ戻る!」

ガタガタガタッ!バンッ!

…バサバサバサー

「あー!!書類、落ちた!混ざった!ちょ、うわー!こっちも混ざった!ちょ、コラ、待て修兵!」

またこれを仕分けるところから始めなければならない。
今日も徹夜だ。そろそろ目の下の隈がヤバい。






(ねぇ、明日はケーキ食べに行けるかな)
(徹夜明けにケーキはキツいだろ…)
(そうかな?)
(おま、自分が何日まともに寝てないと思ってんだ…)
(えー四日ぐらい?はははははははは)
(…………)
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